五つだったけど四天王!

 が、さすがに疲れてきたので小休止だ。

 それにアイスクリームを混ぜ続けているサム義兄さんとポンピオヌス君へ、そろそろ完成を告げる頃合いだろう。

「もう良いんじゃないかな? どう?」

「そ、それが、その……固まってしまったのですが?」

「段々と掻き混ぜられなくなってきたぞ? これで正しいのかい、リュカ?」

 いわれて覗き込めば、見事に固まっている。

「おお! 大成功! アイスだよ! これが作りたかったの!」

 自分でも驚くぐらいにテンションが上がった。

 でも、転生して以来だから、きっと八年ぶりとなる。

 久しぶりの現代の味というか、冷たい食べ物というかで……少しぐらい興奮しちゃっても、許されるんじゃないだろうか?

「食べよう、食べよう! 溶けてしまわないうちに! ――フォコンとジュゼッペも食べるでしょ?」

 返事を待たず、木のヘラでアイスクリームを掬っていく。

 独特のクリーム色は、勝利を予感させてくれた。それも大勝利を!

 羊の乳で作ったのも、ちょうど時期で入手しやすいからでもあり……トルコアイスを参考にしたからでもある。

 なにより羊の乳は牛乳より蛋白質や脂肪に富むので、卵なしでも作れて便利だ。

「私は……その……少な目で。甘いのでございましょう? 匂いから察するに?」

 フォコンは酒飲みらしい、それでいて礼に適った返答だったけど……真剣な顔で酒を別の壺へ入れ替えながらでは台無しだ。

 いや、素焼きの壺へ入れたままだと、そりゃ中身も全部漏れてっちゃうけどさぁ。なんというか……ティグレの親友なだけはある。

「また甘いのですかい? なら、あっしは遠慮しようかと。それに、こいつらをすぐに片付けちまわねぇと」

 道具のメンテナンスに忙しいようで、ジュゼッペは上の空だ。

 ……うん。おそらくジュゼッペは道具蒐集癖で身を持ち崩したんだな。お給金というか――年俸を上げた途端、一気に増えたし。


 ちなみに現在の年俸は、それなりの高額――城で雇われている親方衆に匹敵している。

 ただ、この昇進は当然ともいえた。

 ダニエルにはガラス工房の主として仕えてもらう上、大金貨数万枚の収入を確保してくれる代替不能な特殊技能保持者だ。

 当然、父上に雇われている親方衆と同水準であるべきだった。

 その人材をリクルートし自身も特殊技能で奉仕しているのだから、ジュゼッペだって、いつまでも週給小金貨一枚ソルジャー扱いでは拙い。

 信賞必罰が武門の習いであれば、特に注意するべきは信賞という。

 どうして成功したのか不思議なぐらいの暴君でも、よく調べると部下への褒美は怠っていない。

 などと自分で気づければよかったんだけど、まあ例によって母上から御指摘を受けてだ。

 ……これで中々、正しい大将への道は険しい。


 とにかく食べるかどうかの判断は任せることにして、それなりの量を勝手によそってしまう。

 二人が遠慮していて、当然に貰えるべき分け前を辞退してしまっている可能性があるからだ。……本当に君主道とやらは細かいし、難しすぎる!

 それから、やっと自分の分を取り分けて味わう。

 美味い! 官能的なまでの甘みが、溶けるようにして広がっていく!

 律義に泡立て器での攪拌を頑張ってくれたからか、手作りにしては空気が含んでいる!

 つまり、けっこうな口溶け具合だ! これこそアイスクリームの真骨頂だろう!

 サム義兄さんやポンピオヌス君はうっとりしてるし、フォコンとジュゼッペも驚き顔だ。

「甘い! それから冷たいよ、リュカ!」

「サムソンさんのいう通りでございます! ああ、このような甘み! ポンピオヌスは知りませんでした!」

 少年が蕩けていく風景というのもだったけれど、しかし、ちょっと失敗しちゃったかな?

 バニラエッセンスの代用にベリーの粉末か何か入れるのだった。やや生臭いというか、乳臭さが前面に出ちゃった気がする。

 それでも義兄さんは気に入ったのか、お代わりをしようと金属容器を覗き込み――

 なぜか辞めてしまった。

「どうしたの? まだ、残ってたよね?」

「……ダイアナとステラにも食べさせてあげたい。あと母さんやクラウディア様にも!」

 なるほど、それは僕も賛成だ。しかし、四人分を残すのなら、もう余分はない感じか。

「でも、役得は良いよな?」

 いうなり自慢げに泡立て器と木のヘラを見せつける。

 ……もしかして舐めるつもり?

「よし、リュカはこれな! けっこう残っているし! ポンピオヌス君はこっち!」

 真剣な表情で器具にへばりついたアイスの量を見定めていた義兄さんは、僕らにも分け前をくれた。

 敢えて言うのなら僕のが一番に多く、サム義兄さんの分が一番に少ない。

 なんだろう? 中身は大人として行儀が悪いと窘めるべき?

 それとも我ら三人、同じ料理器具でアイスを舐めあった仲に!?


 

 ……英気を養ったところで、再び世界計測の続き――まずは『メートル』だ。

 しかし、俗に一メートルで二秒振り子というけれど、厳密には間違っている。

 一メートルの振り子を三〇度角から離した場合、約二.〇四一秒で一往復だ。

 それを二秒としたら九八%ぐらいの精度となり、ここまでの努力が水の泡となる。

 三〇度角から離す場合、約二.〇〇〇秒で一往復の振り子となるのは、振り子の長さが九十六センチの時だ。

 逆にいうと二秒かっきりで一往復する振り子は、その長さが九十六センチと特定できる。

 当然、ここでも誤差が小さくなるように、回数を多くして計測しておく。

 「二十秒間に十往復させ、その誤差が視認できなかった」で、やっとこ九九.九%以上だろうか。


 振り子からメートルを定義といわれると、奇妙に感じるかもしれない。

 一メートルとは「地球全周の四〇〇〇万分の一」に定義されているはず、と。

 だが、振り子の等時性から――同じ長さの振り子は、振り子の重さや振れ幅と無関係に一定なことからでも算出可能だ。

 振り子時計で時間を測れる理由といってもよいだろう。

 そして一秒からメートルを逆算したのは、メートル法制定の時も同じだったりする。

 いかにして一秒を特定したかのルートが違うだけで、実は伝統的な方法論といえた。

 ……というか人類が精密に地球を測定できるようになるのは、近代へ入ってからだし。


 また、これだと九九.九%以上を四つ重ねる訳だけど、それでも最低精度で九九.六%程度は期待できる。

 一六六八年に初めてメートルが定義された時は精度九九.七%だったのと比較しても、相当な高精度といえた。

 ……むしろ後世の人達は、どうして正しい手順を知っていたのか謎に思うだろう!


 そしてメートルが定義できれば、キログラムも定義できる。

 まず「一キログラムとは一リットルの水の重さ」であり「一リットルとは一〇センチ四方の容れ物へ入る水の体積」だ。

 つまり、まず一リットル容器を作り、次に水を入れた時の重さを測れば、それが一キログラムといえる。

 ……まあ、例によって気圧や温度も関係するのだけど、気圧は平地で測定すればよく、水温も気になるのなら四℃で測ればいい。温度計もあるのだから。


 根本的な疑問を覚えられる方も居られるだろう。

 「苦労してメートルやキログラム、リットル、セルシウス度、秒を調べて、それが何の役に立つのか?」と。

 それは僕自身の才覚に左右される。

 人類の英知――とくに実践的物理学では、各種の公式こそが肝だ。

 しかし、どれほど役に立つ公式を暗記していようと、その基準である単位系を確保してなければ意味はない。

 だが逆に、単位系が確保できていようと、各種公式を覚えていなければ活用も難しくなる。

 

 さらに勘の良い方なら――

「どうして『』に、この手順が載っていたのか?」

 と首を捻られるだろう。

 そして当然ですらある。なぜなら、この定義法は――


 異世界では通用しないからだ!


 振り子の等時性あたりは重力加速度が定数化しているので、おそらく異世界でも――地球以外でも通用する。

 だが、夏至や冬至のある単純惑星だったとしても、均時差のない日付が同じとはいえない。

 ……というか「一年が三百六十五日」や「平均太陽時は二十四時間」などが絶対条件となる。

 つまり、異世界というより――

 石化して目覚めたら三千七百年後の世界だったとか、洞窟から出たら古代だったとか、なんやかんやあって織田信長登場とか、話し相手はウィルソンだけなんて場合むけだ。

 こんなニッチ過ぎる条件すら記してあるのは、『』が狂っている証拠ともいえる。

 まあ、その偏執狂めいた熱意があったからこそ、僕は各種単位系を獲得できたのだけど。

 ……とにかく科学四天王は全員倒せた! それが一番に重要だろう!

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