不弟の果て
翌日は母上と
「聞いておられるのですか、若様! 儂に判るだけでも三つ! 三つも
「我らは一蓮托生なのですよ、吾子。あのような折には、前もって相談してくれねば困ります」
などと、まるで針の筵めいて立つ瀬もないようで――
どうしてか母上は上機嫌であられて、そうでもなかった。
……改めて我が母上ながら、凄い
開けっ広げなまでに喜びを表現している様は、我が子である僕ですら魅入ってしまう。『エクボ一つで城一つ』と嘯かれたのにも納得するしかない。
「申し訳ありません。でも、あまりに無礼な物言いに、つい、カーっとなってしまいまして」
「ふふ……やはりリュカも男の子ですね。しかし、いずれは棟梁とならんとするのなら、常に冷静でもなければ」
と御小言は続く。
けれど、それを満面の笑顔で仰るものだから、まるで怖くない。むしろ褒められてる気分だ。
……他の女性陣が不満顔でなければ。
理解不能なことにレト義母さん、ダイ義姉さん、エステル、ブーデリカが不機嫌だった。それも頗る。
特に完全に蚊帳の外だったエステルは酷く御立腹だ。
どうにも一人だけ置いて行かれたのに加え、さらには僕が危険なことをしたのが気に入らないらしかった。
そうハッキリと言われたんだから間違いない。まさか年下の義妹からガチ目に説教されるとは、さすがに想像の埒外だ。ありがとうございます!?
「しかし、痛快で良かったと思いますぞ? 確かに慣例に沿ってはおりませんでしたが……あのギヨーム殿の顔! しばらくは酒の肴に困りませぬ!」
と斥候の報告を聞き終えたらしいウルスも会話へと入ってきた。
そして無言で問いかけた母上へ、頭を振って返す。
「あと一名が戻ってから進みましょうぞ。この先は僅かながら
……噛み砕くと待ち伏せ可能ということか。
今日は朝早くに――それもオノウレ殿へ暇乞いが終わるや否やで出立だったのに、まるで捗りやしない。
細かく前方確認しているからだ。
「まさか大叔父上が夜逃げ――いや
このボヤキで追従笑いが起きたけれど……ある種の敬服――それもギヨームへ向けての!――も込められていたと思う。
なぜなら土壇場でギヨームは、とんでもない奇策を弄した。
盟約の儀が終わる寸前という隙を突いて、僅か数騎だけを共廻りに逐電という離れ業をだ。
身柄を押さえられたら破滅も同然とはいえ、この時代、夜を徹しての移動なんて発想の外にある。完全に虚を突かれた。
しかし、冷静に考えると、証拠は押さえられていない。ほぼほぼ心証だ。
ならば逃げてしまって、後日に捲土重来もアリといっても……あそこまで潔く逃げを打つとは思いもよらなかった。
さらに自棄になって実力行使も警戒の必要がでてくる。
ギヨームに置いて行かれた人達も放置はできないし、かといって旗下に加えられるでもなく……なんというか絶妙な足手まといだ。
やっと満足したウルスの指示に従い、再び一行は進む。
奇跡的に犠牲者無し――囮で別行動となったフォコンとティグレが無事としてだけど――とはいえ、このままで済ますつもりはない。
しかし、「それなら暗殺返しだ!」ともいきそうになかった。
もう少し落ち着いたら――少なくとも誰かに盗み聞きされないような環境となったら、母上に本当のところを聞くつもりはある。
「我が家に暗殺者を雇う伝はありますか?」と。
だが、実のところ望み薄だ。
漫画やアニメに登場するような暗殺者が実在したとしても、それを誰より必要としたはずなギヨームが雇えていない。
そもそも職業的な暗殺者なんて創作的で、史実では標的と近しい人物を刺客に仕立て上げるケースがほとんどだ。
そして政治的には調略――寝返り工作の類だろう。おそらく要人の殺害などは
結論として今回の解決方法に暗殺は不適切としかいえない。手間がかかり過ぎる。
だからといって暗殺を――内密な
その気になれば可能とは思う。
でも、きっと流れる血の量が多くなり過ぎる。そして僕が欲しいのは、罪のない人の命じゃない。
しかし、懸かっているのは僕と母上の命だ。泣き寝入りできるはずもなかった。
つまりは二度と歯向かわないよう
「うん。手続き上に不備あり。それまで俸禄は差し止め、さらに登城も求めよう」
「……若様? 我らに手落ちが?」
不審そうな
これは教育係としてではなく、文官の偉い人としてだろう。
「いや、そうじゃないよ。『そういうことにする』と決めただけ。大叔父上を見つけるのは、ちょっと骨が折れそうだからね。向こうから出て来て貰う方が楽でしょ? その間に僕らも父上の御判断を仰げるし。
……まあ、いいけどさ。仕事は楽しめた方がよいだろうし。
さすがに心証だけで親族を極刑は難しいだろうから、島流しとかが落としどころかな? なんでも北にドル教の聖地な島があるそうだし。
……ヨーロッパ古代宗教の聖地な島というと――アーサー王とか住んでそうだけど。
いや、色々と考えるに
それにドゥリトルが北部フランス、帝国がローマ帝国と確定してしまう! だから北の島はブリテン島じゃないはずだ!
不吉な想像から逃れるように、プチマレへの対応も考えておく。
こちらも重い処罰は不可能だろう。
そもそも父上の配下でもなく、確たる証拠すら握れていない。返す返すも本当に手痛い落ち度だ。
「ポンピオヌス君は、他に兄弟とかいないの?」
「確か上に娘を儲けておったかと」
「ああ、なら城へ行儀見習いで上がって貰おう。母上付きかなんかの名目で」
我ながら阿漕と思わなくもないけど、その娘さんも武家の子だ。ある程度の覚悟は決めているだろう。
さらに停戦条件としては優しい部類なんだから、まず断らないだろうし……断らさせもしない。
そして娘を人質に押さえればオノウレ殿も大人しくなるだろう。
うん、我ながらそこそこ平和な対処と思ったところで――
戦慄が走った! どうしてか女性陣からの反感を買っている!
間違いない! 勘違いではあり得なかった!
僕とブーデリカで同乗する馬の足元をポテポテ歩いていたタールムが、いち早くレト義母さんの方へ逃げて行ったし!
その様子は、まるで――
「ボクは常にレトかーちゃんの味方! まーたリュカの奴、やらかしちゃった?」
とでも言わんばかりだ! 一体全体、お前は誰の守り犬なの! 僕のでしょ!?
しかし、レトの表情を見たら、僕もタールムに続きたくなった。
「若様? いつの間にマーギュリを、お見初めに?」
「へっ!? いや、その……マーギュリって誰?」
嗚呼、これは義母上として、さらには乳母上としても本気で怒っているときの顔だ! でも、なぜ!?
「お惚けになられなくとも……。御自分の口からマーギュリを御所望になられたでは御座いませぬか」
……判ったぞ。たぶん、マーギュリはオノウレ殿の娘か。
「違うよ? そうじゃないよ? 僕は人質として城へ上がるよう――」
「私が思うに、まだ若様には
いや、そうなの!? でも、僕が良家の女性を城へ招いたら、
あと母上! お願いだから検討を始めないで! 違うから!
「そうじゃないよ? 違うよ? これは純政治的な手管で……そんな後宮的意味合いの話じゃなくて……ただ、跡継ぎであるポンピオヌス君では重過ぎるかと――」
しかし、どうしてか僕の弁明にサム義兄さんが食いついてきた!
「なんだって!? それは本当かい、リュカ!」
「へっ!? うん。さすがに長男のポンピオヌス君は――」
「大丈夫だ! 義兄ちゃんに任せとけ! リュカが誰かを子分にしたいと言い出してくれるなんて! 絶対に上手く話をまとめてやるからな!」
……チガウヨ? 義兄ちゃん、なに言っとるだぁ!?
確かに戦後武将の信長と家康は、家康が今川家の人質だった幼少期に友誼を交わしたといわれる。
似たようなものと考えれば、それほど見当外れでもない!?
でも、そんな些事はどうでもよくなっていた。
かつてないほど嬉しそうなサム義兄さんの笑顔に、誰もが何も言えなくなってしまった訳で――
……うん。少し同世代との付き合いを増やそう。義兄さんの心労が減るぐらいに。
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