ドゥリトル中のリュカ坊、番を張る決意を固めるのこと

 早速とばかりにウルス達は、歩兵用の大盾を代用に検討を始めた。

 ちなみに大盾は伝統的な兵装だったりする。これは楕円形をしていて、しゃがめば大人でも全身が隠れる程に大きい。

 そしてスタンダードな選択では、これに剣か片手槍を組み合わせる。

 もちろん斧や両手持ちの重い武器を使う者もいるけど、それは北方民族の影響だろう。

 おそらく金属鎧の供給が進めば盾への依存は低くなり、開拓が進んで平地の割合が高くなれば長槍兵なども育成されるはずだ。

 相手のエース――騎兵に対しても騎士ライダーがいるし、それなりに順調とも思える。これなら侵略戦争を開始でもしなければ十二分だろう。

 ……やはり軍事知識の授与はやり過ぎか。


 それにしても騎士ライダー達は勤勉というか、とても張り切っちゃっていた!

 おそらく母上と乳母上の臨席で一部の騎士ライダー達は、妙なスイッチをゴリゴリと押されまくっている。

 変な話だけど――

「嗚呼、二人は本当にアイドルなんだなぁ」

 と納得せざるを得なかった。

 いや、『孤閨を守る若妻!』とか『若未亡人!』のな意味ではない。

 どうやら二人は『永遠に色褪せない憧れのお姉さん』であり『物語に描かれるような恋人』、『持ち得なかった美しい妹や娘』のように思われているらしかった。

 テレビなどのメディアが無い閉鎖的な世界では、生身の人が偶像化するのだろうけど、さすがにびっくりだ。

 これは後年にミンネ――宮廷風恋愛という不思議な価値観を生む土壌でもありそうだ。

 ロマンス文学では、騎士と貴婦人がプラトニックに疑似恋愛が定番だったりするし。

 現代風に言い直せば結婚しようが、出産しようが、おばさんとなろうが、推しは推し……かな?


 とにかくウルスが戻るまではサボれそうなので、さりげなく年上の子たちの視線から逃げておく。

 手隙の親切な子に――

「よろしければ稽古のお相手を?」

 などと話しかけられたら面倒臭い。

 ……そうしたくなる気持ちは理解できなくもないけど!

 というのもポンピオヌス君が登城して以来、子供達の勢力図というか――その動向に変化が起きていた。

 そもそも修練は数えで七歳から始める。

 僕は去年からだったし、一つ下のポンピオヌス君だって本格的には今年からで……他の子達も同様にだ。

 合わせると新しい生徒は十人くらいか。

 しかし、増えたといっても前々から城に住んでいた子達な訳で、僕にしたら顔馴染みだ。

 別段、なにも変わらないと、誰もが思っていた。……皆との間にある距離感も含めて。

 そこへ破壊者として登場したのがポンピオヌス君だ。

 いままでの流れなんて彼には知りようもなく、何の疑問も覚えず真っすぐ懐いてきた。

 ……屈託のまるでない育ちの良さったら、もう脱帽という他ない。ある意味で天性の資質とすらいえる。

 驚いたのはポンピオヌス君の同年齢層だ。おそらく彼らの感想は――

「え? そんな風に気安く若様へ甘えていいの!?」

 だと思う。

 いや、僕だって普通に血肉の通った人間であり、小さな男の子が尻尾を全力で振りながらやってくれば、やはり憎からず思う。

 特にポンピオヌス君は他愛のないことで感心したり、どうしてか尊敬の念を隠しもしなかったりで……つまるところ子犬属性とでもいうべき魅力があるし!

 ただ、それを見た年下の子たちが真似ちゃったのは、道徳的に判断すると宜しくない……かもしれない。

 でも、一ダースぐらいの小さな子達が『鮮烈! ワンコ小隊!』とばかりに甘えてきたら、人によっては血を見るだろう。主に鼻から。

 嘘じゃない。信じてくれて大丈夫だ。へきの異なる僕ですら、その業深き沼の深淵を垣間みれたのだから。

 それに僕の中の大人の部分も、流れを維持するよう囁く。

 前々から十代前半ぐらいまでは、子供としか認識できないでいた。どんなに頑張ってもだ。

 それで生じてしまった距離感を、領主の息子として生まれた優越感に取り違えてくれるのなら、実のところ無しでもなかったりする。

 子供扱いと子分扱いでは意味が違うけど、それでも落としどころにはなるだろうし。


 ただ、この流れを目の当たりにした年上の子達は、激しく動揺した。

 ガキ大将交代劇の余波――ランボ失脚の対応で追われていたのに、全くノーマークだった年下な層からの革命だ。驚かない訳がない。

 ……全て後日談として聞いたのだけれど、実は色々とあったそうだ。

 そして完全に僕とは入れ違いの形となるも、修練場のガキ大将はランボだったらしい。

 当然、現実的な選択としてランボの子分となった者もいる。

 ……同世代の次期権力者候補だ。政治的な判断を親から迫られたり、自発的に下したりもあり得る。

 しかし、ランボは性格に難もあった。

 少年特有な潔癖さから、良しとしない子も少なくなかったんじゃないかと思う。

 そんな波乱含みの状況下で、僕の覚醒という大事件が起きる。

 大人の世界では反逆すら起きたのだから、子供の世界だって大騒ぎだ。

 実際問題として、数人ほど修練場へ顔を見せなくなってもいる。

 十代前半で政治的に隠遁を強いられるとか、家督を下の兄弟へ譲る破目となったりとか……結構な貧乏くじだろう。

 そんな大混乱を乗り越えつつ、なんとか僕とのコミュニケーションを築こうとしてたのに、まさかの年下達による大攻勢だ。

 焦らない訳がない。下手したら『失われた世代』扱いすらあり得る。


 それでも僕としては、修練場へ顔を見せられなくなった子達の救済を優先したかった。

 どう考えてもその子達に罪はないし、罰だって重過ぎだろう。戦士階級の子が修練場へ出入りできなくなったら、ほとんど致命傷だ。

 なぜなら戦士階級は、びっくりする程に縦横の繋がりを重視していた。

 修練場も現代日本でいうところの出身中学のようなもので、「お前、どこ中よ?」ならぬ「どこの修練場だった?」が初対面の挨拶での定番だ。

 そして順調に進めば従士サーバントとして騎士ライダーに師事し始めるのだけど、その師匠にだって師匠がいる。

 つまり、従士サーバントとなった瞬間から『師匠』と『師匠の師匠』、『師匠の師匠の師匠』と身内は増えていく。

 もちろん縦のラインだけでなく横のライン――同じ師匠に学んだ兄弟弟子という関係もある。

 おそらく僕はウルスに従士として修行を付けて貰うけど、さすがにウルスの師匠は御存命ではない。

 でも、何名かの兄弟子はできるし、その内の一人は、なんとブーデリカだ。

 他にも同時に騎士ライダーへ叙任されるのを『盾の兄弟』と呼び習わし、特別な絆として大事にする。

 もう縦横の繋がりをたどれば、誰も彼もを身内と呼べそうだ。

 これは戦場という究極の鉄火場を生き延びるべく考え出された、武門の知恵にして祈りか。

 そして、そのコミュニティから排斥されるのは、戦士階級として死を意味した。

 ……明らかに処罰が重過ぎる。

 ガキ大将の子分だった。さらにいうのならガキ大将の父親が謀反したから。

 そんな理由で、まだ十代前半の子供に詰め腹を切らせるのは不条理すぎる。


 とりあえず上の世代な子達との関係修復は、ランボの元子分君らを救ってからとしたものの……最近は圧が凄くなってきた。

 さすがに騎士ライダーへ叙任が確実となった年齢層は、幼馴染的な関係は諦めた感じだ。

 サム義兄さんとウマが合う子らも、腹心の友人という立ち位置を固めつつある。

 下の子達とは、奇妙ながらも関係は築けた。……ほとんど金の力で子供を誑かす悪い大人も同然だろうと、関係性ではある!

 問題はボンヤリしている内に猶予期間モラトリアムが終了しちゃって、どの派閥チームにも属していない子らか。

 ……うん。そういう子から割を食いがちだ。まるで我が事のように理解できてしまう。 

 安心して欲しい! 僕は! 同類なかまを見捨てやしない!


 しかし、そんな誓いも新たに修練をサボっていたら、年上の子の一人が『覚悟決めちゃう五秒前』といった顔付きになっていた。

 ……拙い。

 あれはノープランでも突撃してから考えればいいと、捨て鉢になっりつつある表情だ! このままだと火傷する! 僕も! 彼も!

 だが、救いを求めて辺りを見渡せば、満足気なウルスがこちらへ戻ってくるのが見えた!

 どうやら検討会は終わったらしい。引き続き僕の指導を再開といったところか?

 ……窮地だ。

 前門の大火傷、後門の修練……なんと理不尽なことか!


 だが、危いところで秘策が発動した!

 ダイ義姉さんとエステル、グリムさんによって『炭水化物バー』の差し入れが運ばれてきたのだ!

 これぞ兵法・なし崩し! いつの間にやら休憩という計略!

 はじめはポカンとしていた大人達も、嬉しそうな子供達の顔に苦笑いだ。

 ハード過ぎて休憩すら忘れられがちなら、強制的に休憩の習慣を導入してしまえばいい!

 そして甘味は男の子達への強力な賄賂ともなる! 一石二鳥……いや、三鳥だ!

「とりあえず休憩にしよう、ウルス」

「……甘やかしてばかりでは、為になりませぬぞ」

「『兵士は胃袋で歩く』ともいうでしょ」

「そのような言葉、聞いたことがありませぬ!」

 ……それもそうか。たぶん千五百年ぐらい早かった。

 でも、自棄気味にバリバリと咀嚼しているところをみるに、納得はしたんだろう。

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