俗な聖職者たち
しかし、カーン教への聞き込みは、後回しにせざるを得なくなった。
どこからか事態を聞きつけたドル教の神官と唯一神の司祭が押し掛けてきたからだ。
これは客観的に考えて母上も悪い……気がしなくもない。
生まれてすぐに不吉な子と認定し、そのまま神々の御許へ返すべきと――
どうしてか僕に好意的なカーン教。
それまで全く興味のない様子だったのに、最近になって露骨にアプローチを開始した唯一神教。
どいつもこいつも母上にすれば、我が子を奪い去ろうとする悪の秘密結社に他ならない。
これまで僕の人生に――僕の二度目の人生に宗教が関わってこなかったのも、母上の意向が大きかったのだろう。
でも、いくら嫌いだからって無視を続けられやしない。そのうち問題が噴出するに決まっていた。
……本当に母上にしては杜撰というか、対処も億劫なほど嫌われたというか。
しかし、いくら招かれざる客とはいえ、地元の有力者には違いなかった。
そして相手が嫌な奴だろうと歓待しなけりゃならないのが、僕や母上の立場ともいえる。
結果、地元の宗教指導者との懇談会を開催する運びとなった。
……脂っこい景色だ。
上座を僕と母上――もちろん母上は、僕を取られまいと手を離されない――が占め、残る三方へドル教の神官、唯一神教の司祭、カーン教の尼僧が勢ぞろいしている。
しかし、彼らについて色々と論じる前に、僕も僕で宗教は持っていることを語るべきか。
厳密にいうと僕は『天』とか『おてんとうさま』、『神様』の信奉者になるらしい。
あの「『天』に恥じない生き方」だの「『おてんとうさま』に申し訳の立たないことはしない」、「誰も見てなかろうと『神様』は見ておられる」などと慣用句に使われるアレだ。
いや、標準的現代日本人であれば、誰もが一笑に付すとは思う。子供じゃないんだからと。
けれども否定しようとすればするほど、動かしがたい事実に思えてくるから驚きだ。
なるほど僕は『おてんとうさま』を崇めてないし、定められた社へ礼拝もしないし、実在するとも思っていない。
それでも『おてんとうさま』は、僕の善悪基準だ。
もし――
「(『おてんとうさま』なんて、)それは貴方の妄想ですよね?」
「(『天』が見ているとか、)嘘つくのやめて貰っていいですか?」
「『おてんとうさま』は麻薬」
などと誹謗されれば、もう戦う他に選択肢はない。魂の深くて大切なところへ根ざしているからだ。
そして僕にとっての『おてんとうさま』が、彼らにとっての『神々』や『神』、『カーン』であれば、それを理由に排斥はできなかった。
……貴方の心の中にいる『神様』だって、「自分がやられたら嫌なことは、相手にもするべきではない」と説かれたはずだ。
が、ラブ・アンド・ピースなんて言葉は数世紀ほど早かった。
カーン教の聖母テチュが実力行使へ訴えかける寸前、慌ててて止める。
「教義の強要は良くない! すくなくとも
あわや教導棒で叩かれるところだったドル教神官は――リジードは、目を白黒させていた。……軽食にと用意された寸胴鍋へ素手を突っ込む寸前の体制で。
「くっ……たしかにカーン様も『他所は他所、うちはうち』とッ!」
思いとどまったものの聖母は悔しそうで……僕らを感心させた気高さは、すっかり影を潜めてしまっている。まるで別人だ。
しかし、相手側も不足なしというか――どんぐりの背比べというかで、けっこう酷い。
「カーン様とやらは、敬老の精神は説かれなかったのですかな?」
すかさず政敵の落ち度を唯一神教の司祭――ファスティスが詰る。
「失礼な! カーン様は、尊敬すべき目上は敬えと仰いました! そして司祭殿! 食事を頂く前に、手を清めるべきでしょう!」
……テチュは教義の強要を止める気はないのか?
「それは儂もお嬢ちゃんに賛成じゃ。司祭殿? 最後に身を清めたのはいつになる? 貴殿らに沐浴の習慣がないの知ってはおるが……その……風上に立たれるとな? ほれ、判るじゃろ?」
「私の清浄さは、神によって保障されております! そして過度な沐浴は、神聖さを遠ざけてしまう行いです!」
……無茶苦茶だ。
せめて毎日手を洗い、少なくとも週に一回は風呂へ入れるよう努力する。この時代でも、それぐらいは要求したい。
そして分かってきた。おそらく三竦みの構図なんだろう。
お互いがお互いを毛嫌いしつつ、しかし、自分だけでは他勢力を圧倒もできず、かといって誰かの独走も許せない。
変な意味で平和というか、バランスが取れてしまっているのだろう。
納得しつつも妙な気配を感じ振り返れば――
まるでダニ虫か何かを見るかの如く嫌悪も露わな母上が!
僕に続いて気づいた三人も顔を青くし、懇談会は再開された。……誰一人として料理から顔を上げない、それはそれは静かな会食が。
そんな身が凍るような空気も、甘い物が出される頃には弱まりつつあった。
……というか母上は全くお許しになっていないのに、いつのまにやら耐性を得てしまったらしい。
そして遂にはファスティス司祭が口火を切る。
「御曹司! 我ら一同、神の家へ御越しになるのはいつの日かと、首を長くして待っておるのです!」
そんなことを言われても僕としては、ここまで御不興な母上なんて初めてのことで気が気じゃない。
だが、そんな気遣いなんて無用とばかりに神官リジードも戦いを――足の引っ張り合いを再開する。
「若様が御帰りになられた途端に色目を使うのが、大工流なのかのう?」
「神の子は大工ではありませぬ! 養父が大工を営んでいただけです!」
「神官殿もお人が悪い。ご存じでしょうに? かの神は子供嫌いなんですよ。泣き叫ぶ赤子の声が障るとか」
すかさず聖母テチュも司祭の足を引っ張る。でも、唯一神教って子供嫌いだったかな?
「七つまで子の魂は神の御許! よって敢えて神の家へ訪れずとも、優しき神の愛は注がれているのだ!」
顔を真っ赤にしてファスティス司祭は反論し、それを見て残る二人はニヤニヤ笑うけれど……これは大きな差かもしれない。
なぜかは分からないけれど、僕の知る唯一神教とは違うようだった。どうしてだろう?
そして前々から温めてきた質問のチャンスなのに、いまさらながら気づく。
「神の子?が生誕されて、いまは何年なの?」
「御曹司は、御興味がおありか! 神の子が生誕され、今年で三百四十六年です!」
……額面通りに受け取ることはできない。
まず西暦そのものが四年ほど誤差があるし、前世との食い違いも多いし、この時代の暦だって正確とはいえない。
それでも四世紀といわれて違和感は覚えなかった。
西ローマ崩壊が五世紀のことで、中世と考えるには早い? それとも西ヨーロッパが併合されなかった分だけ前倒しになっている?
誰かが何かを言い出す前に、とにかく質問を続けてしまう。
「いま
……少し穿ち過ぎた質問だったらしい。
だが、ファスティス司祭の警戒した表情は、歴史を知っている者なら答えも同然だった。
おそらく権力者から――唯一神教を禁止する圧政者から、最高指導者が身を隠していた時期なのだろう。
そして未だに迫害されているのなら、大帝国に布教を許されたり、皇帝自身が守護者となったり、国教として認められたり、それ以外の宗教を邪教として禁じさせたり……色々な
妙に権威がないのも納得だ。
反政府的宗教――テロリスト集団ではないと、やっと信用してもらえたのだろう。
でも、唯一神教は『道徳的に無敵の人』を駆逐という、けっこう重要な役目を担ったのだけど……ここまで弱くて大丈夫なんだろうか?
最悪の予想が正しい場合、下手したら「神も仏も信じない。世紀末でヒャッハー! 地獄って何? たぶん食べたことないぜ! そんなことよりレッツ・エンジョイ&エキサイティング!」が標準の末法世界へウェルカムされる。
もしかして、その辺のフォローも僕が考えなきゃならないとか!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます