初陣

「冬来たら? 冬来たら、どうすんの!?」

 僕の喚きを、隣で馬を進めるシスモンドは面倒臭いと感じたようだった。

「大丈夫ですって、御曹司。うちの奴らは、ちゃんと暖かい天幕を設営できます。それこそ雪が降っても凍えないで済むのを」

「あー! そうだ! 雪が降るかも!? い、いやだ! 僕は寒いの苦手なんだよ! 絶対に帰るからね! 雪が降る前に!」

 さすがに聞き苦しかったのか、同じく馬上なブーデリカに咳払いで遮られてしまった。

 ……二人とも馬に乗っているという意味で、同乗はしてない。別々だ。もう幼児扱いはされない。

「御大将、兵卒の士気を下げかねない御発言は控えるべきかと?」

 強いて作られた笑顔が、よりコワい。

 おそらく留守居役で城を守る師匠ウルスの分もと、我が姉弟子イニは張り切っちゃってるんだろうなぁ。

 しかし、初陣で冬将軍と対決なんてあんまりだ。決して僕が意気地なしだからじゃない……と思う。

「ブーデリカ、若は初陣で気が昂っておられるだけだ。そう責めずともよかろう? ……我らの時より御立派であられるし」

 やや低い位置から、ティグレの取り成しが聞こえた。……なぜか馬を降り、歩いている。

「若様の御年を勘定に入れれば、そうかもしれませんね。ところでティグレ? どうして貴方たちは、馬を降りているのです?」

「これは我が師より引継ぎし伝統で……初めて戦へ伴った弟子は、必ず歩かせて荷も背負わせてるからだ」

「嗚呼! そういえば貴方も初陣で、なぜか荷を担いで歩いたそうですね。てっきり何か悪さでもして、罰を下されたものと」

「あの時は我が師も、同じ様に歩かれていただろうが! 弟子に苦難を命じ、自分だけ騎乗を良しとされなかったからだ」

 ……ブーデリカにかかると、いつもは飄々としたティグレも形無しだ。

 まあ少年から青年の頃を全て見られてる女性、それも現在は同僚だなんて、ほとんど天敵レベルな存在だろう。

「俺としては、その坊やがクタクタになって使い物にならなくなるんじゃないかと心配ですけどね。なんだって頓狂なことしてるんです?」

「従士の指導方針に口を挟まないで頂きたい!」

 意外なまでの強い拒絶で、その場は静まり返ってしまった。

「いや、突然に大声を出して申し訳ない。なぜと問われたか、シスモンド幕僚長? 兵卒達は荷を担がされていることや、それが大変な労苦であることを忘れぬ為にだ。いずれ我が弟子は、兵卒を率いる身になるやもしれぬ」

「あー……こちらこそ無礼だったようで。その……騎士ライダーの流儀ですか? そういうのとは、とんと縁のない育ちなもんで失礼をば」

 期せずして騎士ライダー叩き上げノンキャリの軋轢を目撃してしまった。

 伝統と責任を担うティグレにも一理あるし、初見なシスモンドの感想も無理はない。……誰も悪くないのに摩擦を生んでしまうのが、階級社会の問題点か。

 まあ二人とも可能な限りに仲良くと考えているようで、それだけは救いだろう。

 そして参考にするべきか考え始めちゃったブーデリカから慌てて視線をそらし、大変そうなサム義兄さんに声を掛ける。

「大丈夫?」

「……うん? やっぱり冬来たら、冬来たら、だよ、リュカ。来るもんは来るんだから、悩んだって仕方なくないか?」

 わりと汗だくで大変そうなのに、太平楽なことを宣わられた。うん、いつもの義兄ちゃんだ。



 『マリウスの驢馬』という悪口――自分で自分の荷物を背負う兵士を揶揄した言葉が伝わっている。

 これはマリウスの行った軍制改革でも画期的な一つであり、これより西洋の兵士は自分で荷を運ぶようになった。

 ……逆説的にいうと、軍制改革以前は荷運び専門の奴隷などを連れての行軍で、従軍兵士は荷運びをしていない。

 古代において戦争への参加は戦士階級の特権と説いたが、まさしく上げ膳据え膳で戦地へと赴き、現地では戦うだけ――真の意味で戦士だろう。

 そして革新したマリウスだが、実はカエサルと同時代の人物だったりする。年齢も二十二歳しか違わない。

 当然、カサエーことカエサルと戦ったガリアの御先祖様達も、兵士に荷運びさせる革命的発想へ至ってなかった。

 騎乗戦闘と同じく、その導入も戦訓として分からさせられてからだ。

 つまり、ざっくりと三百年ほど前からで、時代の変化速度から考えたら最近かつ最新の方式といえる。

 よってティグレの師匠かそのまた師匠、あるいはさらに師匠の人は、公正で聡明な方だったのだろう。

 僕なんかは馬に乗っての移動だし、最近では乗馬にも慣れてきたけど……兵士達は歩きな上、全員が荷物を担がさせられている。

 これを踏まえられない指揮官なんて無用どころか害悪だ。

 やや体験主義すぎるけど、それなりに有益な教育と評価してもいい。……ブーデリカが僕にもやらせるべきか悩んでなければ!


 もうすぐ数えで十歳とはいえ、一日に二十キロ前後もフル装備で歩くなんて無理だ!

 いや、同じく新年には数えで十三歳な義兄さんだって大変だろうけど、身体の出来上がり具合が全然違う! 最近じゃ義兄さんは、目に見える速度で育ってるし!

 ちなみに僕は、いまいちだ。順調なら、そろそろ義姉さんの背丈を越えられそうなのに、まだ負けている。

 ……計るときにズルをされている気もするけど、まあドングリの背比らべなのは変わらない。


 しかし、こんな若輩にして初陣を飾る、それも総大将を務めなきゃいけないのは、二重の意味で自業自得か。

 まず戦略目的を説明しすぎちゃって、ほとんど理解して貰えなかった。……どころか理解できた者には、無理難題とまで思えたらしい。

 ちょっとだけ将来の北方戦乱を見据え、いくつか布石してくれれば十分だったんだけどなぁ……。

 どうやら『前世史を識っている』というのは、予想以上に評価されるようだった。今後は気を付けねばならない。


 そして初期構想――父上が出立した時点では、こんな時の備えもあった。

 大叔父のギヨームは血縁かつ現役の武将といえたし、従叔父じゅうしゅくふのランボだって初陣には程よい頃合いだろう。

 でも、その二人を排除してしまったのは、他ならぬ僕自身だ。責任は向こうにあるとはいっても、事実関係としてはだろう。

 ……戦国覇王信長は血縁に甘かったらしいけど、その理由をこころで理解してしまいそうだ。

 君主ちちうえの代理ができる人材は、何人いても足りない。ちょっとやそっとの粗相なら、ぐっと我慢して流すのも手だったり?

 人材さえ厚く確保してれば、一桁台の年齢で初陣なんてあり得なかったはずだ。


 ちなみに、いくら戦国乱世な世の中といっても、僕の歳で初陣は非常に珍しい。

 例えば前世史の日本などは、源頼朝や上杉謙信で十三歳、織田信長が十四歳と――十代前半でなら初陣も珍しくなかった。

 踏まえるとサム義兄さんは、やや早いけど普通な方か。

 あるいは軍人の弟子である従士へ任命される頃が、従士制度がある地域の平均かもしれない。

 ……戦場では師匠の後ろをついて歩かせる、実地での体験教育を施すというし。

 まあ僕も一応は従士の身分ではあるけど、だからって一桁台での初陣はやり過ぎだろう。

 そもそも『戦場における正しい騎士ライダーの振る舞い』を範として示すべき師匠マスター――ウルスとも別行動だ。こんなんじゃ従士としての経験は積めそうにもない。

 というか僕が従士として修業に励むと信じている人なんて存在するのだろうか? 当の本人ですら、全く考えていないのに!?



 不謹慎なことを考えながら街道を進んでいたら、突然に視界が開けてきた。本日の目的地にして合流地点――領境最北端にある開拓村の予定地に到着だ。

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