開発に伴う既存技術者との軋轢

 回収作業の合間に眺める街は、切迫した空気を孕み始めていた。

 まず帰国した元兵士に、やはりというか負傷者が多い。

 それまでは男手が駆り出されただけで、全てを想像に頼る他なかった街の人々も、これで否応なく戦時と思い知らされた。

 ……おそらくは、まだ序の口でしかないという悲観的な憶測と共に。

 さらには南部から――地中海沿岸の領地から焼きだされた避難民の姿も目立つ。

 ドゥリトルまで逃げてこれた彼らには、まだ余力がありそうだけど……王国全体での状態は、かなり厳しいと言わざるを得ない。

 ……目立たないだけで避難民の排斥なども起きていそうだ。

「なに悲しそうな顔してるのよ? 誰かにイジメられでもした? そんな悪い子がいたら、お義姉ちゃんを頼りなさい! また、やっつけてあげるから!」

 などとお道化て僕を小突くのは、まあダイ義姉さんだ。

 半ば本気の発言なのか辺りを見渡してるけど……たぶん、いぢめられているのは今! そして義姉さんにだと思う! ありがとうございます!?

 さらに「どうだ」とばかり衣装を主張してきたのへ――

「似合ってるよ。うん、可愛い」

 と誉めそやしておく。

 手慣れている? 要領がよすぎ?

 馬鹿なこと言っちゃいけない。これは処世術にして護身だ。義姉なる暴君へ対しての!

 それに今日の出で立ちは、なかなかに可愛らしかった。まったくの嘘でもない。

 全員で御揃いにしたというエプロン姿は、なんというか家庭的とでもいうべき魅力を醸し出していて――

 煌! JC姉さん女房! 細足繁盛記!

 なんて単語を連想させてくる。なに? 意味が分からない? 矛盾すらしている? 解読するんじゃない、感じるんだ!

 しかし、当の本人は徐々に恥ずかしくなってきたのが――

「ほ、ほら! お、お義姉様の麗しさにボーっとしてないで、手伝って! 差し入れを持ってきてあげたんだから!」

 と照れ隠しに、また小突いてくる。

 ……どちらにせよ義弟というのは、理不尽に扱われる運命らしい。



 休憩ときいて大喜びなゲイルに諸手で迎えられつつ、義姉さんは皆へアイスクリームを配り終えた。

「乳白色の奴……前回と同じかと思ったら、少しだけベリーを混ぜて?」

「こちらの青い方へは、もしや香草を混ぜ込んであるのでは?」

 義兄さんとポンピオヌス君は、作った経験があるだけに興味津々だ。

「む? もしや、この瓶の中身は『冷やしエール』!」

「これは気の利いたものを! ありがとうございます、お嬢様」

「ささ、ぬるくなる前に頂かなければ!」

 どうやら大人用には、冷やしエールを用意したらしい。ポンドールあたりのアイデアかな?

 しかし、軽作業の休憩に冷やしたビールとか抜群の組み合わせだろう。

 もう既に大人組――フォコンとティグレ、ジュゼッペの三人は、鼻の下を伸ばしているし。

「なんだか分からねぇけど、こんなに甘いものは初めてだ! ああ、美味い!」

 そしてアイスを初体験のゲイルは大喜びだった。この様子なら懐柔作戦も上手くいくかな?

 が、そんな楽観も義姉さんの発言で吹き飛ばされる。

「ああ、もう! 皆、もう少し味わって食べなさいよ! まったく男の子って、ほんと荒っぽいんだから! 大変なのよ、氷を作るのも! アイスクリームを練るのも!」

 や、止めてくれ、ダイ義姉さん! その不平は僕へと刺さる!

 嗚呼、義兄さんとポンピオヌス君が! 普段は絶対的に僕の味方な二人が、もの凄い非難の目で! やっと忘れかけていた所なのに!



 実のところ義姉さん達は、硝石を利用して氷を得ていた。

 素焼き壺を必死に扇いだ義兄さんやポンピオヌス君とは、その方法と労力が異なる。

 ……段違いか。温厚な二人が不満を覚えるぐらいに。

 硝石採取の説明で、水に溶かすと吸熱反応を起こす――冷えるといったけれど、これが馬鹿にできない。

 色々な指標はあるも、ざっくりいえば五度から十度ほど冷却させられる。

 この冷たくなった硝酸カリウム塩溶液で、水などを冷やすことも可能だ。

 実際、史実でもワインなど飲料の冷却に利用された。大人組へ振る舞われた冷やしエールも、これを利用だろう。

 そして冷やした水へ硝石を溶かすことによって、さらに冷やすこともできる。

 勘の良い方なら、もう察したはずだ。

 この五度強の冷却を必要なだけ繰り返せば、最後には凍る。氷が得られるのだ。

 そして一定量の氷を得ると、さらに物事は加速する。

 塩と氷の反応は有名だけど、実のところ氷点下マイナス二十一度まで冷却可能だ。

 ……ちなみに硝酸カリウムでも、やや非効率ながら氷と反応可能ではある。

 とにかく、この冷却能力を使えば、さらなる氷を得られた。

 胡乱な方法と思われるかもしれない。

 だが、史実で初めて作られた氷菓――アイスクリームやシャーベットは、硝石を利用している。机上の空論などではなく、立派な実用技術だ。


 もちろん、この硝石冷却法がベストとはいえない。

 史実でも廃れて別の方法――熱交換系の技術へと移り変わった。そちらの方が高効率だからだ。

 しかし、未開文明で氷の量産をするのなら、硝石冷却法こそが最適だろう。

 なぜなら硝酸カリウム塩溶液は、放置しておけば硝石へと戻る。塩と氷――塩水だって同じだ。

 つまり、水と労働力以外のリソースを失わない。硝石や塩を永遠に使いまわせる!

 また最低条件が水だけなので、非常に広範囲で成立するのも心強い。

 すでに城へは氷納式冷蔵庫が実験配備されてるし、それで食材の廃棄率が低くなるのはもちろん、傷みによる食中毒をも抑制してくれることだろう。

 屠殺時の冷却も氷があれば捗るし、氷蔵は各種寄生虫対策にも劇的だ。

 さらに未加工な肉としても貯蔵が可能となり、各種香辛料の使用量も抑えられる。

 そして輸送方法などの環境が整えば、なんと海洋資源すら活用可能だ!

 しばらくは高級品として扱われるだろうが、なんであろうと可食量が増えれば全体も潤う。

 そもそも量産体制さえ整えば、氷自体に商品価値が発生する。どれだけ興しても困らない新規産業とも見做せた。


 ……だが真に恐るべきは、この硝石冷却法がオマケ――硝石入手の主目的ではないことか。

 つまり、硝石入手の狙いは別にある。

 どころか硝石冷却法の流用なら、まだ三つ四つあるといったら……『』でAランクの評価にも納得されるはずだ。



 しかし、そんな色々な事情も、サム義兄さんとポンピオヌス君は知らない。

 分かるのは自分たちは半日ほど汗だくになって苦労したのに、女の子たちは妙な粉を桶へ溶いただけということ。

 その水汲みだって、なぜか自分たちがやらされたのだから、不満も募るというものか。

 さらに! そして!

「そう、そう! ありがとうございました、ジュゼッペさん! あの足踏み式の……あれって何と呼ぶのかしら?」

 という義姉さんの発言ついげきで、さらに僕の立場は悪化した!

 おそらくジュゼッペの試作した(仮称)『足踏み式・回る棒』のことだろう。

 その名の通り、はずみ車を踏んだら棒が回るだけのなんだけど、いろいろなアタッチメントを付けて活用する。

 ……たとえばアイスクリームの材料を攪拌する泡立て具とかを。

 吊り上がる二人の目尻から、慌てて顔を背けつつ誤魔化す!

「ね、義姉さん達の! そっちの方は? 問題なくやれてる?」

 だが意外にも、ダイ義姉さんの表情は曇った。

 ……うん? あっちはあっちで、何か起きていたとか?

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