裁きの顛末

「こうして聖母殿が頭を下げられてますし、ここは吾子も慈悲の心で応じるべきです」

 そう母上は諭されるも、どうしてか解決を焦っていらっしゃるような?

 あと距離感もおかしい。人前だというのに僕の膝へ手を置かれ、まるで逃げ出されないよう警戒しているみたいだ。

「リュカも、そう思っておりました。この者も聖母殿の助けあれば、必ずや正しき道へ戻れるでしょう。必要なのは、いま一度のチャンスかと」

 さて、ここからが思案どころだ。

 死刑や身体刑は避けたい。覚悟は決めたつもりといっても、こんな理由では重すぎる。

 少し悩んでしまったところで義母さんから、実に女親らしい懇願をされた。

「若様! あたしに免じて、この子の手足をちょん切ったりは勘弁してあげられませんか? 子供が酷い目に遭うのは、どうにも耐えられなくて」

 他所の子だろうと寝覚めの良い話ではないし、それを義理とはいえ息子がでは辛くもなるだろう。

 そして乗るしかない、この空気に!

「では、優しきレトに免じて罪一等を減じましょう。ゲイルは感謝するように! 死罪や身体刑ではないとすると……うーん?」

 百叩きという定番が思い浮かぶも、あれは死刑の別名というか――刑吏へ賄賂を支払う罰金刑だったという。

 貧乏そうなゲイルには不適当か。手心されずに百回も叩かれたら、きっと死んでしまう。

 でも、さらに軽い刑罰って何!? というか、どこまで軽くしていいの!?

「そうですね……さらに軽くであれば、鉱山人夫として――」

 母上にしては、珍しいほどの失言だった。

 鉱山奴隷なんていうのは死刑の別名でしかない。ほぼ確実に死んでしまうからだ。

 ようは戦争捕虜や重犯罪人が放り込まれる地の底。つまりは、この世の地獄といえた。

 慌てて、自らの失言に絶句してしまった母上のフォローに回る。

「いまは領内の鉱山も人手は足りていたかと。そして他領へとなれば、煩雑かもしれません」

 ……誤魔化せたかな? この場で真偽を確かめられない以上、これで押し通せるはずだ。

 そして意外な理由でテチュも反対してきた。

「その様なボーの立て方は、カーン様の代理として認められません。カーン様はボーの仲介――特に厳しい労働への仲介を固く禁じられました」

 ……どういうことだろう?

 宗教が奴隷階級の救済を試みることは多い。例えば安息日なども、週に一回は休日を義務付けた雇用契約とも見做せる。

 カーン教もボー――奴隷の労働環境に一家言あるのかな?

 とにかく失言かどうかではなく、タイミングが良くないで押し通してしまおう。

「まあ、他領だろうと帝国だろうと……奴隷として売る感じになっちゃったらね。それだと少し重すぎる罰かと……――」

「もちろんです! カーン様は仰いました! 奴隷制度などという蛮習は、すぐにでも止めるべきだと!」

 なぜかメートルの上がったテチュは、さらに想定外な方向へ非難を!?

 でも、ボーって……奴隷の別称なんでしょ? この地方での?

 さらに母上も僕の手を強く掴まれる。決して離さないと言わんばかりに!

 嗚呼、そのうち調べておこうとか、宿題にするんじゃなかった! そのツケが、いま!?

 しかし、僕とて全く知らない神の国帰りを演じ、はや数年。僕が知っている前提で話が進むのも、さはど珍しくはない。

 当然、一つや二つ対処法も考案済みだ!

「どうやら当の本人は、その違いが判っていないようですよ?」

 さも自分は知っている風を装いつつテチュへ水を向けると、聖母は首を捻るゲイルに溜息を吐いた。

「奴隷とボーの誓いは全くの別物です! そもそも奴隷は物扱いではありませんか! 人が人を所有するなど、カーン様がお許しになりません!」

「で、でもよう? 皆がボーなんて奴隷と同じだっていってるぜ? ボーの誓いなんて馬鹿のすることだって?」

「そう思うのであれば、短期の誓いを立ててみれば良いでしょう! 奴隷と違ってボーには年季があるのですから!」

 ゲイルが奴隷とボー?を一緒くたにしていたのは、理解できなくもない。僕もそうだったし。

 しかし、見た目的には奴隷と大差のない権利や待遇でも、年季?――つまりは期限があるなら大違いだ。

 基本、奴隷とは終身刑も同然で、解放されるケースも稀にしかないし。

「だ、騙されないぞ! 甘い言葉で子供を騙すのが、大人の手管じゃんか!」

「それはゲイルが質の悪い者とばかり付き合っているからです! あの酒場へ出入りしないよう言いつけたのを、守っていないのですか!?」

 ……二人の日常が垣間見える様だ。

 おそらくゲイルは、不満にみちた層の意見を鵜呑みにしているのだろう。

 そしてテチュもボーは奴隷ではないと力説するけれど……まあ五十歩百歩か。現代人の感覚では。

 ただ、その僅かな差が、次のより良きシステムへの礎となっていくのも事実ではある。

 やや時代にそぐわない気もするけど、この灯を消さずに次世代へと伝えるのも悪くなさそうだ。 

「ゲイルがボー?を誓い、誰もが――僕を含めて全員が納得する人間に監督させて? そして年季?が明けたら無罪放免?では?」

「吾子は、この者を許すと? どころか罪を水に流し、あまつさえ旗下へ留め置くと?」

「許すと申しますか……このリュカめが油断した結果でもあります」

 実のところ全世界的に、掏られる方も悪いという風潮がある。

 空き巣は死罪が相場だったのに、掏りは発見者による処断で済ますというから驚きだ。

 そして降った者にチャンスを与える、それも身近へ配して取り立てたりは母上好みに思える。

 これは落着先が見えてきたかなと思えた矢先――

「お、俺はボーの誓いなんて立てないぜ! そ、そいつが言った通りで、油断しているから悪いんだ!」

 ゲイルが不満を露わにする。

 不良少年にとっては面白くない展開で、それはそれで納得できるけれど……これは拗れてしまうかもしれない。

 が、そう考える間もあればこそで、またも聖母たるテチュに驚かさせられた。

「決してボーは強制してはならぬと、カーン様も説いておられます。ですが若様の御厚情を、踏み躙るわけにもいきません。ここはゲイルの代わりに私が若様の下で、端女として仕えるボーを立てましょう。それでご納得いただけますか?」

「ちょっと待ってくれ! なんだって俺の代わりにテチュ様が! 意味が分からないぜ!」

「これが難しいことですか? 私はカーン様の代理であり、慈悲を求めて縋る子らの母親です。もちろん、ゲイル、貴方もですよ? そして我が子が咎の重さに苦しんでいるのであれば、母親として代わりに背負うこともあります」

 そう語ったテチュの顔に、迷いは全く見受けられなかった。

 なんというか役者が違う。いや、覚悟が違う、だろうか?

 おそらく最初から――ゲイルを伴って城へ赴くと決めた時から、最悪、自分が代わりに罰を受けるつもりだったのだ。

「俺が悪かったよ、聖母様。もちろん、そのボーの誓いは俺が立てる。でも、一番短い奴で勘弁してくれ!」

 と気圧されたゲイルが観念し、この話は落着となった。



 が、聖母は正式な取引を望み、この場で現金を用意することとなった。

 聖母にいわせると少年五年分の相場は、なんと小金貨百枚だという。無給といえど衣食住は僕が用意だから、それなりに大金か?

 しかし、それを支払ったところで、即座に賠償金として戻される。

 つまりは口頭で済ませても問題ないのに……きちんと現金を動かさなければ、容認できないらしい。

 なんとも不思議な宗教という他ないけど、その分だけ信頼もされているようだ。

 ……もしかしてテチュを端女として受け入れるなんて失礼をしていたら、怒り狂ったカーン教徒が押し掛けてきたかもしれない。

「ほら、若様! やっぱり魚醤でしたよ! これでしばらくは助かりますね!」

 現金を用意している間、レトは献上品を味見して大喜びだった。

 しかし、それを見たゲイルが腹立ち紛れにテチュへとあたる。

「……あんな汁を作ってるから、魚臭い寺って言われんだよ!」

「そのようなことを言うものではありません。贅沢をよしとされなかったカーン様が、これだけはと好まれたのが魚醤なのです。我らが御供えしなくなれば、カーン様もガッカリされることでしょう」

 ゲイルもゲイルなりに、これで聖母に甘えているようだった。態度は生意気だし、ややツンデレめいてはいても。

 そして御供え?をするのに、カーン教の寺?で魚醤を自作しているのかな?

「なあ、テチュ様! それにしたって五年は長いと思わないか? 罰としちゃ重すぎだ! 三年! 三年に負けるよう頼んでくれよ!」

「いい加減に観念しなさい! これがロウムだったら、いまごろは鎖に繋がれて生意気の罰に鞭を打たれているところですよ! 若様の御厚情に感謝しなさい!」

 めげないゲイルは、この期に及んで不平を口に――

 ちょっと、待って!? いまロゥムって言わなかった? というかロゥムって、どこ? いや、そもそも地名なの!?

 が、僕の驚きをよそに追撃は加速される。それも、あろうことかゲイルによって!

「イタダキマゥス! これで良いんだろ? ちゃんと食前の祈りは捧げたぜ? いやー、この菓子が気になって、気になって。この前の奴も、信じられないぐらい甘かったし!」

「主の許しも得ず、なんですか! これから貴方は若様に仕える立場なのですよ!」

 ……へ?

 自棄気味なゲイルの大声で、初めてカーン教食前の祈りをきちんと聞けたけど……いまのおかしくない!?

 だが思わず立ち上がりかけた僕を、なぜか母上は引き止められる!

 その御様子は僕が何処かへ――それこそ魂を神の国へ飛ばしてしまわないかと御不安になられているようだった!

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