追いAランク資源

 この春から始めた採集は、どうやら街の人にも認知され始めたようだった。

 ……いや奇行癖のある御曹司が、例によってと思われてるだけだったり!?

 とにかく作業を手伝ってくれる皆には、理解されている……はずだ。近頃では質問されなくなってきたし。

 ただ、やはり肉体労働には代わりない訳で、不良少年上がりのゲイルは不満たらたらだ。

 いまも家畜小屋から威勢の良い掛け合いが聞こえる。

親方シェフ! 腰を入れろとか言われても意味わかんねえよ! スコップは手で持つもんだろ!?」

「だ、誰が親方でい! こ、こそばゆいじゃねぇか! あー……もー……そんな御上品にやってたら、日が暮れちまう! 手じゃなくて腰だ! 腰で掘るんだよ!」

 助手にでもとジュゼッペに面倒を任せたものの、いまいち口の達者さに押され気味なようだ。

 ……さすがは『街の子』として独り生きてきただけのことはある。

「ゲイル少年、親方シェフジュゼッペの助言は正しい。真剣に耳を傾けた方がよいのではないか? しかし、そうだな…… ――サムソン! その桶を手ではなく、腰で持ち上げてみせよ」

「はい、せんせi――師匠マスター。仰せの通りに」

 ティグレのに、サムソンが――サム義兄さんが応える。


 喜ばしいことに義兄さんは、この冬に従士へ任命された。

 それに伴って剣匠ティグレも先生とではなく、正式に師匠マスターと呼ぶよう指導している。

 まるで映画『星々での戦争』にでてくるJの騎士みたいだけど……むしろ、あちらがパクっているだけで、こちらが元ネタというか本物だろう。

 同じように弟子として数年ほど付き従わせ、騎士ライダーとして必要な知識や技術、心構えを伝承するシステムだけど……学校などの教育制度がない以上、それなりに合理的か。

 でも、同じく従士へ任命された僕も師匠マスターウルスと呼ぶべきなのかなぁ?

 ポンピオヌス君も世話役のフォコンを師匠マスターと呼び始めてるし。

 とりあえずな折衷案的に、修練場では全騎士ライダー師匠マスターの尊称を付け、それ以外の場面――領主の息子として発言する時は、いままで通りに呼び捨てにしている。

 ……身分制度が確立していないということは、細かな作法もということで、それなりに面倒だ。

 ちなみに僕ら三人が同時期に従士へ任命されたのは、いずれ同じ年に騎士ライダーへ叙勲させ盾の兄弟とするつもり……だと思う。


 義兄さんは土を山盛りにした木桶の前へしゃがみ込み、まず両の手で掲げ持った。

「じゃ、やるよ? ゲイル?」

 と断りを入れてから、そのまま脚の力だけで立ち上がった。

 ……なるほど。確かに腰で持ち上げている。残念ながら首を捻るゲイルには、伝わらなかったけど。

「腰といいながら、足を使ってるじゃんか!」

「当たり前でぇ! それに腰の力で持ち上げたら、腰を壊すんだ!」

「じゃあ腰を入れろとか言わないでくれよ、親方シェフ!」

 ようするに「腰を入れる」とは「腕力に頼らず、下半身の力を使いなさい」なんだけど……教師が体得主義だと、なかなか伝わらなかったりする。

 しかし、戦士階級の後進育成において、運や個人の資質に頼るなんて以ての外だ。

 それでは何の為に時間を投資しているのか――従士制度なのか分からなくなってしまう。

 よって意外と、理詰めの教育が主体だ。この辺は武術などと同じか。

「どうでしょう? 今日はの土でしょうか?」

 騒ぐ皆を他所に真面目なポンピオヌス君は、せっせと土運びに精を出してくれていた。

 思わず褒め称えたくなるのを我慢しつつ、大きな洗濯桶へ突っ込んでおいた温度計を確認する。

 察して大きな棒で中身を――泥水をかき混ぜていたフォコンも手を止めた。

「明確に下がってる。これは『当たり』だね」

「がっくりだぜ、若様。今日こそは、すぐ終わると思ったのになぁ」

 などとゲイルは嘆くも――

「また馬鹿なことを! それより回収用の樽を下すんだ! もう手順は分かってんなら、口の前に手を動かせ!」

 とジュゼッペに叱責されていた。



 僕らが何をしているのかというと、硝石の回収だ。

 そんな名前を挙げられたところで、なんのことやらサッパリな方もおられるとは思う。

 しかし、こいつはなんと『』でトロナ石と同じAランクの評価を得ている。超重要資源だ。

 さらにA評価止まりの理由も全く同じ――いざとなったら自作可能な点で、重要度を下げられた。

 あるいは用途が広すぎて書き出しきれないぐらい――とある理由で近代人が熱心に研究した――なのに、ほとんどが陳腐化して廃れてしまったからか?

 例えばハムやソーセージへの添加物として有用だったけど、もはや食中毒対策のベストアンサーとはいえない。

 実際、スーパーなどへ行かれれば硝石未使用――無塩せきを謳う商品も、すぐに見つけられるだろう。

 ……逆に僕らの時代だと、手頃な食中毒を防げる添加物として重宝なのにだ。



 そんな個人的にはS評価したい硝石回収も、すでに手伝ってくれる皆は手慣れてきていた。

「『当たり』ということは、また灰の上澄みが御入用に?」

 ティグレは問いかけてきながらも、灰を水に溶かした上澄み――炭酸カリウムの用意を始めてくれた。

 化学が分からなくとも、作業手順は理解可能という好例だろう。

「うん、そうなんだけど……どれくらい要るかな? ――ジュゼッペ! あと、どれ位あるの? 半分ぐらいは回収して――」

「あとは手桶で二杯ってとこで! 残りはゲイル坊主と二人で回収しときますから、若様はそちらを!」

 家畜小屋からの返答を基に、大雑把な量を決める。

「今日は手桶に三杯でいこう。じゃあ――」

「しばし、御待ちを……いまかき混ぜてしまいます故」

 万事心得たばかりにフォコンも木の棒で泥水を攪拌しだす。

 実のところ騎士ライダーの二人も作業を手伝ってくれるのは、意外というか驚きだ。

 でも、よくよく考えるとガチガチの体育会系気質だし、御曹司や弟子が働いているのに傍観ともいかないか。

 その辺で要領のよいティグレも、なんだかんだいいつつ手伝ってくれてるし。



 ちなみに、いま実施しているのは『古土法』という回収方法なのだけど、その説明より先に「硝石とは何か?」を知った方が理解は早い。

 まず化学的には硝酸カリウムであり、有機物を原料に、亜硝酸菌や硝酸菌が生成する。

 つまり、カテゴリー的にはヨーグルトや納豆、味噌、醤油と同じだ。

 そして原料が有機物一般であることからも、実は非常にあり触れた現象――腐敗だとか食物サイクル、死骸の最終分解などといえる。

 ただ生成される硝酸カリウムは、非常に水に溶けやすく深層へ流出してしまいやすい。

 さらに植物の――というか有機物を作る上での必須栄養素なので回収されやすく、なかなか人類には認識されなかった。

 しかし、逆に有機物が豊富で、雨などに曝されず、植物などもいない環境の場合、そこに硝酸カリウムは蓄積される。

 人為的に条件を整えて培養する『硝石丘』という方法もあるぐらいだ。


 そして回収方法も硝酸イオンを含む土地が見つかったら、まず土を温水で溶かす。

 このままではカリウム分が足りない可能性があるので、炭酸カリウム――灰を水に溶かした上澄みを追加しておく。……しなくても回収可能ではあるが、足した方が絶対に捗る。

 この混合した上澄み――硝酸カリウム塩溶液を放冷すれば、結晶化した硝酸カリウム――硝石を入手だ。

 そして放冷などと難しく表現しているけれど、これは「塩水を放置しとけば、最後には塩の結晶だけが残る」程度の化学でしかない。

 また純度が気になる場合、この水溶してから再結晶の作業を繰り返すことで、純度も高められた。


 だが、硝酸イオンが豊富な土の判別を、手持ちの機材ではできない。

 そこで疑わしい土地を温水で溶かし、その温度変化へ注目する。

 硝酸カリウムは水へ溶ける時に吸熱――温度低下を引き起こすからだ。なんと理想状態なら十度以上も下げるので、目安としてはもってこいだろう。

 また『当たり』と分かったら、適当量は土ごと亜硝酸菌や硝酸菌を回収してしまう。

 将来の『硝石丘』による量産を睨んでだ。

 昔の人は理屈を知らなかったので、偶発的な亜硝酸菌や硝酸菌の混入に頼るしかなかったが、知っているなら最初っから種菌を入れた方が確実性を高められる。

 俗に『硝石丘』での生産開始は五年必要というけれど、この工夫で一、二年は短くなるはずだ。

 ……むしろ本番は『硝石丘』の設営が終わってから?



※ 注意事項! ※

 硝石は刺激物かつ火薬の主成分であり、単独でも爆発の危険性があります。

 決してリュカ達の真似しないでください。

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