いともたやすく行われる大改革

 そんな必要はないとばかり、馴染みとなった音が僕の注意を惹く。

 鈍い響き。

 それは鎖帷子を木の棒で遠慮なく叩く音だ。

 定位置になりつつある修練場の隅を見てみれば、サム義兄さんがティグレに指導されていた。

 なんの衒いもなく、ただ素直に振りかぶって、ただ真っすぐ振り下ろす。

 基本中の基本。剣に生きると決めた者が、最初に習う型だ。それを義兄さんは、飽きることなく繰り返している。

 応じてティグレは、無言で叩く。

 おそらく良くなかった箇所だと思う。正直、僕に悪いところは判らなかったけど。

 しかし、剣匠と誉れも高いティグレが指摘するのなら、そうなのだ。

 義兄さんも呻き声一つ漏らさず、また振りかぶり、振り下ろす。

 やってみれば即座に理解できるけれど、本気の素振りはかなり大変だ。

 鎧ごと相手を真っ二つに斬り捨てんとするのだから、それに必要なだけの力も籠ってなければならない。

 つまり、その一振りごとに裂帛の気合と渾身の力が注ぎ込まれている。

 いや、そもそも練習用の中古品ダミーでも、鎖帷子は重くて動きにくい。

 もう立っているだけでも大変な鎧を着たまま、一振りごとに全力で、時には朝から夕方までぶっ通しで続ける。

 誰もが最初は押しかけ弟子への意地悪な根性試しか、体よく諦めさせるためのと思っていた。……かくいう僕も、その一人だ。

 しかし、監督するティグレも大変なのだと、次第に周りも理解しはじめる。

 その身に纏う雰囲気が、おおよそ尋常なものでは無かったからだ。

 まるで死合の相手であるかの如くティグレは、サム義兄さんの一挙手一投足を注視する。

 それを義兄さんの修練中ずっとだから、場合によっては半日近くの長丁場だ。

 並大抵の集中力でなせる業ではないし、生半可な決意でもやり通せはしないだろう。

 また僕にすら進捗が理解できたのも大きい。

 明らかに洗練され始めている。

 サム義兄さんの素振り――おそらく剣筋と呼ぶべきなのだろう――は、誰をも納得させる何かを宿し始めていた。


「儂は構わんのです。若が刀を選ばれようと御教えはできますし。ですがサムの坊主は、どう思いますかのぅ?」

 ウルスの煽り顔は、実に憎たらしかった。

 僕だってサム義兄さんの決意は、なんとなく察している。

 この突然な弟子入りだってティグレと縁ができたのもあるけど、それよりは剣の達人なことが大きいようだ。

 実務的な軍人にとって剣、槍、斧、矛……得手の武器は何であろうと構わなかった。何であろうと強ければ、全く問題ない。

 が、敢えていうなら、やはり槍か。

 騎士ライダーに期待されるのは馬上戦闘であり、それには槍か矛が最も機能しやすい。

 実際、ティグレとサム義兄さんの隣では、ポンピオヌス君がフォコンに槍の稽古をつけてもらっている。

 彼は王の騎士ライダーとなる身の上だ。

 いずれは馬上での自在をも目指すとして、まずは徒歩での扱いに習熟。そんなところだろう。

 ちなみにフォコンはティグレの真似をしたのか、やはり指導棒を持っている。超細くて柔らかい奴を! 僕とか剣の平なのに!

 ……いまだ骨折した方の腕を三角巾で吊っていたりで、その不便さを補う為かもだけど。

 話を選択へ戻すと義兄さんは、僕のボディガードという役目を重視してしまったのだと思う。

 まず槍や斧、矛の携帯は、戦時でもなければ非常識だ。

 しかし、なぜか帯剣は許されるケースが多い。また持ち運びも容易な部類といえる。

 これを踏まえると護身目的なら剣術が最も適しているし、それは誰かの護衛目的でも変わらない。

 そしてウルスの言外な主張は、僕だけは帯剣が許されるなんて場合を想定だろう。

 急場で手元に一振りしかなければ、剣匠の薫陶を受けた義兄さんへ託す可能性は高い。

 ……習得が簡単だからと選んだ刀を! 匠の弟子へ!

 嗚呼、視える! 言及し難き苦笑いなサム義兄さんの顔が!


「分かったよ。僕の負け。大人しく伝統的な剣を習うし、使うことにするよ。でも、本当に始祖伝来の剣ってあるの?」

「ありまするぞ! 御屋形様のかれる『青光りブルビオン』がそれですな」

 そう答えながらも、僕へ両刃の練習用を渡してくる。凄く嬉しそうだ。

 ……青銅製で無駄に重い必要はないと思うんだけど!?

「とりあえず義兄さんと揃いで仕立てようかなぁ。まだ暫くは父上がお使いになるだろうし」

「心配されずとも、叙任されれば御屋形様から給われまする」

 子供っぽい背伸びと思ったのか、ウルスは呆れ顔だ。

 まあ、確かに『剣の所有』は社会的認知とセット――成人の証明だったり、戦士の一員な証拠だったりする。

 でも、この時代なら伝説のダマスカス剣が現存しているはずだ。

 我ながらミーハーと呆れる他ないけれど、製法が失伝し幻となったウーツ鋼は是が非でも拝見したい! その特徴的な縞模様は美しくすらあるそうだし!

 朱鷺しゅろ屋の伝で探してもらおうかな?

 とりあえず僕と義兄さん分で二振り……いや、ポンピオヌス君にも用意することにして三振りぐらい?

 大人になる剣を賜るまでの繋ぎというか……やっぱり先代の倉庫秘密基地には、秘密兵器を隠しておくものだろうし?

 そんな悪巧みで内心ほくそ笑みながら、ドナドナと元の場所へウルスに連れられていく。

 ……今日はを用意してある。それほど長丁場とはならないだろう。しばしの辛抱だ。

 などと覚悟を決めかけていたら――


「ッスぞ、コラー! いま、おめえッ! 本気で当てたろぅッ!」

「あんなん撫でただけだッ! 痛かったのかぁ? この軟弱野郎ッ!」

「んならッ! ――始めるか、本気のをよぉッ!」

 と、非常に品のない罵り合いが起きた。

 まるでどこぞの反社かと思うかもしれないが……そんなのは赤子も同然な、荒っぽい人達――我が家の誇りたる騎士ライダー達だ。

 なんというか……正直、慣れていてもコワイ。

 さらに本日は騎乗しての訓練で、その人馬一体となった威圧感には、もう自発的に「ごめんなさい」と謝りたくなる程だ。

「この足らずどもがぁッ! 奥方様の御前ぞッ! 少しは言葉を選ばんかぁッ!」

 立場からかウルスは怒鳴りつけるけど、改めるべきは言葉のチョイスだけじゃないよ!?

 そもそもこの修練場は徒歩がメインというか、少なくとも騎兵の訓練には向いてなかった。

 やはり馬房に隣接した広い馬用の運動場か、それとも城外へ遠出が適切じゃないだろうか?


 まあ、騎士ライダー達の意図は判らないでもなかった。

 去年の冬に父上が帰国されなかったので、今年の秋に――収穫祭の後に大規模な兵員入れ替えが予想されている。

 長期遠征が続けば士気はもちろん、練度の維持すら儘ならなくなるからだ。

 それに職業軍人はともかく、徴用された一般兵は軍役が長引けば長引くほど苦しくなる。可能な限りに機会を設け、解放してあげねばならなかった。

 しかし、留守居役だった騎士ライダー達の立場でいうとチャンス到来というか――やっと回ってきそうな出番といえる。

 ここぞとばかりにアピール開始したとしても、まあ許される範囲だろう。……この修練場が狭くさえなければ。

 そして自分達の都合だけで、不見識に修練場を圧迫している訳でもなかった。その受け取り方は、少し公平さに欠ける。

 なぜなら騎士ライダー達も焦っていたというか、見えない締め切りに追われていたのだから。

 その証拠でもないけれど、この数カ月というもの手隙な者が総出で掛かりっきりだった。

 ……鐙という新兵器の解析を。

 いくら便利な道具だからといって、見ただけで使いこなせるはずもない。

 それには実践を通じて長所と短所、さらには注意事項をも洗い出す必要がある。

 自分自身のアピール、新兵器の研究および習熟、その正式採用の許可……騎士ライダー達も騎士ライダー達で、苦しいスケジュールに追われていた。


「……どう思われまする?」

「かなり頑張っているんじゃない? あー……僕じゃ良し悪しまでは、判らないけどね。ただ盾も検討した方が良いかな、とは思う」

「……盾、でございまするか?」

「うん。馬手めては手綱で塞がれるでしょ? だから槍騎兵を倒したかったら、馬手側から攻めるのがセオリーなんだって。それを踏まえて、予め馬手側を盾で守っとくの。これぐらいの細長い逆三角形で、手で持つんじゃなくて腕を差し入れるようにして――」

 そこまで言いかけて、やっと引っ掛けられたことに気付いた。

 してやったりの顔をしている。……我が師ながら、悪い顔だなぁ。

「さすがは神の国の英知でごさいまする! さっそく皆に検討させましょうぞ!」

「……まあ、盾と槍の組み合わせもありでしょ。うちの騎士達ひとたちなら力も強いから、片手でも振り回せるだろうし?」

 ひょんなことで騎士ライダー槍騎兵ランサー昇進プロモーションしてしまった。

 正直、やってしまった感が強い。こんなに軍事ばかり発展させちゃって大丈夫かなぁ?

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