なにもない終わり

 翌日、当事者なフィクスからの増援が到着し、さらに物事は進んだ。

「けっこうな数がいますね。遅いとは思ってましたが、一生懸命に集めてたんでしょうねぇ」

 やや批判的だったが、シスモンドの評に肯けなくもない。

 増援は拙速になろうと、とにかく現着させるのがベストだ。次善が戦力の逐次投入を避けるべく、一度に最大可能数の投入となる。

「御曹司、全軍に戦闘準備をさせた方がいいですね」

「このタイミングで仕掛けてくるの!?」

「俺なら――俺がベザグモウ族の指導者なら、そうしますね。おそらく最後のチャンスですし」

 そうシスモンドは肩を竦めてみせるけど、どうしてか詰まらなそうだ。

「とにかく、総員へ指示を。頼める、タウルス?」

 黙って肯いたタウルスは、言葉少なげに命令を下していく。任せてしまって大丈夫だろう。

 その間にベザグモウ族の無理攻めを考える。

 やっと僕にも呑み込めてきた。この戦争は終わりだ。フィクスの増援で決定的となった。

「……後悔をされておいでで?」

「まさか。他の方法はなかったかと思わなくもないけど……味方に損害が出るのと比べたら、遥かにマシだよ」

「戦争なんていうのは馬鹿比べです。今日のところは、御曹司が一番の馬鹿じゃなかった。喜んでいいんじゃねぇですか?」

「そこまで割り切れないよ。なんていえばいいのかな……不謹慎じゃない?」

「……遊びで無くなっちまう色々まで考えたら、頭がおかしくなっちまいますぜ?」

 しかし、嘯くシスモンドの表情は、なぜか哀しげだ。

 戦争をゲームと見做し、その過程で喪われるものは点数とでも考える。それは戦いの狂気から心を守る術なのだろう。

「やっと分かったよ、シスモンド。ずっと僕のことを心配してくれていたんだね?」

 さすがに指摘されるとは予想していなかったらしく、嫌われ者なはずの筆頭百人長は赤面した。



 軍隊というのは、非常に維持費のかかる存在といえる。

 今回、北方の事変にドゥリトルが四百、セッションから四百、当事者のフィクスが千弱、まだ到着していないがスペリティオも似たような規模として……総勢で二千前後の兵力が動いた。

 稼働日数は勢力ごとに異なるも、帰路の分も考えたら平均二週間ぐらいだろうか。

 ここで兵員一名あたりの動員費――手当や食費、保障などなどを、前世での価格で一万円と見積もっても、すでに約三億円だ。

 ……まだ消耗品などの経費を計上前で、それらしい戦端を開いてすらいないのに。


 だからこそシスモンドは――ベザグモウ族の指導者ならば、無理にでも戦いを開始するべきだったと考える。

 なぜなら経費が掛かるのは向こうも同じだが……――


 絶望的であろうと投資させてしまえば、その事実が次を誘う。


 勝算云々より先の話で、まず味方に最後までの覚悟を決めさせねばならない。

 そして盟友であるホラーツ族も、血を流させてしまえば同じ泥沼だ。もう勝つしかなくなる。

 ようするに大前提――いわばスタートラインへ立つべく、無理攻めになろうと始めてしまう必要があった。

 これを果たせてから初めて、勝算の検討もできる。


 しかし、僕の基本プランは戦いへ持ち込ませないこと。数を示威し、敵方の心を折って終結だ。

 なのでドゥリトル単独ですら、相手の予想を超えた規模といえる。

 ……おそらくベザグモウ・ホラーツの連合軍は、増援も千程度と想定していただろうし、自分達の援軍も多少は勘定へ入れていたはずだ。

 もはや完全に想定外であり、初期構想は全て潰えたといってもいい。

 さらに最悪なことに――僕にとっては目論見通りなことに、ホラーツ族は事態の推移を見守った。

 なぜなら彼らにとっては、まだ撤退も可能な状態だからだ。

 ……どんな勢力だろうと、無駄に壊滅なんてしない。どころか少しの消耗すら厭う。



 止めとばかりにスペリティオからも援軍が到着し、敵方の心は折れた。

 何度か怒鳴り合いがあったかと思ったら……白旗を掲げた使者が、こちらへと向かってくる。

「シスモンド! 相手が降伏するなら、全員で! 全員で受けたい! 誰かが抜け駆けしないように手配できる?」

「畏まりました。 ――ティグレ殿、直衛から見栄みばのいい騎士ライダーを二、三騎ほど見繕って、あの使者を出迎えちまって下さい。 ――そこへ大天幕を設営するぞ! 支度を始めろ! 急げ! ――とにかく会場を作っちまいましょう。誰ぞ、入れたくない人でも?」

「逆だよ。全員と話し合って、さらに合意も取りたい。この為に、わざわざ僕は来たんだよ? 冬だというのに!」

「なら、前倒しで招待したらどうです?」

「そりゃいいアイデアだね。そうしちゃって!」



 急ごしらえの大天幕へは、意外なことにスペリティオの指揮官が一番に到着した。

「間に合いましたな!」

 騎士ライダーティトンと名乗っていたけれど、申し訳ないが聞き覚えはない。

「よく御越しに! スペリティオの義理堅さは、噂通りのようです! ささ、狭い天幕ですが、御寛ぎを!」

 僕の天幕だ。当然の権利で主人ホストとして振る舞わさせてもらう。

 しかし、さすがに遅参した上に最小勢力では、そうそう横車も通せまい。とりあえず最も厄介なの口は塞げたかな?

 そして慌てた様子でフィクスの指揮官――見覚えは無いので、増援を率いてきた総大将だろう――が入ってくる。

「御曹司、あいつはフィクス城代格の騎士ライダートフチュでさぁ。うちの隊長ほどじゃねーですが、そこそこ信用できます」

「ありがとう。作法とか良いから、僕のことを紹介しちゃって」

 シスモンドの囁きに、小声で返す。今日は細かいことに構ってられない。

騎士ライダートフチュ! お久しぶりでございます! 一昨年の南部以来でしたかな? 早速ではありますが我が主、リュカ様をご紹介したく」

「ドゥリトルがリオンの息子リュカと申します。この度は父に代わって盟約を果たしにまいりました」

 こちらから何かを仕掛けるべきか考えていたら、なんとトフチュは大袈裟に跪いた。

「リュカ様の御厚情には、なにを以てお返しすればよいのやら! 遠き前線にて我が主も、ドゥリトルより受けし恩に大変な感謝をしております!」

 なるほど。意外とフィクスは抜け目がなさそうだ。

 狙いはおそらく、可能な限りに軽い戦後負担か。全権も委任されて?

「久しいな、トフチュ! しかし、なぜ御身は跪いておるのだ? 今日は霜も降りたし寒かろう?」

 最後の乱入者はゼッションからの援軍を率いてきたロッシ老で、なんと先代の領主だ。

「ロッシ殿の仰る通りです! 私めのような若輩者に、跪いてはなりませぬ! ――誰ぞ! の方々に、なにか暖かい飲み物を持て!」

 一応はフォコンも唸る必殺の火酒を用意させてるけど、あまり効果は期待できそうになかった。

 ロッシ老は海千山千な上、なぜか僕への当たりが厳しい。さらにトフチュも抜け目はなさそうだし。


「して、この者はいかなる条件を?」

 ずっと跪いたままな――というより平伏に近かったゲルマンの使者に、始めて話題が振られた。

「シグモンド、皆さんへご説明を」

「まあ、ありきたりな示談を提示してきております。額については交渉するべきですが、妥当な範囲でもあるかと」

 ベザグモウ・ホラーツの連合軍にとって、もう二つの未来しかない。

 北方四領の連合軍に領境の外まで追い立てられるか、示談金を支払って粛々と撤退するかだ。

「して、降伏を認めるおつもりで? 我らを侮り、名誉に泥塗った輩どもを? ここは奴らに教訓を与えるべきかと!」

 ここぞとばかりに継戦を主張したのは、スペリティオの騎士ライダーティトンだった。

 まあ立場は分からないでもない。

 二、三百程度とはいえ兵を率いたのに、なんの戦火も交えず、ただ帰っては責任問題となる。宮仕えも大変だ。

 しかし、今回ばかりは、可哀そうだけど貧乏籤を引いてもらう。

のですから、よいではありませんか」

 能う限りに無邪気を装い主張する。

「……それはゲルマンの奴ばらを、無罪放免にするということか?」

「いえいえ! そちらではありません。我らの話をしております。のですから、我らは先祖が交わした盟約を褒め称え、万が一、また我ら父祖の地が脅かされし折には、再び集うと誓う。それでよいではありませんか?」

 つまりは細かい取り分だの、救援に呼んだ貸し借りだの……その手の交渉は無しとする。

 フィクスにすれば上出来すぎる。そして明日は我が身なゼッションにも否やはない。

 どさくさで利を得たいスペリティオは、残念ながら最も少数で、さらに指揮官の格が他より低かった。

 なにより共闘するべきドゥリトル――僕に袖にされたら、もう打つ手がない。

 不審そうなロッシ老が睨め付けてくる。

「それで御身は何を得るつもりだ?」

「平和を。我らに北へ手間を割く余裕はありませぬ」

 聞いて苦々しい表情のまま、ロッシ老は盃を干した。

「この燃ゆる酒の御代わりを持て! 御身は……まだ酒は飲めぬか?」

「口を湿らす程度ならば。僕にも同じ盃を!」

 ……とりあえず及第点は貰えたらしい。決着だ。

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