三種の神器――もしくは数多くあるうちの三つ

 誰かと思えば、まあジュゼッペだ。

 村長達にプレゼンするべく用意した『足踏み式脱穀機』や『足踏み式唐箕とうみ』、『足踏み式精麦機』を自慢げに見せびらかしている。

 ……苦労して作ったのはジュゼッペだし、たまにはとしよう。

 二人の心を捕らえたのは、まず『足踏み式脱穀機』だった。

 これは横倒しにした筒を、はずみ車で回すだけの至極単純な道具だけど……筒には、びっしりと釘のような歯が生えている。

 これで刈り取った麦穂をくしけずるようにして、籾を採る――脱穀する仕組みだ。

 実演されれば誰でも理屈は分かるけれど、しかし、この時代の人にとっては驚天動地な大発明だったりする。

 この時代では扱箸――といっても日本語表記なので、正確には扱か?――と呼ばれる先端が二股になった棒で、麦穂を一本いっぽん脱穀していた。

 やや時代が下って、やっと棒ではなく櫛的なものへ変わる。……といっても劇的に捗るとはならないが。

 その内に頭のいい人が手で櫛を持つのではなく、櫛を固定して麦穂を引っ張る脱穀法を考え出した。

 数多くの歴史書でターニングポイントとされる千歯扱きの誕生だ。

 これは、それをはずみ車で高効率化を図ったものだけど、前世の日本などは明治大正になってようやく導入された。

 そして現代になっても原動力が異なるだけで、基本的な理屈は全く変わっていない。

 さらに紛れもなく千年先の最先端技術だけど、これは一見即解で分かりやすかった!

 その証拠に二人も魔法だのなんだの迷信的なことを口にせず、ただ唸るばかりだし。


 驚いて声もない二人へ見せつけるかの如く、調子に乗ったジュゼッペの実演は続く。

 荒く脱穀――脱穀機を使うと籾や藁屑が一緒くたになる――された収穫を、こんどは『足踏み式唐箕』によって選別だ。

 唐箕と呼んだら聞きなれないかもしれないが、その実際は単なる送風機だったりする。

 使い方も勢いよく吹き出している送風口へ、少しずつ脱穀機での収穫を投げ入れていくだけだ。

 もちろん、そんなことをすれば収穫物は吹き飛ばされてしまう。

 え? 当たり前だ? 馬鹿にするんじゃない?

 しかし、軽い藁屑は遠くへ飛ばされ、より重い籾は手前へと落ちる。単純過ぎるほどな物理法則に従って。

 だが、この容易く実演された選別は、この時代の人々の度肝を抜いた。

 なぜなら彼らは篩にかけての大きさによる選別、あるいは笊か何かを振るっての遠心分離、最後には目視による人力と……もの凄い手間暇をかけている。

 なのに目の前の不思議な道具は、一瞬にして数分は掛かる仕事を終わらせた。

 でも、よくよく考えると、それは魔法などではない。複雑怪奇なカラクリでもなかった。なぜなら――

 自分たちでも、その仕組みを理解できてしまったから!

 

 そして最後は『足踏み式精麦機』の実演!

 と、いったところでジュゼッペは、村長と代官のトマを呼び寄せた。

「これは結果を見てもよく分からないと思いやすぜ。この回転する円筒の内側と真ん中の芯棒には、目の粗い石を張り付けあるんでさぁ。それで籾を入れてやると内壁や芯棒、籾自身が擦れあって精麦するっていう――」

「なんだい、いきなりサービス悪いね。これも実演してあげたら?」

「あっしは構わなくもねぇんですけど……その……時間が。これは一回が終わるまでが長くて」

 そう答えながらも、けっこうな量の籾を中へと入れていく。

「え? ちょっと待ってくれ、ジュゼッペさん! これは……つまるところ横に倒した石臼? いや、木で作った石臼なんだろ? そんな一遍に精麦するのかい?」

「こいつは早く終わるというより、一遍に多くで捗る感じなんでさぁ、代官さん。でも、今の量を精麦するのは結構大変というか……眠くなってくるというかで」

 そう不満を漏らしながらもジュゼッペは、律義に『足踏み式精麦機』を回し始めた。

 すぐに中で籾同士が擦れあう波のような音が聞こえ始める。

 ……なるほど。これは眠くなってきそうな作業だ。のんびりした速度なのも、なおさらで。

「レト様が仰るには、精麦を急いでは駄目だとかで」

「石臼でもにやらせると焼いちまうだ」

 よく分からないけど、専門家である村長が納得しているのならOK……かな?

「でも、大丈夫! 御安心ですぜ! こんなこともあろうかと、あらかじめ用意しておいたのが――これ! こいつで挽き終わった籾なんでさぁ!」

 もの凄いドヤ顔だ。本日一か?

 しかし、その指し示した入れ物には、精麦された実と糠が混ざったままだった。

「おおっと! 皆まで言わねぇでくだせぇ! 分ってます! でも、この糠と一緒くたになったのも『足踏み式唐箕』に掛けてやりゃ一瞬で――」


「ちょっと待って、ジュゼッペさん!」

「ひぃ! ダ、ダイアナ御嬢様! な、なにか御気に障ることでも!?」

「もしかして、それを……あの変な風を出す道具で?」

「あいつは『足踏み式唐箕』と――」

「なんて名前でもいいから! やるつもりだったのね! 駄目よ! 絶対に駄目だからね! そんなことしたら部屋中が粉まみれになっちゃうじゃない!」

 ……義姉さんの言い分は尤もだ。

 少なくとも城の応接間で実演するようなことじゃない。

 また箒を片手にしてたりで……どうやら最初の実演で飛び散った藁屑を、掃き清めたところだったようだ。

 そして自分で蒔いた種は――いやさ埃は自分でとばかりに、その箒を無言で箒を差し出す。

 ジュゼッペも言い訳一つ口にせず、黙って応接間の掃除を引き継いだ。

 ……これがドヤ顔で調子に乗った報いか。



「と、とにかく! これは凄い道具です! あとは親方シェフジュゼッペに、ふさわしい場所で実演してもらうとしても……それまでのだけで凄いと分かります!」

「気に入ってくれた? それじゃ『北の村』で買うかい? えーと……『新しい道具を試験運転する権利』を?」

 予想通りというべきか、しかし、二人は鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をした。

「えっと……あの……賜れないので? 我らは……その……若様の臣民でありますし?」

「うーん? いまはまだ、そう考えてくれても構わないけど……僕は一番多く株を持っているだけの人だよ」

 案の定、二人とも理解不能らしかった。顔にそう書いてある。

「まあ、まだ父上に御裁可を得てないし、つまりはほうの問題だから後回しでいいけど……それはそれとして、これからは村の総会で何もかもを決めるっていったでしょ?」

「確かに承ってはおりますが……でも、若様? 私は代官として若様の代理人を命じられております。そして若様の投票権?ですか? それを使えば、いつでも決定できますが?」

「駄目だよ、それは。僕が村へ物を売るのに、僕が大賛成で決定じゃ。そういう時は当事者の投票権なし。トマも僕の同意なしに、僕の票でゴリ押ししたら駄目だよ? そうしないと村じゃなくて、僕かトマが決めることになっちゃうから」

 やはり理解は難しいようだった。もはや不審そうに様子を窺ってくる。

 しかし、複雑でも必要な方法へ変えるわけだから、それはそれで仕方のないことか。

「……村の衆が賛成すれば、その道具を――『新しい道具を試験運転する権利』を売ってもらえるんだか?」

「その通り。これからは村での相談が最高決定だよ。……父上や領の都合に反しない限り。まあ、そういう時は僕の票で調整するけどさ」

「いまいち若様の為さり様は、オラには分からねぇ。でも、先代の長老はいつだって嵐や日照りに備えていただ。そういうことで?」

 さすがに小さいといっても村を率いる立場にある人だ。知識はなくとも賢さがある。

「例えばの話なんだけど――そのうち村へ、亜麻を作らないかと商人が持ちかけてくるかもしれない。それこそ、亜麻ばかりをね。あるいは、もっと違う品目を」

「そったらことしたら――亜麻ばかり育てたら、食うに困ってしまうだ。それに土も痩せる。まんず肯けることでねぇ」

「いや、村長。例え話にあれだが……ヘクトルなら呑むかもしれないぞ。あいつは馬鹿な欲張りだ。もう何も育たなくなるまで亜麻を植え続けるかも」

 著しく商業的な品目の確立。農村崩壊の前奏曲プレリュードは、どこでも同じだ。

 これで修復不能なまでに村社会は壊れ、並行して労働力もタダ同然で買い叩かれていく。

 その果てにあるのは時代の変化であり――既存国家の滅亡でもある。

「でも、これからはヘクトル?も勝手なことはできない。村の総会で亜麻の偏重は否決されるだろうし。それこそ僕が亜麻ばかりにすると決めても、村の総会は認めないんじゃない?」

 しかし、聞いて二人は自信なさげに首を捻った。

 あくまでも架空の話と思っているし、そもそも領主に逆らうというのがピンとこないのだろう。

 だが、もう生産性の向上へ着手してしまったし、その成功も堅い。

 産業革命にはピースが足りないとしても、家内制手工業――余剰労働力の活用までは視野に入った。

 ならば『貨幣経済』を導入し『閉鎖的株式』の採用された『共産制を維持』という防衛システムが必要となる。

 ……全ての言葉に矛盾を感じるだろうけど、問題の本質なんだから仕方ないだろう。

「それに村で計画的というのも、メリットはあるんだ。輪栽式ノーフォーク農業っていうのがあって、これは大規模農場で成立する極めて安定した――」

 しかし、説明はそこで中断を余儀なくされた。

 血相を変えた母上が応接間へといらっしゃって――

「吾子! カーン教の聖母が、指輪の返却に参ったと城へ! どういうことですか、一体!」

 と御尋ねになられたからだ。

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