修練場での風景
しかし、僕とて
……それが許されるのなら、どれほど良かったことか!
僕は領主の息子――生まれながらに武門の一員で、その本分は戦うことにある。
つまり、それを噛み砕けば――
「はい、次は地の構え! それから突き! 頭が御留守ですぞ!」
などと指南役に剣の平で叩かれたりだ。
……かなーり痛い。鎖帷子の頭巾越しでも、その場へしゃがみ込んでしまいたくなる程だ。
「加減したでは御座いませぬか! それに痛いからと止まってはなりませぬ! よいですか、リュカ様! 何れ御身は棟梁となられる身! 総大将は死んではなりませぬ! いかなる理由があろうとです!」
諭しながらも師匠たるウルスは、さらなる追撃を仕掛けてきた。
……うん。それも道理か。痛いからと呻いていたら、戦場だと死に直結するだろうし。
とにかく剣を両手に弾き返すようして受ける!
そのぐらい勢いをつけなきゃ僕の力では負けてしまうし、僕の技量では受け流そうとするのも危険だ。
華麗である必要はない。決して満点は取れない方法論でも、落第しにくい方が優れている。
また妙な話かもしれないが、僕の剣は勝つためや倒すための術ではなかった。とにかく殺されないための技術――どちらかというと護身術に近い。
加減しつつもウルスは、滅茶滅茶に僕を打ち据え始めた。
尤も実践的で、誰でも仕掛けてくる万能の方法論――体力の続く限りに連打。
驚くべきことに、これが攻め手の軸となる。名前の付けられるような
応じて体勢が崩れるのに注意しながら、すみやかに円を描く様に移動する。
僕が体得した二つ目のセオリー――止まって相手の連打を受けてたら、単なる体力勝負に持ち込まれて絶対に負ける――に従った結論だ。
ついで三つ目のセオリーに基づき、積極的に反撃を試みる。
実のところ守り一辺倒なんていうのは神業に等しく、達人のみに許された選択肢だ。
こちらも攻撃して――相手を殺そうとして、やっと対等の立場になる。相手にリスクを認識させなければ、ただ身を守ることすら難しい。
そして本能任せな攻防の途切れる僅かな合間は、
……武術とは色々な側面を持っているけれど、予め練習していた技を何も知らない相手へ叩き付ける――
つまり、たった一つだけな僕の得意技を仕掛ける好機だ!
が、自信満々で披露した胴薙ぎは、ウルスに合わせ撃ちされ――
なんと僕の剣は折れ曲がってしまった!
「ちょっ! なに、これっ!?」
「若様! なにを笑っておいでですか! 不謹慎ですぞ!」
「でも、『へきょ』って! 剣が『へきょ』って!」
俗に『シリアスな笑い』という奴だろう。
自分の剣が折れ曲がった絶体絶命な危機というのに、妙なツボに入ってしまった。すぐには抑えられそうにもない。
「剣が曲がったら、自力で戻せば宜しいのです!」
「ごめん、ごめん……戻せないや。僕の力だと無理っぽい」
「ならば、その辺に落ちている剣でも槍でも拾おうとしなされ!」
叱りながらもウルスは、僕の差し出した剣を直してくれ……ようとして、折ってしまった。
「だから! どうして笑顔を見せられるのですか! 修練中ですぞ!」
「でも、剣が! 剣が『ポキッ』って!」
「きっと
証明とばかりにウルスは、二つとなった剣の残骸をガラクタ入れの樽へ投げ入れる。
……恐ろしいほどにストライクだ。当たり所が悪かったら、きっと死ぬ。
そんな僕らの愉快な様子を御覧になっても母上は、階上から鷹揚に微笑まれていた。
むしろ隣で女官として控える乳母上の方が、よっぽど難しい顔をしている。
……レトは多少の心得があるというから、僕の残念具合を容認できないのだろう。
ちなみに二人のいるバルコニーは、べつに貴人用の観覧席として作られたものではない。
たまたま都合がよかっただけで、あくまでも臨時の――父上が遠征に出られてからの流用だ。
というのも領主には細々とした責務というか、なってみないと分からないような様々な仕事があり、それには修練場の巡回なども含まれる。
つまり、配下の
といっても同じく武人である父上なら、定期的な再訓練のついでに確認で良かった。現役バリバリの武将な訳だし。
しかし、留守を預かる総責任者となった母上に、そのやり方は無理だ。
そこで折衷案的に貴婦人の表敬訪問というか、偶々に修練場の様子を拝見といった体になっている。
……出しゃばり過ぎず、それでいながら責任も果たさねばならない。母上も母上で大変だ。
そして御観覧になられる日は、僕とてサボる訳にもいかないというか……僕の各種研究を危ぶまれたのか母上は、熱心に修練場へ足を運ばれるようになった。
たぶん何か大変なことを仕出かさない前に、運動で疲れさせる御目論見だろう。
……僕は元気過ぎる男の子か! いや、その把握でも間違ってはない!?
やはり単位の制定が拙かった。
実のところ政治の世界だと『度量衡』は、王のみに許された特権だったりする。
ごく身内で測ったり、それを活用したりはOKだけど……それを万人に広めようとしたらNGだ。そこからは王の許可がいる。
つまり、『新単位系の布告』を提案は勇み足だったらしい。
まあメートル法に関しては、領内で使い続けていれば自然と広がっていくだろう。
合理的で便利な上、まだポンド・フィート法も普及していないからだ。
でも、母上の『毎日のように修練場へ訪問』作戦は拙い!
このまま毎日のように修練で時間が潰れては、技術開発も進みやしない。
……あの計画を前倒しして対策に?
咳払いで促すウルスへ愛想笑いを返しておく。どうやら休憩は終わりらしい。
とりあえず練習用の剣が掛けられた壁へ向かう。……ウルスに選ぶのを任せたら、絶対に重い青銅製だし。
そして軽そうな鉄の剣を探していたら、珍品を発見した。なんと刀だ。
もちろん日本刀ではない。片刃の剣を指して刀と表現している。
「刀とは珍しいですな。おそらく、どこぞの家から処分のつもりで持ってきたのでしょう」
「……初めて見た。そういえば、どうして皆は刀を使わないの? 剣より刀の方が簡単なんでしょ?」
しかし、問われたウルスは怪訝な顔だった。なるほど。ここでも一般見解ではないらしい。
中国武術に「刀は万人向けで習得し易く、剣は才能必須で習得至難」と説く一派がある。
これは合理主義者だらけな古代中国人の研究結果――ただし、変な東洋思想で歪んでいる場合を除く――だから、それなりの信憑性がある。……おそらく五分五分程度か?
でも、単純に考えて片刃は両刃の半分なんだから、その用途も半分――その分だけ簡単でなければならない。
日本刀のように独自の進化を遂げ、剣の親戚とは呼べなくなったら違うかもしれないが……似たような用途のままなら、当て嵌まらなくもないだろう。
「簡単かどうかは知りませぬが……若様には、始祖より受け継いだ剣を使って頂きたいですな!」
そういってウルスは、壁に掛けられた両刃の直剣を薦めてくる。……うん、伝統の
「み、皆には、こっちの方が人気な様だけど?」
対抗して、やや短い直剣――グラディウスを支持してみた。……当然に鉄製で軽い。
「西国の剣ですな。若い者の間や帝国で流行っておるようで。しかし、それに命を懸ける気にはなりませぬ。まあ英雄
グラディウスといったらローマの発明品と誤解されがちだけど、その出典は
西欧視点だとハンニバルの時代に持ち込まれた、比較的新しい武器といえる。
また特異なことに北欧から西欧にかけて、
日本でいえば「刀は武士の魂」なんて言い習わすけれど、それが唱えられだしたのは江戸時代からで、戦国の侍達にとっては道具に過ぎなかったという。
しかし、北欧から西欧にかけて剣は、現役当時から信仰めいた特別扱いをされていた。
『成人の証に剣を授ける』や『忠信の証に剣を捧げる』なんて習慣も、おそらくは西洋人の魂に、それもかなり深い場所に根差している。
そんな背景から自然に「伝統的な両刃の直剣派以外の発言は認めない」というウルスのような保守派が生まれた。
でも、どうなんだろう?
多角的な知識を得ている僕は、その立場を生かし、いわばゼロベースでの改革を試みるべきなのだろうか?
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