狩りの儀式

「若様、そう気落ちされずとも……誰しも最初の狩りは上手くいかぬもの。御屋形様ですら、成果を上げられたのは何度目かでのことでした。大事なのは次へ生かすことでしょう」

 しょ気かえる僕らを見かねたのか、フォコンが近くまで来て慰めてくれた。

 嗚呼、落ち着いた性格の騎士ライダーって凄く安心できる! ちょう素晴らしい!

 でも、この行き届いた配慮も、我らが剣匠ティグレに掛かっては台無しだ。

「……うん? お前は獲物を得てなかったか? 結構な大きさの牡鹿を? しばらく鹿と呼ばれていただろう?」

「馬ッ――! 若様達の御前だぞ! そ、それにッ! 鹿の時だって苦労はしていない!」

 ……事の次第は良く分からんが、凄い弄りだ。

 そしてティグレもディグレで鹿狩りに定評があるんだろうなぁ。

「あ! 判ったぞ! もしかして僕ら、しばらく皆の酒の肴になる感じ?」

「いえ、そのようなことは! ――ティグレ、お前がくだらないことを口走るからだ! 若様に、すっかり誤解されてしまったではないか! ――そもそも本日は、誰もが目ぼしい成果を上げられぬだろうと。ウルス殿だって、なにも助言をされなかったでしょう?」

「ウルスは、いつも初めての時は何も言わないじゃない。好き勝手にやらせて……好き勝手に失敗させる感じ?」

「それはもう……我らも勝手知ったるというもので。しかし、あれで細やかな配慮もされる御仁。その証拠に、落ち着いた者が選り分けられております」

 それで皆の顔を見直してみれば、確かにそうだった。

 ……なんなんだろ? この親戚のおじさんに囲まれたかのような感じ!?

 気性が荒かったり、まだ城勤めが短かったりな兵士を避けたのかもしれない。ほとんどが顔馴染みというか、へんな言い方になるけどホームチーム的雰囲気だ。

 そう考えると成果無しを責められているというより、むしろ気を遣われていたのか。

「我らが忠誠にかけて、若様達を揶揄する者など一人もおりませぬ!」

「フォコンめが申すとおりです! ――老いてからは今日の日のことを、繰り言のように懐かしむかもしれませぬが」

 ……ディグレの余計な一言で台無しだよ! どうして我が家の騎士ライダーってなの!?

 さすがにムッとして言い返してやろうと思ったところで――

「それに一度や二度の失敗が何ですか。とどのつまりは、最後に勝てばよろしいのです。そして繰り返し学ばれれば、いずれ必ずや若様は成果を上げられる。また我ら一同、何度となく付き従う所存にございます」

 あっけらかんとティグレは続けた。

 こちらを窺っていたらしい兵士達も、照れ臭そうに同意を示す。

 ……僕がチームメイトの関係と気付く前から、皆は僕をチームの一員へ迎え入れてくれていたようだ。なんと有難いことか。

 どうやら鹿狩りだけは上達せねばならない。チームメイトへの責任がある。

 などと僕にしては珍しく決意を新たにしていたら――

「ちょっと誰か手伝っておくれ!」

 という義母さんの叫びが!

 慌てて声のした方を見てみれば――


 義母さんが豚と喧嘩をしていた!


 中型犬サイズほどの黒い豚と、乳母上が本気で戦っている!

 嘘じゃない! 信じてくれ! あの城内の女の子がこぞって憧れる職業婦人の鑑ともいうべきレトがだ!

「レ、レト様!? わ、私が思うに……その野ブタは身籠っているようす! 古来より子持ちは見逃す決まり!」

 なるほど。それで図々しくも野ブタが人間の集団へ紛れ込めたのか。……でも、なんで?

「そういうのいいから! 手伝って! この! この!」

 手近にあったのだろう木の棒を振う様は、僕なんかよりも勇ましいぐらいだ。

 そんな義母さんの周りで、ターレムが野ブタを吠えたてている。……全く意に介されていないあたり、僕と同じで役立たずだなぁ。

「――! 母さんを助けなきゃ! いこう、リュカ!」

 いち早く立ち直った義兄さんに気付かさせられる。

 理由や事情なんてどうでもよかった。まずは義母さんを助けてからだろう!

「そ、そうだね! いこう!」

「わ、私めも助太刀を!」

 人のよいポンピオヌス君も応えて、僕ら三人おっとり刀で乱戦の最中へと向かう。

「ちょうど良いところに! あんた達、この野ブタを引っ張って! 負けるんじゃないよ! 昼には美味しいものを食べさせてあげるから!」

 言われるがまま、とにかく野ブタの尻へ齧りつく様にして引っ張る。野ブタも野ブタで負けるものかと……凄い勢いで地面を?

 さらには義母さんも競争とばかりに同じところを掘り返している?

 そして――

「あった! やっぱり、そうだった! 豚キノコだったよ!」

 と手に持った黒い握り拳ほどの何かを掲げる。どうやら野ブタが食べてしまう前に、それを奪い取れたらしい。

 当然、上前を全て撥ねられた野ブタは怒り心頭だ。轟々と吠える。

「あっ……トリュフか!」

 僕ですら食べたこともないのに、それの名前は知っていた。西ヨーロッパで愛され、数奇な運命をたどった珍味だ。

「……神の国にもおありで? これは凄く美味しいんです! ああ、この馨しい香り!」

 そうだそうだとばかりに野ブタも不満を呈した。

 でも、トリュフというキノコは、誰かから奪わないと入手できなかったりする。

 ……さすがに可哀そうだから御褒美をあげておくか。

 ポケットに入っていた炭水化物バーを差し出すと、不精不精ながらも口にした。僕に野ブタの言葉は判らないけど、悔しそうだ。

 そして野生動物特有の察しの良さで潮と感じたのか、すごすごと森へと帰っていく。……途中で腹立ちまぎれにターレムを威嚇して。

「良い子を。野ブタのお母さん」


「なにが野ブタのお母さんですか、若様! 豚キノコですよ、豚キノコ! この大きさなら全員分を賄えますよ! 今日は豚キノコの入った汁物を作りましょうね!」

「……レトって豚キノコトリュフが好物だったんだ? いまは夏だから……夏トリュフってやつ?」

「旬なんて知りませんけど、この香りは豚キノコに間違いないです! 娘時分、狩りへ連れて行って頂いた折、やっぱり同じように猪から取り上げてましたから!」

 ……なるほど?

 でも、レト以外は知らなかったあたり、知る人ぞ知る的な山の幸かもしれない。

 日本でいうところの山芋とかが近そうだ。あれも実物は埋まっていて、見方を知らなきゃ真下にあっても分からないし。

「そんなに好きなら養殖したら? そうすればいつでも食べられるようになるよ?」

「……できますかな? 豚キノコの養殖が?」

「養殖そのものは凄く簡単と聞いているよ。最初にトリュフができた場所を探すのが手間なんだけど……幸運にも、それは既に解決済みだね。ここにトリュフの胞子が――えっと……見えないぐらいに小さい種が蒔かれるから、それを運べるようにする。ドングリでも敷き詰めるとかしてね。あとは一年ぐらいしたら、それを養殖したい場所へ移動させる。これで完了だから、簡単な方だよ」

「しかし、それでは収穫に困りまする」

「そう、そうなんだよ。難しいのはそっちなんだ。そこで専門に豚か犬を飼うんだって。豚は生まれつきにトリュフが好きだから、あれば掘り返そうとする。そこを、まあ……人間が奪い取る形? ――いつからウルスが聞き手に代わってた?」

「結構な前からですが? しかし、これを聞いてセバスト殿はさぞかし喜ばれることでしょうな! ――誰ぞ縄を持ってきてくれ! この木に目印として結わい付けるぞ!」

 ……やられた。

 本当に我が師は抜け目がない。また現代知識チートを盗まれてしまった。

 しかし、このトリュフ養殖は史実でも流行り、あまりにも上手くいって逆に価値が大暴落という……まるで笑い話のような結末が待っている。

 ……逸脱しないよう気を配っていれば大丈夫かな? なによりレトの大好物みたいだし? 

「犬は教えないと臭いが判らないから、子犬の時から母犬の乳房へトリュフを塗って、覚えさせちゃうらしいよ。豚の方が探すのは上手いけど、油断していると豚が食べてしまう。犬はトリュフを食べないけど、探すのは豚より下手……どっちもどっちだね」

 縄を片手に木へ向かうウルスは、追加情報で嬉しそうに笑った。

 ……いつかギャフンと言わせよう。絶対にだ。



「何があったのですか? 皆して、泥だらけではありませぬか」

 護衛のブーデリカや付き添いのダイ義姉さんと一緒に、母上が僕のところまで来てくださった。

 でも、随員の一人とばかりに連れられた鹿――ようやくに子鹿を脱したぐらいの若鹿は、どうしたことだろう?

「豚キノコを奪えたんだよ、クラウディア!」

「……ああ、そういうことですか」

「なにさ呆れて……クラウディアは食べないっていうのかい?」

「そのような意地悪をいうものではありません、人が悪いですよ。とにかく、まずは顔を!」

 困り顔のブーデリカが差しだした水筒から水を、驚き顔のダイ義姉さんからは布を受け取って、各々が顔と手だけでも拭う。

 ……今日ぐらいは、帰ったら風呂へ入りたいなぁ。それも熱々のを。


「古来より戦場や狩り場では、昼餉をいただく習わしなのですよ、吾子」

 小休止にしては、やけに本格的な設営と思っていたら、そうことだったらしい。

 日本でも戦国時代には、戦場で昼食の習慣……どころか一日に四食の記録すらある。おそらく軍事行動と食事は、セットで一つなのだろう。

 そして僕らも日の出前から正午ごろまで、ずっと森を動き回っている。皆に何か考えてしかるべきか。

 しかし、母上の雰囲気から察するに、ただ雑談をしにいらした訳ではなさそうだった。

「私めに何かお話が?」

「鹿狩りにと将兵を駆り出したのですから、その報いとして鹿を振舞わねばなりません。末席に至るまで、必ず鹿を、です」

 ……全く同じロジックを聞いたことがある。唐物語の類だったかな?

 たしか僕と同じように獲物が獲れなかった殿様が、部下には適当な汁物でも振舞えと命じたら、古参の臣下に咎められる話だ。

 鹿狩りと連れ出して違う鍋を振舞えば、次からは信用を失くす。

 身分の違いで肉の在る無しあれば、兵士の士気を永久に損なう。

 鹿狩りへ出かけた以上、例え購ってでも鹿肉を、それも全将兵へ振舞わねばならない。

 が、要点だった気がする。

 信賞必罰を説く話で、前世では単なる精神論だったけど……今生では守るべき鉄の掟か。

「……仰る通りです、母上」

「幸いにして、ここに若鹿を連れてきております。これを皆に振舞うとよいでしょう」

 さすがに茶番めいている!

 それでは「鹿が手元にいる時だけ、このような鹿狩りができる」となるから、常時は別の解決法に決まっていた。

 が、儀式セレモニーとして考えれば腑に落ちる。今日は僕に、武家の掟を伝授される御つもりか。

 それに下手な狩りに付き合ってくれた皆を、鹿肉パーティへ招待は悪いアイデアじゃない。……意外と、この余禄を楽しみにしてるかもだし。

「母上の御心遣い、ありがたく!」

「いえいえ。我が子に恥をかかせたい母など、おるはずがないというもの」

 しかし、そう微笑まれながら母上は、よく研がれた狩猟ナイフを差し出される。

 ……え? これ……ひょっとして……――

 若鹿を『キュッ』するのは、僕の役!? この儀式的な流れから考えて!? 

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