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 銅細工職人から納品されたパイプ類は、なんというか微妙といわざるを得なかった。

 ……うん。やはり口頭での説明は失敗だった。

 ジュゼッペと作った試作一号ウォッシュレット付きトイレは、帝国産の水道パイプを流用している。

 しかし、あれほどに太くて立派な必要はなかった。

 もっと細くても用は足りるし、量産するなら材料は少なければ少ない程いい。

 なんといっても最終的にはドゥリトル全土へ設置予定で、その総数を考えたら頭が痛くなるくらいだ。

 たしかトイレの必要数は最低で五十人につき一基。可能であれば二十人につき一基が望ましい……だったかな?

 そんな数字を災害の避難所に関したニュースでいっていた……気がする。

 でも、我がドゥリトルの人口は十万だ。

 よって最低ラインで二千基。理想は五千基というから、僕が萎えそうなのも御納得いただけるだろう。

 人工にんく――制作に必要な手間で説明し直すと、もう現段階で一基作るのに十人工は下らない。

 最低二千基を十人工で計二万人工! 一年二百日労働で考えたら、なんと百年!

 つまり、十人ほど特別チームに選任し、その人達が十年かけて、ようやく最低限度なトイレを領内へ設置しおえる計算だ。

 ちなみに最低限度な日当を一万円とすると、これの人件費だけで二億円相当となる。

 でも、この時代では最先端の技術者で高給取りだろうし、べつに材料費も要るから、もう数倍は覚悟か?


 ちなみに財源はない。

 確かにドゥリトル領は、おおよそ大金貨にして二十万枚相当の収入がある。

 ……敢えて日本円換算すると二百億ぐらいだろうか?

 そして大金貨は、ちょうど時代劇に出てくる大判か小判に相当する金貨で、基本的には決済通貨――日常では使用されない。

 いつだか説明したジュゼッペの週給金貨一枚とは別物で、あれは小金貨――普通にイメージされるコイン型の金貨だ。日常的には、こちらだけが使用される。

 とにかく話を財源に戻せば、この大金貨二十万枚の七割から八割近くが人件費やインフラ用などの固定費で吹き飛ぶ。さらに雑費で一割だ。

 残りがドゥリトル一族の取り分となるも、ここから社会保障費――領民への施しなどが賄われている。

 色々と差っ引けば正味一割ぐらいで、その上で可能な限りに貯蓄もせねばならなかった。

 たとえば父上は出征に大金貨二万枚もの大金を使われたが、それでも二千名しか伴えなかった。

 なんともなれば日本円にして約二十億の大金だろうと、一人当あたりへ直すと百万円でしかない。一日あたりでは、たったの三千円だ。

 多少は王も用意するとはいえ、かなり切り詰めた出征といえる。……もう家格的にギリギリとすら?

 さらに一年も経てば、その軍資金すら尽きてしまう。そろそろ追加分も送って差し上げねばならない。また戦況によっては増援要請すら起こり得る。

 しかし、実質年収大金貨二万枚の家が、毎年戦費に大金貨二万枚を使えるだろうか?

 答えは「使わなければいけない」であり、ドゥリトル家は僥倖にも、まだ先祖代々の蓄えで凌いでいる。……まだ今のところは。

 いずれは禁断の戦争税――臨時徴収などに頼らざるを得ず、そこからは泥沼の借金生活開始だ。

 もう武家は戦争する為に日常政務しごとをしているといっても過言じゃなかった。

 そんな超緊縮財政下で――

「領内中にトイレ作りたいから、大金貨数千枚くらい予算を使いたい!」

 などと口走ったら、その場で廃嫡まであるだろう。間違いなく正気を疑われるだろうし。

 以上を踏まえると、何をするにも可能な限りに自腹――僕自身の懐で賄わねばならなかった。

 そして一基にかかる人工を十から九へ減らせれば、全体で考えたら大金貨数百枚――日本円にして数千万円相当の節約となる。

 あらゆる計画は、どんなに検討しても決して足りるなんてことはなさそうだ。むしろ、やればやるほどに意義を増すまである。


 また金属価格が高いというか……値動きしているのも厳しい理由だろう。

 古代、金一に対して銅は二百から三百だった。

 しかし、中世の中期には五倍の千、末期はさらに倍の二千以上と大暴落する。技術革新――溶解炉が発明されるからだ。

 そして帝国は、いち早く窯から高炉への転換を始めているようで、いままさに金一に対し銅千となり始めている。

 対して我が国は高炉すら知らないレベルで、非常に効率が悪かった。もう自分で精製するより、帝国から銅貨を輸入した方が安上がりなぐらいだ。

 当然、それほどに貴重な資源を使う銅細工職人も数が多いとはいえず、さらにはプライドが高くて素直に注文も聞いてはくれない。

 ……ジュゼッペとは大違いだ! 僕の言動に呆れた時でも、頼んだ仕事はしてくれるし!


 それでも鉄よりマシな情勢か。

 古代は金に対し鉄一と凄く高価だったのに、いま現在は金一に対し鉄十まで値下がりしている。

 おそらく将来的には――中世末期ごろには、金一に対して鉄五千ぐらいまで安くなる。大暴落だろう。

 嗚呼、溶鉄炉さえあれば! あれが一基あるだけで、僕だって錬金術より酷いことができるのに!

 そんな高炉が紀元前からあった中国は異常だろう! 絶対に異世界転生者が一人か二人は噛んでいるに違いない!

 まてよ?

 そう考えたらローマ帝国も怪しいぞ? チートレベルに意味不明な遺産が多いし!

 きっとヤンキーが何名か転生し、ローマへ知識を伝授したに違いない! ずるいぞシーザー!



 やや興奮しかけたところでタールムにベロンと顔を舐められた。

 おそらく「落ち着け」とでも言いたいんだろう。

「分かったから、やめろってば! 顔中ベタベタになるだろ!」

 なんとかタールムの猛攻を凌いで、手近にあったティッシュで顔を拭う。

 ……まあ、トイレ用の銅管は急ぐ必要もない。

 順番的には紙の量産体制が整った後というか、先に紙で拭く習慣を流行らせてからだろう。

 公衆衛生の観点からトイレの配備とトイレットペーパーの導入は必須に近いし、これを前提とした次も控えている。

 しかし、いきなりは無理だろう。

 慎重に手順を考えねば、却って手間がかかるというか……予算が続かないかというか。


 それに蒸留器の方が順番は先だ。

 しかし、卓上へ広げられた蒸留器一式を前に、思わず首を傾げてしまった。

 一応は蒸留ができたものの、このままだと本格的な量産は厳しいような?

 なんというか銅製のボイラーというより、銅で作った化学用の実験道具というか、ミニチュアの玩具というか……とにかく業務には適してそうにない。

 これを何倍かに大きくしても効率悪いどころか、上手くいかない可能性までありそうだ。

 ちなみに蒸留という技術は、凄く簡単な理屈と仕組みでできている。

 つまり、各物質ごとに沸点が違うことを利用していた。

 例えば水は一〇〇℃で沸騰――液体から気体へ変化する。

 対するにアルコール――エタノールは約七八.五℃だ。

 よって酒――エタノール水溶液を七八.五℃以上、一〇〇℃以下で加熱し続けると、エタノールだけが先に蒸発していく。

 この時に発生した蒸気を捕まえて冷やせば、いずれは気体から液体へと戻り、最後には純粋なエタノールを確保できる。

 ……理屈の上では。

 残念ながら共沸といって、どんなに頑張ろうと水も一部は蒸発してしまい、得られるのは高濃度エタノール水溶液だったりする。

 この共沸を最も簡単に説明するのであれば、八〇℃ぐらいの水でも湯気は立つのが良い例だろう。

 あれは液体から気体へと変化している証拠だから、ようするに蒸発と見做せる。

 それでも何回か繰り返せば超高濃度――五回ほどで濃度九〇%。三十回も粘れば九五%ぐらいは到達可能だ。

 ……それが必要と思えれば。

 そもそも蒸留は非常に燃料のかかる作業で、意味もなく高濃度を目指すべきではない。

 「鍋一杯の酒を蒸留したかったら、その全てが沸騰して無くなるまで加熱しなければならない」といったら御理解いただけるだろうか?

 ちなみに三五〇ミリリットル入りビールを一回蒸留するのに、約三十分ほど必要とされている。

 そして量や回数を増やせば、燃料費も倍々ゲームで膨らんでいく。

 色々と考えるに、濃度を推測可能となる五から六回ぐらいがベターだろう。

 蒸留五回目あたりで九〇%を超え、それからは一回当たりに一%も濃縮されなくなっていく。つまりは効率が悪い。

 それに欲しいのは七〇%強の消毒用アルコールなので、高濃度といっても結局は水で薄ねばならない。拘る必要はなかった。


 とりあえず昨日に作っておいた推定九〇度以上アルコールを一〇対三に水で薄めておく。

 これで推定七〇度強の消毒用アルコールの完成だ。

 ……当面の作業用は入手できたけど、どうにも量産は厳しく思える。

 やはり蒸留器は作り直してもらおう。いや、先に説明を考えるべき? それとも図面を引く?

 どのみち前提として酒の量産体制――少なくとも一軒は専属の酒造が要る。

 そして酒の原材料となる水飴も、量産可能な工房が必要だ。

 あと発酵や蒸留の成功率を高めるのなら、やはり温度計も欲しい。何もかもを作業員の勘には頼れなかった。

 つまり――


 温度計――水飴工房――酒造――蒸留器――アルコール消毒液


 がロードマップとなる?

 となれば優先順序は低い。リテイクをだすより先に、銅細工職人との意思疎通を優先するべきか。


 それに当然だけど全過程で先立つものお金がいる!

 金! 金! 金! 施政とは、お金との戦いだ! 

 

 気分を引き締めつつも本日の戦いプレゼンに備え、消毒用アルコールの一部を四対十三に水で薄める。

 これで濃度四〇%な貯蔵用アルコールの完成だ。

 市販ウィスキーの大半が四〇度以上なのには、実のところ合理的な理由がある。

 アルコールに限らずなんであろうと――塩や砂糖、油なども含み、濃度四〇%あたりから細菌の繁殖が非常に困難となるからだ。

 つまりは腐らなくなり、品質の変化もゆっくりとなる。消毒目的でなければ、取り扱いに最も便利な濃度といえるだろう。

 もちろん、それ以外の用途でも使えて――

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