合流
目を白黒とさせてたシスモンドの感想は、残念ながら聞きそびれてしまった。
遅れていたゼアマデュノ駐在兵百名が、やっと開拓村へ姿を見せたからだ。
「
「ええ。どうやら仕事のようでさぁ」
軍務を仕事と割り切る当たりが、シスモンドと
しかし、戦争を義務にして権利と考える
合理と誇り――どちらも重要でありながら、きっと両方共に間違っている。
もしかしたらシスモンドと
そんなことを考えながら連れ立って大天幕へ向かうと、出入り口のところで来客が待っていた。
「若様! 開拓村の代表なる男が、謁見を願い出ております!」
明らかにホッとした様子な士官が、誰なのか教えてくれた。ちょうど良いタイミングだったようだ。
「ああ、いいから! そんなことしたら膝が汚れるよ」
慌てて跪こうとした男を押し止めるも、首を捻ってしまった。どうしてか男は山羊を連れている。
「若様! この度は御越し頂き、類稀な栄誉と我ら開拓団一同も――」
「畏まらないで良いから! ……って、そうもいかないか。あー……軍務につき子細は話せぬが、止む得ず其処許らの村へ立ち寄ることになった。許すがよい」
これで馬鹿にされたとは思わず、相手は感動しちゃうんだから……身分制度は恐ろしい。
「なんとも勿体なき御心遣い! 我ら一同、全ては若様へ捧げる所存にございます! なにもかも若様が御所望のままに! して今回は、何処へかは分かりませぬが御親征の御様子! 些少ですが御兵糧を献上にと、参った次第でございます!」
もの凄いハイテンションで、正直、引いてしまいそうだけど……少なくとも山羊を連れている理由だけは分かった。
おそらく暇を見つけて野生の山羊を捕獲していたのだろう。いざという時の備えか何かの為に。
それなら予定通りに非常食として温存するべきに思える。
が、断りを入れる寸前――
「御曹司! 山羊は何匹いても困りません! ここは有難く受け取っときましょう!」
と、シスモンドに囁かれた。
なるほど。この時代に家畜は、兵糧の最適解だ。自分で歩いてくれる上に、多少の荷運びすらしてくれるのだから。
そして羊と違って山羊は、草以外も食べる。餌は木の芽や実でもよく、悪食といわれるほどだ。
山羊一頭なんて総勢四百人では、一日分にもならないけれど……それでも保険にはなる。確保が正解か。
それはそれとして忠告をくれたシスモンドへ、しかめっ面を返しておく。
献上品を受け取るのなら、褒美を渡さねばならない。この僕が!
とにかく財布を出すべく、邪魔だった指揮杖を押し付けて――
「あのー……御曹司? 部下へ指揮杖を渡す意味は御存じですよね?」
「分かってるよ! でも、財布を出したいの!」
やっと財布を――お金の入った布袋を取り出せたけど、偉い人としてケチ臭いことはできない。
つまり、下げ渡すときは袋ごとだ。城から出る時に、万が一があったらと詰めたばかりなのになぁ。
「心遣い、嬉しく思う。これを村の者で分けるように。下がっても良いよ」
感動に目を潤ませながら受け取って貰えたのが、唯一の慰めか。
そしてシスモンドから指揮杖を返して貰うも、らしくなく捧げ持っていた。
まあ前世史の日本でいったら軍配にあたり、指揮権を具現化する象徴だし当然か。
でも確かローマ帝国期ぐらいからの習慣だったような? どうしてか輸入したのかな?
「……なんだって御守りだらけなんですかい、この指揮杖は!?」
「義姉さんに結わい付けられたんだよ!」
頭が弱い子のストラップだらけな携帯電話みたいで、目に喧しい。シスモンドの指摘も尤もだ。
「御令嬢は、よっぽど暇なんですかい!? 御一人でこんなに!?」
「いや……義姉さんがくれたのは……うーんと……これだけ。あれ? こっちはステラだったっけかな? ああ、こっちだ」
いくつもある御守りを選り分けるようにして、記憶を検める。
……無事に戻ったら返しに行かなきゃならなくて、おそらく間違えたら折檻される。割と大変だ。
「はあ、若い頃にはよくある話ですけど……一体全体、何名分あるんで!?」
「うん? 義姉さんでしょ、ステラ、ポンドール、グリムさん……これは……たしか……ヴィヴィとミミだ!」
なぜか工房を代表するかのように御守りをくれたけど、まあ帰ってからの御返し目当てだろう。
しかし、順調なのは、そこまでだった。どうしても送り主を思い出せない御守りがある!
「どうしよう! この御守り、誰から貰ったのか思い出せない!」
「俺に言われたって、分かる訳ねーですよ!」
シスモンドと二人、馬鹿なやり取りをしていたら、遠慮がちな咳払いで咎められた。
誰かと思えば、ゼアマデュノから兵を率いてきてくれた
……遠征軍の総大将と幕僚長が、二人して天幕の入口を塞いでたら困るか。
「早かったね、タウルス。特に問題はなし?」
「順調でした。雨には降られましたが。若様方は?」
人の良さそうな中年男性にみえるけど、これでタウルスは将官だ。
そして実際に指揮を執るのはシグモンドであり、その次席なのだから、事実上の副将といえる。
なのになんだろう? この貧乏くじを引きやすそうなオーラは? 城での印象と大違いだ。
「とにかく再編成しちまいましょう! 再編するまでは尻がムズムズするような感じで落ち着かなくていけねえです」
戦争の度に再編の必要があるのも、封建軍の特徴かつ欠点だろう。
まず父上が家臣として
もちろん騎兵だけでなく、弓兵や専業的な歩兵の割り当ても存在する。
部隊を任せられるような
つまり、一口にドゥリトルの軍勢といっても、個々人で雇用主が違う。
そして各
ドゥリトルの騎兵部隊といっても、その内情は
育成、軍馬の確保、騎手の雇用……それらを一元的に管理するのは近世――ナポレオンあたりの時代まで待たねばならない。
しかし、煩雑そうでも
みるみる内に騎兵部隊、弓部隊、歩兵部隊と編成されていく。当然に、その指揮官もで。
義兄さんは――というかティグレは後詰の直衛部隊を指揮となり、まあまあ安全そうで一安心だ。
……こんなことを思ってたら、母上に叱られてしまいそうだけど。
でも、これから人殺しに行く最中だろうと、家族の心配はしてしまう。
それは普通の感情であり、おそらく武家が抱える狂気だ。世襲で強盗を生業とする家系に特有な。
かくいう僕も、なんだか忙しなく落ち着かない気分が続いている。
どうしてかシスモンドが、つきっきりで馬鹿なことを言い続けるものだから、それでかと思っていたけど……どうにも違うようだった。
皆の作業を監督――という体で静かに座っていても、この胸騒ぎは治まらないし。
なぜか高揚し、畏れ、戸惑い、緊張し……とにかく普通じゃない。
そんな見ようによっては
「御曹司、いま宜しいですか? ……御身内のことなんですが」
おそらくタウルスに従ってゼアマデュノから出陣してきたのだろう。
そして僕の御身内というのは、我が従叔父にしてルーの
「大丈夫だよ。なにか問題が?」
「こちらを、シャーロット様より託されております」
恭しく捧げるように差し出してきたのは、御守りだった。
これそのものはシャーロットの心遣いで、なんの不満もない。でも、ルーの態度は別だ!
「従妹叔母殿は元気だった?」
「ええ。最近では御分かりになられたのか、とても静かに過ごしておられます」
……なぜだろう? どうしてもルーと打ち解けられる気がしない。ここまで
それにシャーロットが落ち着いたのは、御婆様に手を打って頂いたからだ。……心無い人々から意地悪をされないように。
同じ気遣いをルーに求めるのは筋違いと分かっていても、やはり腹は立つ。
「ありがとう! せっかくの気持ちだから、すぐにでも結わい付けないとね!」
自棄気味にジャラジャラと御守りのついた指揮杖へ、シャーロットの分も追加する。
あまりの趣味の悪さにルーが閉口したのを見たら、どうしてか少しだけ溜飲が下がった。
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