開拓村

 開拓村へ到着といっても、まだ何もなかった。

 原生林を伐採した切り株が、延々と並んでいるだけの空き地。それが現在の風景だ。

 ……うーん? まだ半分すら終わっていない? こんなに伐り拓いてるのに?


 三反百姓なんて言葉から、貧農でも一家族に三反――約九百坪の農地が必要と分かる。

 メートル法へ直すと一辺が五十四メートルの正方形だから、ちょうどサッカーコート半面ぐらいか。

 また『五反百姓出ず入らず』という表現から、千五百坪ほどの農地が収益分岐点とも分かる。

 ただ、これは東洋の――生産性が優れた稲作での指針だから、小麦なら倍の面積を確保したい。

 ……いずれ輪栽式ノーフォーク農業で生産性を高めるといったところで、結局は広い農地が必要となるし。

 しかし、開拓民の主力は、まだ若い夫婦だ。子供は儲けてないか、いたとしても乳飲み子程度なことが多い。

 いずれは各家ごとに三千坪前後が――約百メートル四方程度の農地が望ましいといっても、当面は各家ごとに三反程度で間に合う。

 そして開拓村は各戸に大小あれど、並べれば二十五家程度の規模だ。

 ようするに都合七十五反――縦横二百七十メートルほどの農地が入植時に必要となる。

 以上を踏まえると、進捗状況は半分ぐらいと言わざるを得ない。パッと見では驚くほどに広く見えても。


 だが半分とはいえ、ここまでの労力を考えたら気持ち悪くなってくる程だ。

 仮に木々の生えてる間隔が縦横三メートルとに見積もっても、一戸分に――三反の面積に三百二十四本となる。

 毎日一本のペースで休みなく伐り拓き続けても、一年掛かる計算だ。それも樹を伐り倒すだけで!

 その後にも切り株を処理、大きな石や岩の除去、大まかな開墾、農地へ調整するための栽培と――なんとか自給自足へ漕ぎ着けるのに、あと三年は掛かるだろう!

 そして黒字化するまでは僕が面倒を見ねばならないのだから、この憂鬱な気分を非難する者もいないはずだ。


 実際、開拓への着手は時期尚早だったかとの思いもある。

 やはり前世史とは――強大なローマ帝国の予算と技術を湯水の如く使った開拓とは、まるで違う。

 かの大帝国はラインの西岸まで伐り拓いただけでなく、気でも狂ったかのようにライン川沿いへ城を建てまくった。

 全てがローマ遺産ではないが、現存しているものだけで、その数は三十を超える。もう四十キロごとに城がある計算だ。

 こうなると西ローマが民族大移動で滅ぼされたというより、西ローマの抑止力が無くなったから、ゲルマン民族の南下を止められなくなったが正解に思える。

 ……すでに今生ではライン川を渡られちゃってるし。



 でも、開拓は基礎訓練みたいなもので、可能な限り早期にやるべきだよなぁ。国にとって農地こそ身体しほんにも等しいし。

 そんなことを考えながら伐採作業の様子を眺めていたら――

「……奴さん達、やけに立派な獲物を持ってないですか? あの鈍い光……もしかして鋼の斧じゃ?」

 シスモンドが妙なことで首を捻っていた。

 なるほど。敵軍に青銅製の武器が多いか、それとも鉄製――それも鋼製が目立つかでは全然違う。

 さすがは本職の軍人だし、混在期ならではか。

「斧と鋸とか――必要になりそうな道具は、僕が貸してあげてるんだ。領内には気が遠くなるほどの木があるからね。効率良くやらないと。それに伐採が捗れば、すぐ次の開拓団へ回せる」

「でも、あんなに大きな斧! それも鋼だなんて! ちょっと張り込みすぎじゃ!?」

 まあ従来の方法で大きな鋼鉄の斧ともなれば、ひと財産というか……鍛造だと技術的限界へ挑むことになるし、もはや際物か。

 材料費だけで前世史での価値にして百万円は下らないから、製品代は推して知るべしだろう。シスモンドが驚くのも無理はない。

 しかし、僕は反射炉で――溶鉄炉で作るから、それほど難しくもない。順番は前後しちゃうけど、鋼のだってできるし。

「それから……あの喧しく火花を散らしてるのは、なんなんです!?」

「なんなのって……斧を研いでるんだよ。回転式の丸砥石も貸してあるし」

 例の(仮称)『足踏み式・回る棒』のアタッチメントを砥石にしたものだけど……まあ非常識か。どちらかというと。



 そもそも鉄や鋼より硬く、さらに都合よく加工もできる素材がないと回転砥石なんて作れない。

 しかし、偽鉄鋼石――ボーキサイトに含まれるアルミナの化学的な名称は酸化アルミニウムであり、結晶化すると別名でコランダムと呼ばれ、ようするに無色透明なルビーやサファイアのことだ。

 つまり、アルミナ煉瓦は結晶化してないだけで、ルビーやサファイアの親戚といえる。あの硬度九という尋常じゃない硬さの。

 となれば研磨剤にピッタリだったし、実際に前世史でも使われていた。


 また気軽に研ぐという点でも、かなりの非常識か。

 なんせ鉄が一グラム当たり前世史の価値で二、三百円に相当だ。

 研ぐのは貴重な鉄の損失と同義だから、可能ならば避ける。やる時は必要に迫られて渋々にだ。

 なぜなら千五百グラムの剣が一パーセント減ったら、それは四千円相当の損害に等しい。

 そして百本が一パーセントずつ目減りしたら、全体では一本が消えて無くなるのと同義だ。

 さらに大物は職人技が要求され、その作業にも時間はかかる。研ぎ師一人につき一日に剣二振りの面倒をみれたら、仕事が早いぐらいか。

 まず研ぐことそのものが損失で、研ぐにも手間賃が掛かり、専属の研ぎ師を雇っても維持できるのは五百振り程度。

 こうなると遅かれ早かれ研ぐのは個々人へ任される。

 父上も兵士には武具を貸し出してるけど、とてもじゃないが全員分を研いでなんていられない。鬼軍曹達に研ぐよう指導させるのが精一杯だ。


 踏まえると消耗を気にせず研ぐのは、多方面から考えておかしい。それも少し切れ味が悪くなったかな程度では、特に。

 ……大木の伐採は、すぐに工具をといってもだ。

 なんでも本職の樵は、気軽に研ぎ直せて、大物でも手ごろな値段の青銅製を好むらしい。

 それを鑑みると、あきらかに時代平均を超越してしまっている。

 だが反射炉を本格始動させれば、鉄や鋼鉄すら消耗品と見做せた。

 これは隠れたアドバンテージだろう。そのうちに耕すための鍬やら、牛か馬に牽かせる馬鍬と――やはり鋼鉄製の道具を貸し出すつもりだし。



「開拓も結構ですが、予算があるのなら俺らにも回して頂きたいですぜ」

「ウルスが鏃と歩兵武装の再検討するっていってたよ。鋼製中心で」

 消耗の激しい鏃ですら、鉄製は高価な上、鍛造だと制作に手間もかかる。

 より分かり易く表現すると、矢一本を銀貨一枚では――前世史の価値にして二、三千円では調達できない。

 つまり、二百人の弓兵に五連射させると、その矢代だけで三百万円以上だ。……最低でも。

 しかし、溶鉄可能なら型へ流せばよく、それこそ大量生産も可能となる。

 形や重量だってコスト最優先から、威力や量産性の重視へシフト可能だ。もうドゥリトルだけ中世後期へ突入にも近い。

 なのに朗報を耳にしたはずのシスモンドは、しばらく黙り込んだかと思ったら――

「俺は! 騙されませんぜ、そんな甘い言葉に!」

 と、したり顔で返すもんだから、思わず笑ってしまった。

 どうやら軍部でも、かなりの冷や飯を食べさせられているらしい。

「本当だって! 今回だって人数の割に、けっこうな量の矢を持たされたでしょ?」

「それもおかしいと思ってたんですぜ? あの渋ちんの隊長が大盤振る舞いするなんて、何か裏があるに違げえねぇって…… ――あの女達、何してんでしょう?」

 なんだか注意力散漫というか、いつでも周囲を警戒しているというべきか……とにかく言われるがままに見てみれば、開拓団の女性達が切り株を燃やしていた。

「……切り株を燃やすついでに、その火で煮炊きをしてるんじゃないかな?」

「いや、御曹司? 切り株ってのは、掘り返さなきゃ燃えませんぜ? 立ち木と一緒で、まだ生きてんですから」

 厳密には大量の燃料を使えば燃やせるけど、まあシスモンドの見解が常識か。

「そうだね。だから切り株除去剤を――切り株を殺し、それから腐らせ、ついでに燃えやすくする薬を渡してある」

「な、なんなんですか、その都合が良い代物はッ! あっ! あちこちにやたらある黒い焦げ跡は、もしかして全部が切り株を焼いたもので!?」

「たぶん、そうだよ。ついでにいうと、あっちの幌かなんか被せてあるのは、薬が効くのを待ってるところのはず」

「こんなのインチキじゃねえですか! 普通じゃねぇーですよ!?」

 確かに『北の村』での大騒ぎを考えたら、そう的外れな感想でもないし……まあ広義の意味でチートずるの範疇か!?

「普通じゃなくても、これなら女の人でも切り株を処理できる。それに結構大変だったんだよ? 切り株除去剤を――硝石を集めるのだって」

 また硝石かと呆れられた方も居られるだろう。

 しかし、現代林業でも硝石は切り株除去剤に使われているし、多少残留しても肥料と見做せる。

 塩などに比べたら後顧の憂いのない、まさしくエコでクリーンな最適解だ。

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