四つの理由の一つにして先駆けたもの

 まず木製の車輪が目立つ。

 おおよそ直径一メートル程だろうか? ジュゼッペの話では、荷馬車の車輪を参考にしたらしい。

 それが逆さに――本来なら車輪は地面へ着いてるはずなのに、これは車輪が天を仰いでいる。

 さらに特徴的なのが布製の帯で、より小さい――直径が二センチあるかどうかな車輪と外径で連結されてることか。

 ……自転車を引っくり返したようだと、現代人なら思うかもしれなかった。

 そして間違ってもいない。布製の帯にチェーンバンドと素材差はあれど、全く同じ理屈の仕組みだ。

 逆さにした自転車は、後輪を回せばペダル側のギア車輪が回る。

 この木製の道具も同様に、大きい方の車輪を回せば、小さい方が連動して回った。


 また小さい車軸には青銅製の棒が使われていて、その先端はネジの如く螺旋状となっている。

 これへ噛み合うようギザギザの円盤が接触しているから、現代人になら用途は一目瞭然だろう。

 歯車だ。

 ここでは横回転を縦回転へ変換するのにウォームギアを採用した。

 しかし、「よくて中世初期というのに、歯車なんてあるのか」と疑われるかもしれない。

 確かに高度な歯車の発案はダ・ビンチ手稿ノートまで待たねばならず、だけど彼の人は東ローマ滅亡と同級生であり、ようするに近世の人といえる。

 だがウォームギアは、例によって色々と怪しいギリシア哲人たちによる発明で、当時からすら使われていた。倍力機構付きウィンチなどで。

 これは嘘やホラ話ではない。なぜなら今回のウォームギア一式は、ジュゼッペのコレクションから――巻き上げ機から拝借したものだ。

 ……ちなみにジュゼッペのには、かなり骨が折れたと特筆しておく。


 椅子に座って作業は僕の背丈だと難しいので、仕方がないので立ったまま始める。

 まずは右ペダルの確認からだ。

 大きな車輪の中心の辺りから紐が垂れていて、その先端が右のペダルに結び付けられていた。

 これを踏むと大きな方が回る。

 ……もしかしたら『はずみ車』を知らないと理解できないかもしれない。

 『はずみ車』とは『』においてSマイナスという非常に高い点数を付けられた、異常なまでのロー・テクノロジーだ。

 これは簡単に説明すると「車輪に付いた紐をタイミングよく踏めば、凄く回る」か。……これ以上に表現のしようがなかったりもするし。

 それでも敢えて解説するのならば、まずはアナログの時計盤を思い浮かべて貰いたい。

 この時計盤は車輪と同様に回転し、紐は中心と一時を結んだ線上から吊り下げておく。

 紐の反対側はペダルの先端へと結び、この時、ペダルは上がった状態となる。……面倒だったら代わりに爪先を差し入れる輪でもOKだ。

 セッティングができたら、おもむろにペダルを踏む。

 すると下向きの力は回転する力へ――時計盤を回す力へ変換される。

 もちろん踏みっぱなしだと、結び目が真下――六時を通過する時に止まってしまう。踏む力がブレーキになってしまうからだ。

 そこで紐の結び目が六時の位置を通過する前に、一旦、踏むのを止める。

 最初の力が足りていれば、そのまま余勢を駆って回転は続く。結び目が一時の位置へ戻れるぐらいに。

 スタート状態となったタイミングで、再びペダルを踏んで車輪を加速させる。

 こうやって加速を続ける限り、なんどでも加速が可能だ。

 数字でいうと大きな車輪を一秒間に二回転程度なら僕にでも。体力に秀でた者なら、三回転まで到達できるだろうか?

 しかし、それは小さな車輪が一秒間に一五〇回転するということだ。

 この異常な数値にピンとこないようなら――

「世界中のミシンが、この『はずみ車』で動いた時代があり、産業革命どころか第一次世界大戦すら支えた」

 と言い換えれば、分かって貰えるだろうか?

 ……この単純な車輪と紐、ペダルだけの簡易なシステムで!



 専門的には『はずみ車フライ・ホイール』と呼ばれる回転式蓄力機構だけど、もの凄く低い技術力で製作可能なことが一番の長所だ。

 車輪を作れる文明なら無理なく可能どころか、出来てしまう!

 もちろん、動力源に水車を使った方が楽はできる。

 垂れ流しにされていた自然エネルギーの再利用だから、なんの損失も発生しない。ただただ利益だけを享受できる。

 大きな施設を作れば、人力では到達不可能なパワーにもアクセス可能だ。

 やはり水車を利用した諸々と『はずみ車』では、自動車と自転車ほどの差を認めねばならないだろう。

 しかし、量産はできない。当然、河から離れることも。

 そして大金を投じて領内に数台のトラックを購入するより、一万台の自転車を量産する方が発展には寄与してくれる。

 ……とある赤い国で実証済みだ。

 まず量産可能な技術に注力する。それこそが成功への早道だし……事実として産業革命は『はずみ車』で加速した。

 その証拠でもないが、広域な場面での利用も時期が一致している。



 軽く始動させると、ギザギザの円盤が――駆動部分に載せられた糸巻が回転を始めた。

 続いて左ペダルの動作確認をしておく。

 これを踏むと糸巻を貫く芯棒が伸び上がり、駆動部分との接触を断つ。

 当然、糸巻は停止する。回転エネルギーの供給が無くなるのだから、当たり前だ。

 そして左ペダルを離すと、糸巻は再び回り始める。

 糸巻と駆動部分で、それぞれ独立してオンオフ可能なのが、この道具――『糸車』の肝か。

「母上、あの羊毛を使わせて貰っても?」

 目を付けておいた羊毛――状のロープへと成形され、あとは紡ぐだけと準備されたのを指さす。

「それは構いませぬが、吾子? もしや紡がれるつもりで?」

 怪訝そうではありつつ、母上は興味を堪えられない御様子だ。……良い流れか?

「ご覧になられれば、すぐに御判りいただけるかと!」

 道具なんてものは、結局のところ使っているところを見るのが一番だ。いかなる説得にも勝る。

 まずは少しだけ手で捩って毛糸を作り、糸巻へ結ぼうとして――

 想定外なことに、上手く捩れなかった!

 あれ!? これでも僕は、この部屋で育ったようなものなんだよ!? 物言わぬ子供だった頃は、ここで皆の作業を見て過ごしていたのに!?

「兄しゃま、毛糸が欲しいの?」

 見かねたのかエステルが、あっという間に三十センチほど捩ってくれた。吃驚するほどの早業だったし――

 生活能力が全くない義兄を残念に思ったようだ!

 嗚呼、幼女な義妹に呆れられちゃうとか……妙な性癖の扉が開いてしまう! しかも数少ない親族の前で!

 いや! まだ僕は駄目兄貴じゃない! それを実演で証明してみせる!

 とにかく毛糸を糸巻と結び、糸巻上部のフックにも掛け、糸車へセットし直す。


 準備完了。糸紡ぎの開始だ。

 まず左のペダルを解放――糸巻を駆動部分へ接続させる。

 これは紡ぎ独楽の場合でいえば、独楽を回転させながら落とした状態に等しい。

 しかし、糸巻は独楽と違って落下はしないから、回転を利用して捩りながら右手で引っ張るように紡ぐ。

 だいたい五十センチほど紡いだら、一旦、左のペダルを踏んで糸巻の回転を止める。

 止めている間に、左手で糸をフックから外す。

 それから再び糸巻を回転させ、完成した分を巻き取っていく。右手は逆らわず、引っ張られるに任せて。

 十分に巻き取れたら再び糸巻の回転を止め、糸をフックへ掛け直す。

 これでスタート地点へ戻り、つまりは一サイクル終了だ。

 当然、全作業を通じて右足はリズムよくペダルを踏み続け、動力を安定供給している。

 慣れれば二、三秒といったところで、紡ぎ独楽式と比べて二、三〇倍の効率だろうか?

 ……正しく革命だろう。


 しかし、それは手足の連動が上手くいき、さらには糸を捩る指先の微妙な力加減が出来てこそだったりする。

 つっかえつっかえな僕では、残念ながら早く出来なかった。

 ……というか、もしかしたら紡ぎ独楽での場合より遅いかもしれない。

 それに品質も悪く、ところどころ太かったり細かったりで……終いには千切れてしまったほどだ。

 世界を激変させた糸車――それも中世末期にやっと登場する最終形を使って、あまりな体たらくといえる。……正直、涙目だ。

 そんな見守る者達が首を捻るばかりな微妙な空気の中、我が救いの女神は降臨された!

「兄しゃま、ステラがこっちをやってあげるね」

 そう言うなり千切れた毛糸を結び直し、左のペダルへも自分の足を乗せる。

 ……紡ぐパートをやってくれるのかな?

 とにかく再び右ペダルで回し始めると、合わせてエステルが糸を紡ぎ、やっと皆からも歓声が上がる。

 誰の目にも明らかに作業であり成功例だ!

 そしてテンポを上げようとばかりに、エステルも歌い始める!

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