獲れてた狸の皮算用

 サム義兄さんの闇から目を背けるように、なんとなく会話はそれまでとなった。

 ……それって大人としてどうなんだろう!?

 義兄さんはまだ、数えで十一になったばっかりなのに! いや、僕も人のことをいえやしないけれど。

 もう腹を括って城の子供達を引き連れ、ガキ大将を始めないと駄目かな?

 まずは岩をひっくり返してダンゴ虫探し。夏には蝉の抜け殻集めか。

 ……森だの河だので遊ぶ名目で、城から出かける口実にもできたり?

 本当にポンピオヌス君を城へ上げてしまうのも、それなりに妙手だったりもするし。

 領土紛争している同業他社から、ほぼ下請け子会社な状態にまで篭絡してしまえば、平和裏に問題解決だ。

 そして僕も家柄の良い母上も安心な騎士ライダーを。義兄さんだって当てになる同僚を確保だし。

 図々しいという方も居られるかもだけど、血生臭い結末よりはずっとマシではないだろうか?


 そんな決して相手が逆らうことのない理想的な妄想に耽溺していたら、なぜか街道から離れ始めていた。

「もう支道へ入るの? それに右へ? 確かゼアマデュノって左――もっと西の方じゃなかった?」

「仰る通りです、若様。でも、このままカサエー街道を進んでしまうと……嗚呼、それは御自分の目で確かめられると宜しいかと!」

 手綱を握るブーデリカは忠実で実直な騎士ライダーの顔から、なぜか子供っぽい意地悪な感じへと変わる。

 うん。こりゃ駄目かもしれない。

 どうやらマーギュリ嬢の一件で、少し拗ねてるというか……ちょっとお仕置きしたい気分らしかった。

 まったくを以て女性は謎だ。

 領内最強の女騎士ライダーなのに、まるで我儘なお嬢様めいた振る舞いでご満悦なのは、微笑ましくありつつも理解不能という他ない。

 天気のようにコロコロと変わるどころか、晴れながら雨を降らし、凪ながら雷を落とす。

 しかし、だからといって周りへ理不尽と訴えてはいけない。共感を求めることすら悪手だ。

 なぜなら男には見えない注意書きでもあるんじゃないかってくらい、必ず女性は女性の味方をする。

 いまだって「そういうことならば」と、俄かに一致団結な雰囲気だし。

 ……もう首でも竦めて、全力で反省アピールでもしているしかなさそうだ。



 北部ヨーロッパともなれば、広大な平野のイメージかと思う。

 しかし、それだと正解ではありつつ、少し足りない。

 渓谷だ。峡谷を見落としてしまっている。

 実のところ広大な平野は巨大な水龍に――大河によって刻まれ、起伏を多く隠し持っていた。

 実際、その証拠とばかりに支道も下り坂となっている。

 元々は河が流れていて、それの枯れた跡だろうか?

 いずれは風化し山や丘へと変わるのだろうけど、まだ地層も明確に見て取れる。まるで切り立つ崖だ。


 ……うん? 微妙におかしい気がしてきた。

 これが渓谷だとすれば、片側だけ残っているのは奇妙だ。

 それに目的地とは逆方向の支道へ入ったにも拘わらず、また緩やかに街道へと戻っている気がする。

 さすがに事情を訊きたくなってきたけれども、しかし、僕の反応を面白そうに窺うブーデリカの様子が癪に障った。

 僕がビックリするところを囃し立てるとか、ここぞとばかりにお姉さんぶりたいとか……まあ、そんなところだろう。

 でも、僕にだって矜持というものがある!

 うかうかとお姉さんのお仕置きに、ショタれしょげたりしない! ……これでも中身は大人だ!

 よし、とにかく絶対に驚いたりはしな――



 あまりの凄い光景に唖然とさせられた!



 ここは峡谷じゃない! 勘違いしてしまっていた! 沈降断層だ!

 木立が途切れて遠くまで視線が通って、やっと全景も見渡せた。

 間違いない。高さがざっと数メートル、下手をしたら十メートルはありそうな断層だ。

 その幅というか長さだって目算で百メートルは超え……おそらくはカサエー街道を分断しているんじゃないだろうか。それなら迂回したのも納得だし。

 でも、僕を驚かしたのは断層それ自体じゃない。

 トロナ石だ。

 馬に乗った僕の目より高くトロナ石の層がある!

 埋蔵資源なんてドラ焼きの餡も同然で、皮から真下へ掘れば何かしら掘り当たる。

 問題はどれだけ分厚いドラ焼きなのか、そして何餡のドラ焼きなのか、掘ってみるまで見当もつかないことだ。

 でも、時折に大自然はドラ焼きを割って中身を見せてくれる。この目の前にある大断層のように。


 そして凄い埋蔵量だった。

 見えてる範囲だけでも――ケチ臭いサンドイッチみたいな見かけだけの埋蔵だったとしても、とうてい使いきれそうに思えない。

 興奮しているのが、自分でも良く判る。いや、こんなにも興奮することだったのかと痛感させられていた。

 同じ重さの金や銀とはいかないだろう。良くて銅ぐらいか?

 埋蔵範囲が直径百メートルで高さ二メートル、さらに土と同じ重さと仮定して考えても……ざっくり二万三千トンぐらいはありそうだ。

 銅一トンは、敢えて前世の価値観へ直すと大雑把に三千万円ぐらいとなり、それが二万三千倍だから――


 推定七千億円相当!


 ……さすがに銅と等価は期待の掛け過ぎか?

 しかし、十分の一としても約七百億円。色々と見積もりを間違えていたとし、さらに半分で約三百五十億円だ。

 以前に戯れで換算してみたドゥリトルの年間予算が二百億円だったといったら、この金額の凄さを判ってもらえるだろうか?

 だが、これで当たり資源とすらいえなかった。なぜなら金だと、この百倍。銀でも十倍は見込めるからだ。

 ……鉱石に対する含有量も考慮せねば駄目か? トロナ石は極端なまでに高純度――大掛かりな精製の必要すらない特殊例に近いし?

 そして見えない部分まで餡たっぷりなドラ焼きだったら、さらに数倍と計上できてしまう!


 とにかく凄い価値といえる。

 だが、これが支配者階級に――君主にとって『領内で資源が見つかる』ということなのだろう。

 あまりに当たりが大き過ぎて、山師ガチャを数回程度なんか大金とすらいえない。

 仮に一回一億とし、それを百連しようと……小当たりが一か所でも発見できたら採算は取れる。

 もしかしたら歴史の闇に埋もれて山師重課金勢の君主や、山師破産した支配者などもいるのかもしれない。

 それぐらいに魅惑的だった。

 先代が鉄鉱山で唆されたというのも、いまなら理解できる。……それも同情の気持ちすら抱いて!


 このトロナ石だって、領内の輝かしい未来を暗示するかのようだ。もう僕の目には、金銀財宝よりも美しく光る。

 チリ紙、紙への筆記、石鹸、洗剤、歯磨き粉と……多彩な文化が花開くのはもちろん、それらは産業として根付くだけでなく、輸出品目となって外貨すら稼いでくれるだろう。

 ……文明レベル的に外貨は存在しないけど、言葉のニュアンスというか、貿易黒字という意味でだ。

 それが数百年分はある。

 いつかは尽きるのが資源の定めとはいえ、それだけの歳月があれば重曹の化学的合成も可能となるだろう。

 いや、有用と判明すれば、世界中でトロナ石を探し始めるか?

 おそらくそうするだろうし、誰かしら何処かで見繕うだろう。

 そして重曹の活用は、有益で普遍的な技術として広がっていく。


 つまり、いまこの時から世界は変わる。 


 身体が震えた。これが武者震いというやつだろうか?

 さすがに僕が生きているうちに本格的な軌道へは乗せられないだろうし、また緩やかな変革こそ望ましい。

 でも、早い段階で正しく導かねば、何もかもが台無しともなりそうだ。

 まずは地場産業として紙と石鹸、洗剤の工房を育て、平行して歯磨き・石鹸文化を領内に?

 おそらく直にトロナ石を輸出は悪手だろう。となれば向こう百年は禁輸令でもだし――


「若様? その……ご思案中、大変に申し訳ないのですが……同僚が復帰を果たしたようです」

 慌てて辺りを見渡してみれば、なんと気付けば『裂け目』――なにかの折にセバスト爺やが、そう先ほどの大断層を呼んでいた気がする――を迂回し終わり、僕ら一行は街道へと戻っていた。

 そして僕に注意を促すブーデリカも、また生真面目な騎士ライダーの顔へと戻っている。

 少し気の毒なことをしたかもしれない。

 おそらくは「さあ、若様! これが『裂け目』ですよ!」とかなんとか僕を驚かさせ、まぬけに「ほえー」とでもいわせるつもりだったと思うけど――

 あまりにガチな感嘆ぶりで、逆にドン引きさせてたらしい。

 ……断層跡に大興奮な子供なんて不気味だろう。僕だって勘弁してほしい。 

 とにかく急いでショタぢからを燃やす!

 母上はエクボ一つで城を落としたという! 僕だって一人ぐらい!

「どうしたの? 復帰? 誰の事?」

 目論見通り顔を赤くなったブーデリカは、黙って前方へと注意を促してくる。……上手いこと誤魔化せたかな?


 その指し示す先では、騎馬に率いられて歩兵の軍団が行軍して来ていた。

 指揮官は誰あろう我が家の騎士ライダー、ティグレその人だ。

 なるほど。僕ら本隊の兵力に不安があるのなら、加勢を連れてくれば解決する。

 危険なメッセンジャーとしてゼアマデュノへ、その後は街で駐屯兵を集めて迎えに来てくれたのだろう。

 伝令立った時と同じく、馬上のティグレは爽やかな笑顔だ。

 危険で重大な任務を果たしたというのに、自慢げな様子は微塵も見受けられない。

 笑って死地へと趣き、微笑みながら己が務めを受け入れる。それは荒々しくも後年に騎士や武士へと受け継がれていく、気高さの原型か。

 感動を隠し、ただ敬礼で応える。


 ……気付けば風に湯花の匂いが混じっていた。もうゼアマデュノは近いのだろう。

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