対決
とにもかくにも大広間を進む。
待っていても何も変わりはしない。活路を求めて動くべき瞬間だ。
大広間は狭苦しさを感じさせたりはしない、それなりの規模だった。……兵士が儀仗兵よろしく壁側へ侍られるぐらいに。
ここを狩場とするつもりだろうか?
さすがに礼を失しているようにも思えるけど……僕らだって武装しているのだから、お互い様か。
もう「武家の
そして奥には小さめの円卓が確認できた。
上座を占めているのがポンピオヌス少年か。その隣はオノウレ領主だろう。
また僕らの入ってきた方――大扉側へ長テーブルが設えられている。
これは立ち会いの賓客用と思われた。……だらしなく座るソヌア老人が、つまらなそうに僕へ手を振ってくるのが見えたし。
「どう? 安全かな?」
「始まっていないのだから、まだ大丈夫でしょうな」
……なるほど。
もし武力に頼るのであれば、大扉を開けた瞬間が狙い目だろう。通路にいる相手を前と後ろから挟み撃ちにできる。
逆に考えると相手は行動できない状況な訳で、つまりはフォコンとティグレは逃げおおせれたのかな? 二重の意味で安心できそうな判断材料だ。
いや、とりあえずは無事程度に考えておくべきか。
もし後顧の憂いが無くなりでもすれば、それを契機に行動開始するかもしれない。
でも、この窮地を面白がっているようなウルスは、もう豪胆を通り越して少し不謹慎じゃなかろうか?
「大丈夫だよ、リュカ」
「ええ、リュカは安全よ」
僕の小姓役としてサム義兄さんが、そして母上付きの侍女としてダイ義姉さんも一行に混ざっていて……その決意が重い。
まちがいなく義兄さんは、いざとなったら僕の身代わりに斬られる覚悟だろう。
義姉さんだって似たようなものどころか……義母さんから、こっそり自裁用の短剣を渡されていたし!
正直、武家の感性や生き様、そして覚悟というものを舐めていた。
戦士は戦士として、生まれ落ちた瞬間から教育を施される。その血へと刻まれる掟こそが、誇りと強さの源泉だ。
……それ故に捧げられた剣は尊く、僕の責任も重いのだけれど。
大叔父上は、ちょうど円卓と長テーブルの間に、まるで立ち塞がるようだった。
下手したら僕らが不心得と錯覚すらしてしまいそうだ。どう考えても有罪なのは向こうなのに!
だけど、残念ながら僕に大叔父上を誅殺する権限はない。僕の直接な家臣ではないからだ。
すでに賜死――君主が臣下へ死を命じること――なども発明されてはいるけど、やはり直接の主君でなければ許されなかった。
あくまでも僕は次代の主君候補に過ぎず、血縁的には相手の方が上位ですらある。
そして僕と母上の暗殺容疑で処分へ持ち込もうにも、さすがに状況証拠だけでは厳しい。
しかし、このまま泣き寝入りするしかないようでいて、皮肉なことに大叔父上自ら解決策を教えて下さってもいた。
暗殺だ。不幸な事故に配慮はいらない。世界的に流行ったのにも納得だ。
それに賜死も結局は体裁上の話で、つまるところ死刑に過ぎない。死因が賜死となるか、病死または事故死となるの違いだけだろう。
「久しいな、クラウディア! 儀式に遅れてしまうのではないかと、オノウレ殿と心配しておったところだ」
「……御久しゅうございます、ギヨーム様。御息災のようで。雑事に追われてしまいまして。あまり
ただ親戚同士が挨拶しているだけのようで、当然だけど二人とも笑ってはいない。
しかし、どうして大叔父上は、いま行動を起こしているのだろう?
おそらく決行予定は昨日だ。僕らが油断して街道を行く時に、不意を討つ段取りのはず。
でも、失敗してしまったのだから潔く今回は諦め、隠蔽工作に腐心した方がマシとしか思えない。
それとも僅かな希望へ縋っている――なんとかフォコンとティグレを対処し、元通りに計画を推進したいだけ?
「それよ、クラウディア! 儂は常々、
時代的な色々を考慮しても無茶苦茶だし、最早こんな嫌がらせで事態が動くはずもない。
正直、意味が解らなかったし、意地汚く時間稼ぎするつもりかと思いかけて……どうしてか唐突に理解できてしまった。
大叔父上も大叔父上で絶体絶命の危機にあるらしい。
日本の主筋殺しで有名といえば明智光秀だろう。かの梟雄は「敵は本能寺にあり!」と叛意を表明したというけれど――
もし現地に信長がいなかったら、どうなっただろうか?
これは歴史のイフを問うているのではない。
弑逆してやると拳を振り上げたのに、それを振り下ろすことすら叶わなかったら……一転して窮地へ陥るのは、明智光秀の方だ。
恥も外聞もなく全てを捨てて逃げ出すか、誤魔化すか……とにかく何とかしなければならない。
しかも、付き従ってくれた部下達が納得する形で。
なぜなら誰だって将来を喪った君主の下にいたくはない。
つまり、次に裏切られかねないのは、失敗した反逆者自身であり……都合の悪いことに、信義に則った密告という手っ取り早い方法すらある。
よって敵味方はもちろん、協力者をも含めて全員へ――
「まだ俺は死んでないよ! 元気バリバリだよ! 今回は予定通りに嫌がらせ! 本番は別の機会と考えてたし! だから失敗なんてしてないのさ!」
とでもアピールしているのだろう。
なるほど。これで反逆者というのも大変そうに思えたけれど、しかし――
さすがに苛々を抑えられなくなってきた!
そもそも僕は、ただ平穏に過ごしてきただけだ!
領主の息子としては迂闊だったかもしれないけれど、こっちは殺されかけている。文句を言う権利ぐらいはあるだろう!
その上で無理な横車は通されそうだは、母上はセクハラめいた論説を振りかざされるはで――
一から十まで納得いかない! いくはずもなかった!
むこうが無茶苦茶やろうっていうのなら、僕にだってできる!
きっと多少間違えたところで、まだ子供と思われて終わりだ。むしろ最大限に
それに男子たるもの、公衆の面前で母親を貶されて黙っていてはいられるものか。もう徹底的に
誰かに止められてしまわないうちに、母上の前へと身を滑らせる。
「御久しゅうございます、大叔父上!」
失礼なことに吃驚された。
いや、むしろ当然か。お互いに言葉を交わすのは初めてだ。向こうにすれば僕が喋るだけで驚いてもおかしくはない。
「おお……ひ、久しいな。昨年の盟約の儀以来か? 壮健そうで何よりだが、いまは大人の話を――」
「いいえ! まずは父上に代わりまして、大叔父上へお祝いの言葉を!」
相手をやり込めるのなら意表を突く。そして喋らせない。これに尽きる。
さらに戸惑っているうちに、どんどん話を進めていく。
「きけば大叔父上は男子一生の本願! 旗揚げをなされるそうで?」
「は、旗揚げ? リュカ、突然に何を言い出――」
「謙遜されずとも! このリュカは、確かに聞き及びました! ドゥリトルと袂を分かち、独立されると!」
あまりの突拍子のなさに、ギヨームは口をポカンと開けるばかりだった。
そりゃそうだろう。僕だって風呂敷を広げ過ぎかと怖気つきそうなぐらいだ。驚いてくれなきゃ困る。
でも、これ畳み切れるかな? なんだかちょっと楽しくなってきた!?
「そ、そのようなこと! 勝手に独立なぞ、できるはずなかろう!」
「いや、それはギヨーム殿の勘違いじゃ。誰であろうと独立できるぞい。その証拠に我が先祖は、カサエー侵攻が折にマレー一党を立ち上げた。それまでの主――まあ、当時は族長だったがの――に許されてな。それはドゥリトルもプチマレも……我らが戴く王家ですら変わらん」
いいタイミングでソヌア老人が助け舟を出してくれたけど……もう隠しきれないぐらいに面白がっているのは勘弁して欲しかった。
当然に注目の的となっていたけれど、決して見世物のつもりはない。
しかし、とりあえず説明を聞くべきと空気も変わったから、まあ感謝しておくか。
「『鶏口となるも牛後となるなかれ』! 男子たるもの斯くあるべしと、常々口にされていた大叔父上らしい御決断かと! 父上も感服しておりました!」
もちろん嘘八百の出まかせだけど、残念ながら否定もできないはずだ。
自分はそんなこと言わないとなれば、惰弱と誹られかねなかった。中々に武家の体面維持は厳しい。
「リュカ! そこもとは何か勘違いして――」
「勘違いのはずがありませぬ。大叔父上は独立し、本日はプチマレ一党の方々と――オノウレ殿との盟約にいらしたのでしょう? 先ほど、そのように教えて下さったではありませんか」
「それが勘違いなのだ! 儂はドゥリトルの最年長な
「いいえ! それだけは、ありまえませぬ。それも絶対にです。なぜならドゥリトルが名代は、このリュカめが申しつけられております」
なんとか追い詰めれた感じだけど、やはりというべきか……ギヨームは理解した風ではなかった。
現状でロジックに気付けているのは、いまにも笑い出さんばかりなソヌア老人だけか。
「だから儂は
そこで止めとばかり、大げさに慌てたジェスチャーを交えて押し止める。なんども遮られて不愉快そうだが、やはり最後まで喋らすわけにもいかない。
「大叔父上は――
反射的に言い返そうとしたギヨームは、大きく口を開けたまま凍りつく。
古今東西、武家の
まあ、普通は大事となってしまうから、それは重大な違反に当たると指摘はしないのだろう。……相手に悪意でもなければ。
優しく慮るように……囁くように続ける。
「もちろん大叔父上は、そのような不心得者ではございませぬ。それは、このリュカも良く解っておりますゆえ。ただ、この機に大叔父上は独立され、プチマレ一党の方々と盟約も結ばれる。それで、いま居られるのでしょう?」
だが、これは死刑宣告というか――追放処分にも近かった。
ギヨームもまた、僕と同じように村を個人の領地として持ってはいるそうだけど……それでは今の権勢を保てやしない。
ドゥリトルからも禄を貰っているからこそ、先代の弟君にして重責の一角を担う貴人として遇される。
しかし、小さな村だけの名ばかり領主となれば、誰も相手にしなくなるどころか……次代を待たずして滅亡すらあり得るだろう。
「もちろん、リュカは長上たる大叔父上に並び立とうとは思っておりませぬ。父上もそうでありましょう。残念ながら我らは盟約の継続叶わずとなりますが……悲しむには値しません。栄誉ある責務は、新しき一党の長となりし
しばし、場は静寂に包まれた。
すぐには誰も意味を理解できな――って咳き込まないでよ、
だが、危いところで笑い飛ばされなかった。
なぜなら我関せずと傍観を決め込んでいたオノウレが、血相を変えて介入してきたからだ。
「ま、待たれよ、ドゥリトルの! リュカ殿! しばし! ここは、しばし!」
ずっと自分達だけは責任追及されないからと黙っていたのに、現金なことだ。
ついでに致命傷を負わされると気付いて、慌てての参加だが……どうして兵士に介添えされて、ひょこひょこ歩いているんだろう?
……よくよく見てみれば片足を――片方の膝から先を失くされている。
それも義足などを付けておられないどころか、まだ包帯が巻かれていたりで痛々しい。
戦時中に、それも王の
国土防衛という最も尊い理由で身体を張られた証拠なのだから、領地で傷を癒す権利ぐらい認められるべきだろう。
……我ながら何度も失礼な想像をしてしまっていた。
「御二方! 色々とおありのようだが、それはドゥリトルの問題でございましょう! 当家は認めませんぞ! す、少なくとも! 我らが受けし恩を! う、受けし恩をドゥリトルへ返すまでは! それまでは、どうあろうと盟友であってくれねば!」
……なるほど。
屈辱に耐えて実を取ると決めたらしい。
ようするに――
「自分達は貴方達に借りがあるから、それを返させないうちに盟約の破棄はつれないよ。でも、名誉あるドゥリトル家は、そんな情のないことしませんよねぇ?」
と泣き縋る形となるけど、それで盟約の維持はできる。実利的だ。
さらに――
「そしてギヨーム殿! 本日は我が子ポンピオヌスが儀に立ちおうて下さり、父として感謝の言葉もありませぬ! ささ、そちらへ席を用意してますゆえ!」
とギヨームを長テーブルの方へと促した。
まあ、そりゃそうだろう。
下手をしたらギヨームと――小さな村の領主でしかないギヨームと盟約を結ばさせられ兼ねない。それもドゥリトルは盟約を破棄というオマケつきでだ。
ギヨームにしても抵命の咎を追及されるか、それとも考えてもいなかった独立という……死に方を選ぶだけな二択より、すべてを有耶無耶とするオノウレ殿の提案に従う方がマシだろう。
しかし、僕としては、この好機に
が、移動してくるのだけでも大変そうだったオノウレ殿や、きらきらした瞳で僕を見るポンピオヌス少年に良心を苛まれてしまいそうだ。
あれは多分――
「僕と一つしか違わないのに、父上達と対等に渡りあわれている! 話の内容は判らないけど凄い人だ!」
みたいな感じだろうなぁ。
いや、詰められかけているのは、君の御父上なんだよ? いいの?
……しかたがない。オノウレ殿の喪った足とポンピオヌス少年の純真な瞳に免じて、ここいらで勘弁しておくか。
とりあえず今日という窮地は脱せそうだし、追撃は後日でも間に合う。
それに勢いで捲し立てて上手いこと加点はできたものの、ここから逆転でもされたら台無しだ。
まずは獲得したポイントを大事に、か。
そんなこんなで僕が肩を竦めてみせると、この日の権力闘争は幕引きとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます