鳴いたキジの理

 そして予想通りに援軍の編制は難航した。

「とにかく! 今日中の出立は無理です! 早くても明後日、その場合でも二百が限度一杯でございます!」

 いわゆる軍政官役の士官は、頑として譲らなかった。

 主力が父上と外征中とはいえ、虎の子な予備戦力として城に五百ほどが待機している。

 ただ、それを全て投入してしまったら完全に無防備だ。軍政官の主張は正しい。

「でも、ドゥリトル、ゼッション、スペリティオで五百ずつ。当事者のフィクスには頑張ってもらって千かな。そして現地の籠城兵力が千だから……総勢三千五百? これなら一戦交えるまでもなく、相手の心が折れて終結だよ」

「しかし、フィクスから千の増援はともかく……ゼッションとスペリティオが五百も出してきますかな?」

 当然の如くウルスの見解は辛かった。これっぽっちも他所のことを信用してない。

「その場合こそ、大問題なんだ。フィクスの増援が千、僕らが五百、ゼッションとスペリティオが申し訳程度に百だと、合わせて千七百。籠城兵力が千といっても、兵士は二百ぐらいだろうから……やっと戦力が千九百? これじゃ増援を呼ばれたら引っくり返りかねない。念の為に言っておくと、僕らが五百を捻出しても、だよ?」

 さすがに現役の軍人が占めているだけあって、僕の最悪予想に皆は唸る。



 そして徴兵頼りな封建軍の欠点が浮き彫りになっていた。

 領内各地の平民や農民から少しずつ兵士を集める方式は、いうまでもなくベストではない。ベターとすらいえないだろう。

 しかし、どこもが帝国みたいに大勢の世襲制の戦士階級ローマ市民を養えるはずもなく、ようするに妥協案で弱者の選択といえた。

 なにより徴用ならドゥリトルのような地方領単独でも、限度一杯で一万人が招集可能となる。

 だが、致命的なまでに編成の時間を要した。

 仮にドゥリトル領全土から五百人を招集したら、進軍開始までに一ヵ月はかかるだろう。

 そんな暢気にやってたら、到着した時には攻守の立場逆転すら起きてそうだ。笑い話にもなりゃしない。


 踏まえると、やはり常備軍が望ましく思える。

 もし三百を遊軍として別に雇用してたら、領都からの限度一杯な二百と合算して五百だ。

 支度が済むのを待っても、明後日には援軍を送り出せる。

 いや、それどころか五百を常備していれば、日の出と共に進軍開始すら? それも領都防衛の戦力は残せたまま?

 意外に常備軍とは、侵略よりも防衛で真価を発揮なのかもしれない。


 もちろん常備してしまえば、出動の有無に関わらず人件費などが必要となる。

 ……兵役という形での納税――徴用とは事情が全く違う。なにより給料を払わねばならない。

 そして一人につき年平均小金貨百枚と――現代の価値に換算して二百五十万円前後で計算しても、四人だと一千万円。四十人なら一億円。四百人でなんと十億だ。

 これは年次予算が大金貨二十万枚――現代の金額にして二百億円のドゥリトルでも、それほどの兵数を抱えられない理由でもある。

 ……というか領地が広いだけで、決して裕福ではないし。


 そして覇権国家が平和な時期に財政難などへ陥り、まず常備軍の解体へ着手するのも納得だ。

 仮にドゥリトルが四百の常備軍を解散したら、それだけで年次予算の五パーセントにも達する!

 その分が不要となれば財政問題も健全化するだろうし、良策とも評価されるだろう。

 ……正に『狡兎死して走狗煮らる』か。


 しかし、乱世においては、実数の何倍にも匹敵した。

 もしドゥリトルが五百の遊軍を組織していれば、ドゥリトル領だけでなく北方全域が、攻め込むのに千では心許なくなる。

 なぜなら最前線に五百の兵が急行し、現地戦力と連携して守るからだ。

 そして北方四領で足並みを揃えて実施すれば、北方全域が攻め込むのに最低五千は必要となる。

 実数として増やしたのは各領で五百ずつ――総計で二千に過ぎないのに!

 この防衛力を通常の方法で得ようとしたら、北方全体で万単位の増員が必要となるだろう。

 つまりは情勢不安な場合に限り、結果的に対費用効果が良い。

 またコストだけでなく、実際に必要な人員も少数で済む。これも大きい。


 が、そんな乱世むけな戦闘教義ドクトリンも、まだ初期メンバーの育成に着手したばかりだ。

 今回には、とてもじゃないが間に合いそうにない。



「そうだ! 傭兵は?」

「難しいと思いますぜ? いま時分に北部で暇してるガリア人傭兵なんて、当てにならんでしょう。多少は頭が働く奴なら、とっくの昔に南部へ移動してまさぁ」

イギリスブリタニアから呼び寄せたとしても、到着は春になるかと」

「しかし、ゲルマンの部族も、此度ばかりは……それこそ自ら敵を呼び寄せるのにも等しいでしょう」

 ……そもそも傭兵を雇える状況なら、うちより先にフィクス領で手配してそうだ。

「というか当の本人達からも、俺らは期待されてなさそうですよ? ユアンやっこさんは、なんといいますか……それほど弁舌に恵まれているとは言い難いですし」

 空席となった下座を目線で指し示しながら、シスモンドは肩を竦める。

「若は北部で団結と仰せになられたが……各領から二百ずつの援軍。フィクスから最低でも五百。これで籠城ならば持ち堪えられましょう。……残念ながら楽な戦いとは、いかぬでしょうが」

 などとウルスも常識的な見解だ。

 そして武官上位二席の、それも説得力ある提言で場は消極策へ――限度一杯な二百を援軍へ傾き始め……

「それにフィクスが落ちたら落ちたで、また取り返して貰えばいいじゃないですか? 筋からいって王様にでも? その為に偉い人がいるんだと、俺なんかは思いますけどねぇ」

 シスモンド自身の余計な一言で、辛うじて採決とはならなかった。

 なるほど。それなりに有能そうだけど、本当に口で災いを呼ぶタイプだなぁ。

 騎士ライダーを聴衆に責任転換だとか義務の放棄を匂わせたら、そりゃ反感も買おう。間違っちゃいないけど、言い方が悪い。


「確かにウルスとシスモンドの見解も正しい。でも、次は? そして、そのまた次は? これはフンハン族が暴れるたびに繰り返される。いつかはドイツゲルマニアの指導者も思うだろうね。いっそのこと本格的に南下してしまうか、と」

 この絶望的な指摘に皆は衝撃を受けた。

 なんとなれば前世史最後の民族大移動――ドイツゲルマニアの南征は、第二次世界大戦だ。

 フン族の侵攻なんて独仏の長い長い諍いの発端でしかない。

「これは最初の一歩であり、今後を占う大問題でもあるんだ。深く考えず、その場凌ぎを何百年も繰り返すか……それとも毅然たる態度で武力侵攻を拒絶するか。そして最初に範を示せば、後の世代も倣う。 ――それに僕らの気概を見せつけてやれば、ゲルマンも必死にフンハン族へ抗うようになるよ」

 ちょっとしたリップサービスだったけど騎士ライダー達は顔を綻ばせた。

 ……上手いこと場を操れてるかな?

「その為にならドイツゲルマニアへの助勢すら吝かではないよ? 彼らがフンハン族に対抗してくれるのならね。でも、簡単に負けて泣き付かれては困る。やっぱり精一杯に頑張ってもらわないと」

 これも半分は本心だ。

 おそらく前世史の西ローマに倣って、対ドイツゲルマニア戦線はライン川まで押し上げてしまった方がよい。

 ライン川がドイツ-フランス間の国境となったのは守り易いからだ。

 いわば天然のガリアフランス版『万里の長城』と成り得るのだから、利用しない手はない。

 ……現在の国境からライン川までを統治するべきかは、さすがに宿題となりそうだけど。


「御曹司の仰る通りだ! 北方の不出来な従兄弟どもへ、戦いのやり方を教授してやろうぞ!」

「ああ! そして我らガリアは、決して武力に屈せぬとも知らしめてやるのだ!」

 若手の騎士ライダー達は、目論見通り扇動できた。まあまあの首尾か。

 しかし――

「待って下せえ、御曹司! 確かに四百ぐらいなら、なんとか捻り出せるはずなんでさぁ。領都駐在分から三百、ゼアマデュノ駐在分を百――」

「それではゼアマデュノが空となって――」

「待て! 筆頭百人長の発言中だぞ! それに儂は最後まで聞いてしまいたい」

 遮りかけた若手騎士ライダーをウルスが叱る。

「続けますぜ? ゼアマデュノの分はクエトロ、サウス・ドゥリトル、ラクスサルスの各街から、少しずつ分けて貰うしかねえでしょう。全く兵隊が居ないとはいきませんから。それで――」

「領都残留が二百はやり過ぎだ! それも各街の兵士まで動員とは! これで万が一にでも攻め込まれたら――」

「最後まで聞いてしまいたいと、言っておろうが!」

 一部の潔癖症な騎士ライダー達からシスモンドは、吃驚するぐらいに反感を買っていた。……なにか因縁でもあるのかな?

「足りなくなる分は、召集を前倒しにしちまえばいいんじゃねえですか? どのみち春には交代を集めるんですから、少し早くなっても大差ねえかと」

 しかし、予算的には大きく変わる。その証拠に軍政官やセバストじいやの配下から、押し殺した呻き声が漏れた。

「でも、これはドゥリトルが四百の援軍を出せなくもないってだけの話です。俺も隊長と同じく、ゼッションとスペリティオは御義理程度の出兵と思いますけどね」

「それに関しては、母上の御手を煩わせることになると思う。 ――母上、私信で構いませんので、各領へ手紙を書いて頂けませんか?」

 しばし首を捻られたかと思うと母上は――

「吾子は私に『たった四百の援軍で恥ずかしい』とでもスペリティオ領主婦人スザンナへ送れというのですね? 確かにスザンナなら、他領から下に見られぬよう働きかけるでしょう。非常な見栄っ張りですからね。しかし、ゼッション領主婦人パウラ様は、聡明な御方。胸襟を開き、包み隠さず御伝えした方が良いと思いますよ」

 と理解してくれた。話が早くて助かる。

「なるほど。俺にはよく分からねぇですけど、御方様が御分かりになられてるなら大丈夫でしょう。しかし、それでも問題は残っているんでさぁ。誰を総大将に?」

 ……天才的だ。シスモンドは痛いところを突く天分がある!

「そ、それはウルスあたりに――」

「隊長は駄目ですぜ? 本当にヤバい時――どこからか攻め込まれた時は、ウルス隊長じゃなきゃ! 少数の兵力で上手く戦えて、偉い人の都合も無視できて、それでいて誰もが言うことを聞く……この条件に当て嵌まるのは隊長だけなんでさぁ」

 ……ようするに将官級が足りないと言いたい……のかな?

 しかし、それならシスモンドも将官に准ずる地位にあるんじゃ?

 そう考え無意識に指名しかけたところで、また遮られる。

「ちなみに俺は駄目ですからね? 俺を総大将に任命なんてしたら、兵隊共が逃げ出しちまいますよ! ……どうしてか総大将を拝命すると、決まって大負けしちまうもんで。それに御曹司は軍略でなく、政略で考えておいでだ。政略ってのは、それを理解できる人間へ任せなきゃ確実に失敗しますぜ?」

 ……遠回しに政略も任せられる将官はいない。少なくとも城へ詰めてはいないと教えてくれた……のかな?

 まあ、よくよく考えたらウルスに政略は無理だ。なんといっても発想が真面すぎる。

 かといってシスモンドを任命したら、それはそれで騎士ライダーと揉めそうだ。おそらく総大将に向かないというのも、これが影響してるのだろう。

 ようするに手詰まりというか、僕に選択の余地は無いようだった。

 しかし、この時代でも『言い出しっぺの法則』が適用されるとは、さすがに想定外だ。

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