若き施政者の見る夢

 それではと向こうの様子を見に行く手筈となった。……そのつもりで義姉さんも呼びに来たのだろうし。

 ただ、この春からは、色々と勝手も変わっている。

「それでは私めが共を。 ――サムソン! 親方シェフジュゼッペの手伝いを終え次第、速やかに合流せよ。 ――フォコン? お前は、どうする?」

「ジュゼッペさん、申し訳ないですが、御役目と相成りました。 ――ポンピオヌス殿、手早く片づけを終えましょう」

 テキパキと騎士ライダー二人に仕切られちゃったけど、これが大きな変更の一つだろう。

 実は母上、師匠マスターウルス、セバスト爺やの三人と話し合いを済ませている。議題は「いかに我が国が存亡の瀬戸際にあるのか?」で。

 全ては説明できなかったこと――僕が転生者であることは、一生の秘密になると思う――もあり、残念ながら期待していたほどは理解して貰えなかった。

 それでも若干の自由裁量が許されたのだから、母上たちにも感じるものがあった……のだと思う。

 もしかしたら話の内容よりも、僕の為した実績――各種改革や現金調達が評価もされて? 自慢じゃないけど父上に次ぐ稼ぎだし?

 あと引き換えとばかりに「城外では必ず護衛を伴う」と「週に二日を修練へ割り当てる」を約束させられた。

 ……もしかしたら三人とも、ほとんど分かってないのかもしれない。


 そして義兄さんも子供扱いされなくなったというか、見習いではあっても戦士階級の一員と見做され始めた。

 ティグレも幼年の者への提案や指示ではなく、部下へ対しての命令を下す。もう表立っては、御曹司の乳兄弟とも忖度されなくなった。

 まだ数えで十二歳なのに、ほとんど社会人と呼ぶ他ない。

 これはポンピオヌス君も同じで、政治的配慮から殿と尊称を付けられたり、丁寧な口を利かれていても、その実際は命令だ。

 ……ポンピオヌス君に至っては、数えで八歳でしかないし!

 この歳で他家へ人質に出されたり、配慮されているとはいえ社会人デビューさせられたり……時代平均で考えても数倍はハードな人生だろう。

 二人に比べたら僕なんて甘やかされ放題か。



 そんなこんなでサム義兄さんやジュゼッペ、ゲイルに残りを任せ、僕らはダイ義姉さん達の陣中見舞いへ赴いた。

 といっても目指すカーン教の寺院は、作業していた家畜小屋から通り一つも離れていない。

 当たり前だろう。いくらブーデリカが護衛に付いているといっても心配でならない。

 なにかあれば直ぐにでも駆け付けられる場所にいるのは、男きょうだいの責務ですらある。

 ただカーン教は、全階層から一定の敬意を払われていた。

 それも貧民救済を目的とした炊き出し日ともなれば、相手の方で礼儀正しく振舞うはずだ。

 いわゆる高貴なる者の義務ノブレス・オブリージュとしてボランティアな施しを振るまう義姉さん達が困るわけが……――


 寺院の入口辺りへ陣取らせた天幕を発見し、いそいで気付かれないように隠れる。もちろん他の皆にも続くよう、手信号を送っておく。

 指示通り天幕にはセバスト爺や配下の文官が、避難民相手の説明に出張っていた。

「か、開拓に従事すれば、税の免除五年間と開墾した土地も頂けると!」

「アンタ、それに当座の食糧もだよ! 畑が軌道へ乗るまで助けて頂けるって!」

 そう説明役へ問い質していたのは、まだ中年というには早い夫婦だった。

 十代中頃ぐらいな息子を筆頭に五人の子供――なんと一番小さいのは長男に負ぶわれた赤子だ――を連れている。

「お前さんらも南部から焼け出されて? そりゃあ難儀なことだったな。しかし、色々と混ざってしまってるぞ? 確かに若様が果樹園を御造りになるとかで、人手を募集していなさる。だが、土地の譲渡は別ぞ? あれは自力で開拓すると約束した者へだな。それに土地ではなく土地という権利だ」

 高ストレスに曝された者特有の笑顔で、文官は答えた。

 おそらく同じ質問へ同じ答えを繰り返し続け、軽い人格崩壊を起こしかけてる。……物事が落ち着いたらボーナスと休暇を検討してあげよう。

 しかし、文盲率が極端に高いというか――識字率が限りなくゼロに近い場合、結局のところ話すしかなかった。

「土地? って何です?」

「あー……最近できた新しい決まりでな。うー……まあ土地の権利証書のようなもんだ。細かい違いは、儂にも良く分かっとらん。しかし、現金さえあれば、すぐにでも購えるぞ?」

「そんな御足があれば、ここへ伺うこともないじゃありませんか!」

 奥さんの切り返しには納得だが、こちらとしても余力があるなら自力で起き上がって欲しい。……意外と購入者もいたし。

「おっ母ッ! やっぱしオラが何かボーを立てて銭こを!」

「馬鹿なこと言うでねぇ! 家族は一緒が一番だ! それに野良仕事しか知らねえ者を、誰が雇ってくれると! 騙されて危ねえ仕事へ着かされるに決まって――」

「ボーを立てるのなら、やはり若様が軍団員を募集していなさる。若くて健康な独身者に限るが……儂の見立てでは、息子さんなら断られはせんと思うがね? それを元手にすれば、一気に家族も土地持ちの立派な農家だぞ?」

 なおも文官による説明は続きそうだけど、僕はその場から離れた。

 まあまあな進捗状況だろう。まだまだ改善の余地はありそうだけど、悪くはない。 



 避難民だとか難民というのは、常に施政者を悩ませてきた。

 冷たい言い方をするのなら、税金は支払わずインフラにタダ乗りしてくるからだ。

 しかも、根本的に解決されることは稀で、なんら発展にも寄与しない。どころか次世代の再生産まで行う。

 だが、それは施政者が災厄として認識するからでもある。

 実際のところ南部が焼き払われようと僕ら――ドゥリトル領は困りはしない。なぜなら財源サイフが違うからだ。

 ドゥリトル領が困る理由は、流入してくる避難民が無職かつ貧乏なことに集約された。

 職がないから日々の糧にも困り、原住民の職や住居を奪おうとするから軋轢も生じ、色々と上手くいかないから治安も悪化させる。

 これは仕方なくもあった。

 数多の施政者がギブアップするのも当たり前だ。打つ手がないこともある。

 しかし、ドゥリトルのような立地と時代に限り、成功の見込める政策が存在した。

 開拓の促進だ。

 そして日本でいうところの墾田永年私財法――開拓した者に開拓地の権利を与える法律は、手軽かつ財源不要な発奮材となる。

 さらにローマ化してないガリアは森の海で、開拓者が何人いようと不足していた。

 税金の免除だって、実は大したことがない。

 一家揃って無職同然では人頭税しか見込めない上に、その支払いすら覚束ないなら同じことだ。

 そして新規開拓地から収穫できるようになっても、それまでなかった土地なんだから、しばらく徴税しなくても例年と変わらない。

 どうせ避難民が逃げてくるのなら、いっそのこと開拓団へ編成してしまう。

 管理と監視を兼ね、さらには問題の抜本的解決でもあり、ついでに財源も増やせる妙手といえた。

 ……ただ国難に際し『焼け太り』を選択でもあり、後で必ず問題視されるだろう。おそらくは悪名を伴って。


 そして志願兵の募集は、常に有効な貧困対策だ。

 こちらとしても、どうせ来年には交代要員が必要となる。

 おそらく戦乱は休みなく続く。常備軍の設立は無駄にならないし、急務ですらあった。

 なぜなら始皇帝、ハンニバル、大マリウス、カエサル、信長……歴史を変えた指導者の軍隊は、最終的に志願兵の少数精鋭かつ常備を選択している。

 これは専門家でも未だに意見は分かれてるが、ドゥリトルの規模だと他に選択肢もない。

 ……ただ問題点は、帝国が既に志願兵主体へシフトし終えていることか? もう極端に精鋭化していないことを祈るのみだ。


 また、これで再び活動資金問題に直面する羽目となった。

 しばらくは開拓団を食わせていかねばならないし、果樹園だけでなく多方面へも着手している。

 もうドゥリトルから回してもらった予算だけでは、とても足りない。

 かといって個人的収入は使い果たしてしまったし、次の入金も結構先だ。

 となれば我らが朱鷺しゅろ屋の出番なんだけど……流石に無心しすぎかと心配になってきた。

 あと十年! いやさ五年あれば、財政問題なんて些事に過ぎないのに!

 猶予時間がないから無理をすることになり、無理をしたからタイムスケジュールが苦しくなっていく。……このままでは悪循環でジリ貧だ。

 最近では「徳政令なのねん」と夢で見て、ガッツポーズで起きることすらある。

 いや、悪いアイデアではない? 夢という形で解決策を閃いていた?

 ローマ共和政時代に徳政令は発明されている。皆が驚くような新機軸でもない。

 ……いざとなったら、やっちゃうか? 徳政令を!?

 なに、軽い共産主義宣言みたいなもので、穏便な富の再分配でも――



「どうやら悪いことを御考えの顔ですね、若様? また悪戯を御企みですか?」

 危ういところで僕を堅実な世界へ引き戻したのは、女騎士ライダーブーデリカだ。

 ……なんとも珍しいことにエプロン姿の。

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