世界最古のストラテジーゲーム

 なぜか再び馬上の人となっていた。

 いや、確かに母上に乗馬訓練を――それも城外での本格的な訓練を、申し出てはいる。

 外出の口実に丁度よいと思ったからだ。

 その内に要領を得たら、授業をサボって街へ遊びに――期せずして迷子となってしまう可能性は大いにありえる。

 ……もはや不可抗力というものだろう。

 しかし、どうしたことか母上は、予想の斜め上な反応をされる。

 なんと鹿狩りを初体験と相成った!

 どうにも話を総合すると武家にあっては嗜みであり、さらには狩猟民族たる今生の血筋的に魂が欲するはず……らしい。

 だが、ここで勘違いをされては困る。

 鹿狩りといっても、弓矢を背負って少人数で森を追跡行といった、世間一般が想像するようなスタイルではなかった。

 とにかく規模が凄い。驚くほどに大人数だ。

 まず勢子役――獲物となる鹿を見つけ、さらには追い立てる役目の者だけで十人以上いる。

 彼らは二人一組となって僕ら本隊から先行し、獲物を見つけ、場合によっては行く手をも阻む。

 射手だって半端な人数ではない。

 その大半は通常の弓――横向き気味に構えて引く弓だったけれど、中にはクロスボウの者もいて剣呑な雰囲気ではある。

 ……一人だけロングボウ立てて使う弓の者がいるけど、『北の島』の出かもしれない。ドル教の聖地では、立てて使うのが主流と聞いたことがあるし。

 さらには槍もだ。

 勢子や射手に負けないぐらいの人数が、短めの狩猟槍を携えている。

 おそらく止めを刺す係なのだろうけど、親衛隊めいた雰囲気で心強いやら、おっかないやらだ。

 最後に僕ら本隊となる。

 どうにも僕やサム義兄さん、ポンピオヌス君は、本日の主役らしかった。

 いや、武家の子弟ボンボン、それも狩猟民族のともなれば、初めての狩りは喜ばしい節目とは思う。

 でも、狩りって、そこまでセレモニー的な行事だったっけ!?

 そして僕の傍から全く離れない指南役のウルスもいる。

 本人が「今日は御指南役を務めさせてもらいまする」と言っていたから、指南役で間違いなかった。

 ……どちらかといったら教官というより、僕らの考えを皆へ伝える通訳としか思えないけれど。

 さらにポンピオヌス君の指導役なフォコン、ウルスの補佐としてティグレ、母上の護衛にブーデリカと……騎士ライダーも結構な人数が帯同していた。

 そう! 驚くべきことに母上も参加されている!

 確かにヨーロッパでは貴婦人も狩りへ参加するけど、こういう形式の時もなの!?

 いつものように貴婦人の付き添いとしてレト義母さんも一緒だったけど、今回はダイ義姉さんの指導を兼ねているらしかった。

 貴婦人の名誉を汚さない立ち居振る舞いというものが、付き添いの女性には求められる……とかなんとか理由をつけて厳しくしごかれているし。


 だが、僕とて気楽に義姉上のレッスンを眺めていられた訳じゃない。

 むしろ一行の中で一番に大変といっても過言じゃなかった。

「それでは残りの勢子を右手からで御座いますか?」

「う、うん。鹿を見つけた左側の人達は、ゆっくり気取られない様に包囲を……その穴を埋める形で残りが右から?」

「儂に聞かれても困りまする。若様の狩りです。若様がお決めになられるべきかと」

 楽しんでいるんじゃないかってぐらい、我が師ウルスは面白がっている。

 でも、これで正しいはず……だよな?

 僕らは、やや左方正面に獲物――鹿を発見した。そう勢子の一人から報告が上がっている。

 このまま本隊で追えば鹿は右側か、さらなる奥へと逃げてしまうだろう。

 そこで逆側からも囲むように――ちょうど網でも絞るように追い詰めれば、自然と僕らの正面へ鹿が導かれる……はずだ?

「犬はどうしまする?」

「ああ、そうか……えっと……タールム達は……僕らの少し前を先行?」

 呼ばれたと思ったのか弟分タールムが、こちらを振り返った。……もの凄いドヤ顔に思える。

 同行する猟師の連れた犬を相手に親分風で、御満悦な様子だ。一応、自己認識は犬だったらしい。

 ……僕と一緒で箱入りのお坊ちゃんだからなぁ。無理は危ないかもしれない。難しい任務は止めさせておこう。

「うん、決めた。いまいったプランで!」

 なに、僕以外はプロばかりだ。多少は指揮官が駄目でも、なんとかなるだろう! ……なるといいな。……なるはずだよね!?



 しかし、甘い見積もりで通用するはずもなく、なんの戦果も挙げられなかった!

 それも早朝から昼過ぎまで――丸半日もかけて!

 額に汗が流れる理由は、夏の日差しばかりではない。さすがの僕らも大失敗に意気消沈だ。

 考えてみても欲しい。

 ざっと見積もって五十人ぐらいの大人が、下手な指揮官に導かれて骨折り損のくたびれ儲けだ。

 これで無言の圧力を感じられないようだったら、その人は厚顔無恥と誹られるに違いない。

「たぶん、取り囲んだのが、良くなかった。孫子曰く『囲師には必ず闕く』ってのが……まあ、を指していたんだと思う。敵を包囲したら、どこか開けてないと駄目って定石セオリーだね。まさか包囲の薄い部分を強行突破してくるとは……」

「でも完全に包囲しなかったら、逃げられちゃうじゃないか。……俺の時みたいに」

「義兄さんは奥を空けていたからさ。理想は正面こちらを空けて半包囲。敵背後から犬を嗾けて、相手に向かってこさせる。当然、それ前提で弓兵を伏せて、それでも足りなかったら槍兵で止め……かな?」

「流石に御座いまする! その案でございますれば、必ずや成功することでしょう」

 目をキラキラと輝かしながらポンピオヌス君は褒め称えてくれるけど、まさに後悔先に立たず。時、すでに遅しだ。

「……ポンピオヌス君も領地では鹿狩りしてたの?」

「いえ! 私も初めてでございます! 我が家では……その……このような規模での鹿狩りは難しゅうございまして」

 ……それもそうか。プチマレ領で同じことをしようとしたら、男衆が総出となってしまう。

 無理と決めつけたものではないれど、そうそう気軽にできたりもしなさそうだ。


 しかし、考えれば考えるほど、身に抓まされてきた。

 誰も彼もが非難したいのを、我慢しているようにしか思えない。

 大人が――社会人が一日掛けて、なんの成果も無しでは……指揮官の責任問題へ

発展してもおかしくなかった。

 ……なんとも教条的といえる。駄目な指揮官とは、これほどに兵士達から蔑まされるのか!

 たぶん『鹿狩り』は前世の日本における『鷹狩り』、もしくは西洋における『狐狩り』に相当するのだろう。

 ……そもそもは『鹿狩り』だったけど、森の開拓が進んで『狐狩り』へ移行したんだったかな?

 そして一番に重要なのは、軍事訓練を兼ねているということだ。

 これを前世で耳にした時は「一般兵士も大変そうだなぁ。お偉方の遊びに付き合わされて」などと思っていけど――

 そうじゃなかった! 酷い勘違いだ!

 指揮官だけで戦争ができないのと同じく、兵士だけでも成立しない。

 つまり、兵士が訓練するのと同じように、指揮官も経験を積む必要がある!

 さらに兵士と指揮官という対立構造ではなく、両者はチームメイトだった! 勝つも負けるも一蓮托生な運命共同体だ!

 それを理解していないと、今日の僕らのように休憩中なのに所在なく……まるで立たされ坊主のような待遇に甘んじねばならなかった。

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