権力者と政商の構図

 義兄さんとポンピオヌス君は借りてきた子犬みたいだし、我らが護衛の騎士ライダーの二人も心ここに在らずだし、ジュゼッベもソワソワと落ち着かないし……――

 うん、まちがいなく僕は何かをやらかしたらしい。

 しかし、問題なのは、一体全体何をやらかしたのか判らないことだろう。

 兎にも角にもマリス父娘の案内に従って客間へと誘われ――


 卓上へ置かれた二つの鉢植えに、度肝を抜かれた!


 なんと一つは林檎で、もう片方は葡萄だ!

 しかも驚くべきことにというか、僕でも一目で判った理由というべきか、どちらも実が生っている!

 秋口だし、たまたま収穫期が同じだった? いや、下手をしたら今日という日を狙って実らせた可能性すら?

 ちなみに古代ローマの頃から植木職人は存在する。その頃から人類が草花を御さんとしていた証拠だ。

 しかし、そうだとしても目の前の鉢植えは規格外といえた。

 僕のような素人でも、その必要とした膨大な労力と根気が透けて見える。間違いなく逸品だ。

「国境沿いで商う機会に恵まれまして。娘がどうしても若様へ献上するといってきかないものですから」

 だが、当のポンドールは、やや不貞腐れた感じに頬を軽く膨らませている。

 ……ここは大げさなぐらいに気持ちを込めて、本気で褒め称えてみよう。

「素晴らしい! 本当に素晴らしい贈り物だよ、ポンドール! 領内中の人々が、こぞって君の名を称えるだろう! もちろん、この僕もだよ! ありがとう、ポンドール!」

「そ、そんな……わ、若さんは大袈裟ですぅ! で、でも……えへへ」

 結局のところポンドールは良家の子女であり、ちょr――……ちょう素直なところがある。

 まあ、これで機嫌を直してくれた……かな?

「いま、お飲み物を ――持ってきておくれ」

 そしてマリスの合図とともに、歓待が始まった。



「どうしたものか……この『冷やしエール』とやらは」

「俺は気に入ったけどな。大麦粕が取り除かれていて、胃もたれしないのも好都合だ。冷やしてある分、喉越しも良いし」

「しかし、大麦粕を捨てるのは贅沢だろう? 食べられる物を、わざわざ捨てるなんて? それに飲みやすいかもしれぬが、冷やした分だけ酒の味もぼやけてしまう」

 騎士ライダー二人の感想をまとめると、やや不評かな?

「私なぞは、翌朝が楽で助かっております。それに絞った大麦粕は、家畜へ食べさせておりますから、無駄にはしていません」

 なるほど。単純に考えて、個体混じりのアルコールより、液体だけのほうが分解しやすい。つまり、二日酔いになりにくいわけだ。

 意外とエールからビールへ進化した理由は、その辺にあるのかもしれなかった。

「……気に入らないのであれば、その辺で止めればよかろう?」

「いや……それが、だな……この口当たりの良さが、それはそれで。なかなか回らん分、量もいかねばならんようだし」

 この様子なら目論見通りに行きそうだ。

 マリスに用意しておくよう指示した『冷やしエール』は、酒豪のフォコンはもちろん、その口当たりの良さでティグレをも陥落せしめた。

 朱鷺しゅろ屋へお供をすれば『冷やしエール』にありつけるという余禄は、今後に役立つだろう。


 そして義兄さんとポンピオヌス君だって、饗された干し果物に大満足だ。

「これは同じ種類の林檎と葡萄を干した物?」

「鉢植えの実は、いささか無理をさせているとのことで。お味見には、こちらをと」

 さすがにマリスは商売人らしく気が利いている。

 鉢植えの輸送料や制作費、技術料などを合算したら、気が遠くなるような値段だろう。

 そんな貴重品を食べるよりは、まだ干し果物の方がマシだ。正しい判断もしやすいだろうし。

「この干し果物から推察するに、領内で栽培の価値は十分にあるね。問題は挿し木? それができる人かな?」

「それなんです! 若様! それが大問題なんですぅ!」

「なんと説明いたせば、よいのやら。当然のことながら雌しべだけで実は生りませぬ。雄しべも必要ですが……そちらは譲って貰えませんでした」

 おそらく現段階で大金貨百枚は投資されている。鉢植え二つを入手するだけで!

 となれば問題点は、金額じゃなさそうだ。

 でも、プラントハント――品種泥棒問題が認識されるのは、まだ先――近世に入ってからだったような?

「もしかして禁輸品だとか? どこの国なのさ、そこまで文明的なのは?」

「いえ! 、そのような大事には! そして正確に申し上げると、売り手も見つかってはいるのです。栽培に精通した奴隷込みという、好条件の取引相手が。ですが、その売り手は――」

「帝国の貴族なんですぅ。そして向こうも向こうで……があるそうで。でも若様は、帝国との取引を容認されませんよね?」

 ……なるほど。城で話題にしてこない訳だ。

 しかし、気圧されるほどにポンドールは真剣な表情だったから、ここは包み隠さず本音で答えるべきか。

「もちろんだよ。万が一にも王から疑われるようなことがあれば、父上が御困りになる。だから朱鷺しゅろ屋でドゥリトル領の特産品を敵国へ売りつけたりは、当然に好ましくないね」

 目に見えてマリス父娘はガッカリした。いくつかの商売機会が潰えたのだろう。

「でも、他所の国と帝国が交易したとしても、僕の責任ではないな。むしろ帝国と貿易できる国とは知遇を得たいぐらいだし、ドゥリトルとしても非公式なパイプは吝かじゃない。……それこそ色々な国の人とね?」

 無言で考え込むポンドールは美しかった。

 やはり、このの本質は才知にある。……少し悪巧みに偏っているところが不安ではあるけれど。

「畏まりました。必ずや若様の良いように」

 結局、ポンドールが含みは了解とばかりに応じ、慌てて父親マリスが追随して首を垂れる。

 第三国に傀儡の商家でも作るのかな? それとも第三国人の知己を頼ったり?

 どちらにせよポンドールなら、より多くを得てくるはずだ。いまから顛末が楽しみですらある。


 が、僕達のやり取りを見ていたフォコンの視線は、厳しかった。

 武人として納得しかねるのだろう。

「あくまでも個人的見解だけど、永遠に帝国と戦争はできないんだよ」

「面白いご意見ですな。是非とも真意を伺いとうございます」

「僕らの戦力で帝国へ逆侵攻は難しそうだからね。どこかで手打ちとするしかない。負けて終わるか、勝って停戦へ持ち込むか……どちらにせよ交渉の窓口が必要となる。それが判っているのなら、いまのうちに保険を掛けおくのが吉というものでしょ」

 「戦争は終わらす方が難しい」とは、誰の言葉だったか? しかし、時代を問わない真理だろう。

「常に次を考えるのが、正しい術理というもの。御曹司は間違っておられぬ。されど御方様とも協議されるべきかと」

 意外なことにティグレは賛成してたものの、痛いところも突いてきた。

 しかし、突然な話で仕方がなかったとはいえ、確かに事後承諾は拙い。ティグレの指摘も尤もだ。



 いかに母上を説得するかで唸っていたら――

「その、若様? 御目通りを願い出ている者がおりまして。よろしいでしょうか?」

 と、遠慮がちなマリスに引き戻された。

 そして気づかない内に庭へ、数人の男衆が跪いてもいる。

 ……このままだと偉そうに高いところから話しかける羽目になりそうだ。威厳を損なわない程度に急いで庭へと降りる。

「もちろんだよ! 今日はその為に来たんだしね! というか、今日はお忍びなんだ。ほら、そんな畏まっていないで、みんなも立って!」

 しかし、跪いた男衆は遠慮しているというか、どう振る舞えば良いのか判らないらしく、しきりにお互いの様子を窺うばかりだった。

 結局、このままでは埒が明かないと覚悟したのか、リーダー格らしき男が立ち上がり――

「は、初めまして、坊ちゃん! あっしは、こいつらの頭をやっとるビィセスでごぜえます」

 と挨拶を返してくれた。

 ……予想の数倍は筋骨隆々だ。さすがは力仕事のエキスパートなだけはある。

「僕はリュカだよ。長い付き合いになると思うけど、よろしくね?」

 縋り付くように握手は受け入れてくれたものの、ピィセスは不思議そうな顔をした。

「……話を聞いてないの?」

「あっしは、坊ちゃんが井戸を御所望と、マリスの旦那に呼ばれたんですぜ?」

 注文通りに井戸掘り職人のようだ。

 でも、どうしてピィセスは不思議そうにしているんだろう?

「……うーん? あっ! 分ったぞ! けっこうな数を掘って貰いたいんだよ! それは伝えてなかったかも! ……そもそも井戸を一本掘るのに、どれくらい日数が要るの?」

「水が出るかどうかは運否天賦となりやすが……なべれば一ヵ月ってとこでさぁ」

 なるほど。つまり――

「のべ百ヵ月ぐらいになるだろうから――八年ぐらい? ドゥリトル城下だけで?」

 しかし、聞いたビィセスは目を真ん丸に見開いて驚く。……計算間違ったかな?

 江戸時代には十戸につき井戸が一基あったというから、人口一万のドゥリトル城下なら百基は必要となる。おかしくないはずだ。

「そんなに井戸を掘られてどうするんでさぁ!? 人間、口は一つしかないんですぜ!?」

 どうするも、こうするも……普通に生活上水として使うだけなんだけどな。井戸を使う口だって一万人以上もいる訳だし。

 それに他の街にだって井戸は欲しい。もう弟子が独り立ちする度に、すかさず専属契約を申し出たいぐらいだ。

 ……そうでもしなければ終わるまでに百年かかる。もう大事業だ。

「でも、必要なんだよ! 僕の見積もりだと、上手くいけば領内全域で二十年もあれば足りるはずだよ」

 だが、これを聞いてピィセスは唖然と口を開いたままに動かなくなった。

 ……もしかして、やり過ぎた……のかな? でも、なにを!?



注釈)

 林檎の花は『両性花』であり、一つの花が雄であり雌――つまりは完全な両性具有。

 だだし、自家受粉――同じ花の雌と雄で受粉はしない。

 よって林檎の鉢植えが二つあり、それらを挿し木で増やしていけば、問題なく繁殖させられる。

 しかし、それをリュカ達が理解していない為、雌株だけでは増やせれないという説明を受け入れさせた。

 ちなみに葡萄は『単性花』であり、普通に雄株と雌株に分かれる。

 作中で説明を省略したのは、面白くなさそうだったから&やや巻いた為。

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