温泉

 確か三十一、そして三十七……。

 次は自信がない。

 三十八は偶数だから二で割れる。三十九は三でだ。四十も偶数。

 四十一は奇数だから二では駄目。各桁足した和が三の倍数じゃないから、三でもNG。四と五、それに六や七は計算するまでもない。

 八と十は偶数前提、九は三の倍数前提でアウト。

 さらに三で割れないのだから、四分の一以上を調べれば終わる。

 つまり、四十一は素数だ!

 さて次の四十二は偶数だから、一つ飛ばして四十三を――


「兄ちゃま! どうしてリュカ兄ちゃまにはるの?」

 興味津々なエステルは、いまにも確認しようと手を伸ばしかけた!

 たまらず素数数え現実逃避を止めて叫ぶ!

「ステラ! そんなことしちゃイケません! これは……その……これがと男の子で、と女の子なの! えっと……見分けにくかったら大変だろ? だから神様が――」

「心配しないでも大丈夫よ、ステラ! 私達にも大人になったら生えてくるわ! そう父さまが教えてくれたし! リュカは揶揄ってるのよ」

 などとダイ義姉さんに遮られた。 ……ソンナワケナイヨ?

 しかし、湯当たりしやすい質なのか、ずっと出たり入ったりを繰り返してたけど――


 生まれたままの姿で仁王立ちは如何なものか! ……ありがとうございます!


 なんというか女性美からは、まだ程遠い。

 でも、魅入られてしまった犯罪者達の気持ちが良く判るというか……手足ばかりがニョキニョキと細長く、ツンツルテンの癖に……それでいて儚げな蝶のように繊細で……まるで白昼夢でも見せられている気分だ。

 おそらく酒のように人を酷く酔わせ、きっと最後には破滅させる類……あー……ようするに魔性か。

 もう頬を膨らませてパシャパシャと水面を叩くエステルがいなかったらヤバかった!

 しかし、騙された非難とばかりに僕へ湯水を弾き続け、それが楽しくなったのか熱中しだしちゃったけど――


 どうして幼女って柔らかいんだ!? おかしいよ!


 いや、エステルにしてみたら湯壺は少し深くて、浮き輪よろしく僕に掴まっているだけだろう。

 だが、それで頻繁にムチムチでプニュプニュな触感が誘惑してくる!

 なぜか刺激されるのは色欲でなく、どうしてか食欲だったりするし!

 嗚呼、凄く美味しそう! つるつるのモニュモニュで、ぷるんぷるんなんじゃよ!

 一齧りぐらいなら、神も御許しに――


 慌てて正気を取り戻すべく、頭の先まで湯舟へ潜る!


 エステルも巻き込まれてしまったけど、なにやら歓声めいたのも聞こえたし、まあ大丈夫だろう。

 ……そもそもエステルを変態義兄ぼくから守る為なんだし。

 だけど別の意味では、よくなかった!

 息継ぎにと顔を出した先で吃驚した様子のブーデリカと目が合って、なんとなく愛想笑いを返しておく。

 未婚で年頃のお姉さんと混浴だからって、これ幸いとゲヘゲヘ視姦する訳にもいかない。

 なんといってもブーデリカは御立派だし! それも二重の意味で!

 兎にも角にも視線を逸らす!

 ……が、慌てたのが良くなかったのか、やや感じ悪い態度と受け取られたようだった。

 イヤ、チガウンダヨ?

 もう惚れ惚れするような御立派な筋肉も、その豊満で御立派なも、許されるのであれば飽きるまで眺めていたかった!

 しかし、それが許されるのは女子供だけだろう! 差別的な意味じゃなく!

 ダイ義姉さんなんて、好奇心を抑えきれずに揉みしだかせさせて貰っていたし!

 嗚呼、僕も銀髪ショタなんてニッチな転生より、女の子に産まれ直してさえいれば!

 だが、これでも中身は一人前の男だったりする。

 「わーい! 僕も、僕も!」などと無邪気を装うのは、さすがに矜持が許さなかった。

 まあブーデリカには後でフォローだ。

 いまこの場での弁明というか釈明は、なんだか邪な感じがするし――


 そんな僕の様子を、母上と乳母上が面白そうに観察しているんだから尚更だろう!


 え? 僕のプライドになんて興味ない? それより情景描写するべき?

 馬鹿をいっちゃいけない! 母親の入浴シーンを実況する息子なんているものか! それが義母でも同じだ!

 確かにレトからは懐かしくすらある郷愁というか、自らの血肉を形作った根源とでもいうべき安心感を覚える。

 だからって、それを吹聴するのは人として間違っているだろう。誰にだって聖域はある。

 母上だって透き通るような肌の白さは、下劣で煽情的な感想を抱かせるというより、もう魂へ直接に高貴さ理解せしめるようだけど……そんなのは僕だけが知っていればいい。

 ……尊さとは秘匿し、さらには独り占めするからこそだろう。

 

 なのに我が聖母達は、あたかも井戸端で雑談に興じるが如くだった!

「もう若様と一緒は、控えないと駄目かもですねぇ」

「ついこの前まで、お風呂へ入れて差し上げていたというのに。吾子は大きくなるのが早すぎるとは思いませぬか?」

 いや、もう立派に女性と入浴はアウトだって! こんなことならサム義兄さんと離れるのではなかった!

 どうしてか頑なに独りでの入浴を認めて貰えなかったけど、もしかしたら未だに僕のことを赤ん坊も同然と考えているんじゃなかろうか?

 次からは独りで! それが難しかったら、せめて男のグループへ混ぜて貰うことにしよう!



 ちなみに中世ヨーロッパというと風呂嫌いだとか、風呂に入る習慣がないとか揶揄されるけど、それは少し狭い物の見方だったりする。

 そもそもローマ人は――古代の南部ヨーロッパ人は風呂好きで有名だ。

 北欧やロシアなども、中世の基準では風呂によく入る方と特筆されている。現代に至ってもサウナやバーニャが民族的風習として残ったぐらいだし。

 ……まあ、これは北国な都合もあり週に一回程度だったらしいけど。

 むしろ、それで風呂好きと評価しちゃう西欧人の方を異常というべきか?


 とはいえ文献を当たっていけばスペイン、フランス、イタリア、イギリスと――西や南の方が極端に風呂嫌いな傾向と判る。

 その理由も小氷河期の到来で燃料費向上、ペストで公衆浴場が忌避された、キリスト教が混浴を徹底的に弾圧、水が身体の神聖さを損なうという思想、愚民政策的デストピアで社会全体が鬱にと……多種多様で枚挙の暇もないくらいだ。

 しかし、それらには一つだけ共通点がある。

 全てが中世中期以降に起きていることだ。

 ようするに西部および南部ヨーロッパは、中世中期から五百年ぐらいかけて風呂嫌いになった。

 そして長い人類史で考えたら一時的かつ局所的傾向に過ぎない。

 なぜなら古代から人類は、清潔を以て良しとしてきていたからだ。

 例えばエジプトの神官たちは、男女共に例外なく剃髪し純白の衣装を身に纏っている。

 それは蚤虱に集られて汚れた様をご覧になれば、神々も御不快になられると考えたからだ。

 同様にユダヤ教も各種儀式の際に沐浴し身を清める。

 イスラム教も、それまでの生活習慣だった入浴を咎めはしなかった。

 なのに西部および南部ヨーロッパ人だけは風呂嫌いとなり、ローマ人の後裔たるイタリア人すら入浴の習慣を失くした。

 ……なんというか歴史的ミステリーですらある。


 しかし、いま現在、おそらくは中世初期だし、キリスト教化もされていない。

 どころかテンプレートなまでに古代宗教のドル教が幅を利かせていたりで、入浴を禁じる思想は皆無だ。

 ……さすがに冬場は母上達に超怒られるけど。

 そして混浴だって歓迎はされないけど、禁忌というほどでもない。どころか家族で入浴程度なら普通なようだった。

 前世の西洋人は、実の子を風呂へ入れただけで性的虐待と見做してたけど……もしかしたら風呂嫌いとなった五百年の断絶で、子供へ入浴方法を教えなくなったからかもしれない。

 ……産業革命では、家族で郷土料理を食べる習慣すら失伝したともいうし。


 そして温泉だ!

 ローマ人は温泉を尊んだし、その知識を広大な版図へ伝承もした。

 また天然温泉であれば動物の利用も珍しくないし、動物に所在を教わる伝説も世界各地で散見できる。

 ようするに国や地域、人種を問わず、どこだろうと温泉はあるし、活用もされてきていた。

 西欧に限定しても南部フランス――つまりはアルプス山脈沿いに数多くの温泉が点在している。

 ゼアマデュノの街に温泉があるのは、アルプス山脈ではなくてドゥリトル山の恩恵だろうけど。

 ……そして温泉で得られるメリットが降灰の被害と釣り合うのかは、疑問だったりもする。


 しかし、とにかく風呂問題が解決するのは間違いなかった!

 もし貴方が異世界転生する折には、これを覚えておくといいだろう。

 風呂インフラがどうの、水がどうの、燃料がどうのと……悩みは全て解決する!

 その活動の本拠地を温泉街にすればよいのだ! これだけで風呂問題へ永久に終止符を打てる!

 でも、領都をゼアマデュノへ移すのは難しいかな? カサエー橋の戦略的重要性を鑑みると?

 かといって毎晩のように赴くのも厳しいだろう。週に一回ペースで訪問すら難しい感じだ。

 そこまで近くはないし、移動にかかるコストも軽視できなかった。

 やはり、御祖母様のように定住は無理かな?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る