理解と決断
状況を説明されたウルスは、即座に二人の
このような場合、相手の欲しいものを奪うのが先決だから、らしい。
でも、これから荒事があるかもしれないのに、頼りになる専門家――
……違う。だからこそか。
僕と母上を暗殺するのなら、当然だけど目撃者の口は塞がねばならない。
つまり、死人に口なしと皆殺しな訳だけど、その可能性を示唆された伝令が出ていたら?
首謀者はターゲットである僕や母上、目撃者となり得る随行の者やソヌア老人の他に……伝令も始末せねばならなくなる。
また見切り発車も許されなくなった。
伝令の処理を確認してから、やっと本命へ着手となり――時間的猶予と敵戦力の分断を強要できる。
さすが本職は発想が違うと感心していたら、手遅れになってから気付く!
ぼんやりしてた間に、とんでもなく事態は進行している!
よく理解してないうちに二人は出発しちゃったし、もの凄く笑顔だったから勘違いもしちゃったけど――
どう考えても決死の任務だ!
供回り僅か数騎な上、それぞれが北と南へ散り……当然だけど最初に狙われる。
それも相手側で速く移動の可能な戦力――やはり同じく
いや、純軍事的には敵側の精鋭を、より数の少ない
しかし、それは身内に命を賭けさせてだ!
笑顔で文句ひとつ言わず引き受けた二人に、僕は相応しい答礼すらしていない!
ただ、目まぐるしく変化する状況に、呆気に取られて目を回していた。囮を引き受けてまで、僕と母上を守ろうとしてくれたのに!
……もう完全にお荷物だ。自分の無力を――不見識を許せそうにない。
そんな緊張した雰囲気――なんといってもウルスはもちろん、全員が完全武装している!――で、やっと支度が整ったと知らされた。
正直、もう盟約の更新なんて、どうでもよくなりつつある。
なんともなれば父上と僕は、この先プチマレ領主オノウレ殿が窮地にあれば助けなきゃいけないらしい。
当然に命懸けとなるだろうし、その世継ぎであるポンピオヌスという会ったこともない息子も込みだ。
自分や母上の暗殺に加担したかもしれない人を助ける? それも身体を張って?
というかオノウレ殿は、なぜ領地にいるのだろう?
いまは戦争中だし、盟約に則れば向こうも父上を助ける義務があるはずでは?
その名前は誠実や忠誠の意味を持つのに、とんだ二枚舌だ。
しかし、盟約は遠い戦地で父上を守る盾ともなる。残念ながら僕の一存で反故にはできない。
黙ったまま前後左右を鎧武者に囲まれて領主館を進む。
独特な油と金属の入り混じった臭いへ、場違いなまでに香ばしい焼肉の香りが追加された。
とりあえず『盟約の羊』は用意されているらしい。……こちらを油断させる罠でなければ。
あの大扉の向こうには、大広間なり食堂なり――何かしら儀式に相応しい広さなのだろう。……もしくは
知れず全員に緊張が走る。
しかし、本当に扉を開けたら荒事が始まってしまうのだろうか?
その可能性もゼロではないはずなのに、全く信じられないというか……離人症にでも罹ったかの如く、酷く現実感が乏しい。
誰かが誰かを暗殺する? それも僕や母上を? しかも血縁の大叔父上が?
突然、全てが馬鹿々々しく思えてきた。
あり得ない。誰かを殺してまで欲しい物など、この世にあるはずもなかった。
なにもかもが僕のくだらない妄想でしかなく、それへ周りの皆は合わせてくれたのだろう。
これは『盟約の儀』が終わるまで、まだ子供と見做されてる僕を大人しくしておく為の方便だ。
もしかしたら後で義母上にお尻を叩かれるくらいのことは、あるかもしれない。
……それなら全ての辻褄は合う。
変に考えすぎて、自分で自分を追い詰めてしまった。そして異常なことは、起きてすらいなかったのだろう。
しかし、この閃きを揶揄するかの如く、なぜか不吉な音を伴って大扉は開かれていく。
希望的観測は、即座に打ち破られた。僕を睨む大叔父上の視線によって!
なぜなら殺意と憎しみ、そして何よりも怒りを隠しきれていなかった!
嗚呼、どうして僕は、これほどまでに明白な野心を見落として?
この人は
さらに天啓の如く理解へも導かれる。
ジュゼッペは「あっしのような貧乏人は借金をしたくなっても、都合よく貸してくれる奴がいない」と自嘲していた。
それは庶民が――全人口の九割近くが貧乏で、何も持っていない証拠でもある。
誰も彼もが『足るを知る』をお仕着せで過ごす。選択肢は存在しない。
これを純朴と呼ぶか、無知蒙昧と呼ぶかで大きく意味も変わるけれど……とにかく、それが一つの真実だ。
しかし、それで満足できない者は?
どのような経路を通ろうと、最後は『ここ』へ――権力者たちの世界へ来るしかないのだろう。
持たざる者からは何も奪えない。けれど、持っている者からなら奪える。身も蓋もなかろうと時代を問わない真理だ。
そして持っているのは権力者だけな時代だから、
だから女商人のミリサは、権力者たちの闘争現場という危険地域へ身を投じた。
そして僕や母上のような者は、野心があろうとなかろうと……持っているから狙われる。
……朴訥で純真な人ばかりと錯覚した僕の失敗だ。この世界とて、決して楽園ではない。完全に警戒すべきを間違えていた。
大叔父上が変わったのだって、実は不思議でも何でもない。
恐ろしいことに半分以上は、僕が原因だ。……それだけで予見して然るべきとすら!
なぜなら僕は長らく『魂が神の国へいった子供』だった。
それに関して誰にも責任はない。……追求できるとして、この転生を仕組んだ超存在がいた場合だけか。
だけど、これを理由に『北の村』の人達ですら展望は暗かった。
同じ問題をドゥリトル領としては、どのように考えていたのだろうか?
僕は廃嫡され、母上と二人して死ぬまで『北の村』へ幽閉される。これが大方の予想であり、僕が覚醒できなかった未来なのだろう。
しかし、そうなったとしても跡継ぎは必要だ。
さすがに大叔父上が次の領主は難しい。摂政だとか後見なんて形式ならともかく、本人は無理だ。
大叔父上にしても、若かりし日々に折り合いをつけたはずな葛藤を蒸し返されたら面白くないだろう。
でも、大叔父の息子――
まだ十代と若く血統も申し分ない、どころかドゥリトル家存続の正義ですらある。
そして簒奪ともならない。むしろ正しい手順であり……別解と方法論を知ってしまっただけだ。
ここまで大叔父上に罪はない。
……僕の覚醒で、全ては夢だったと――そんな可能性もあったと諦められるのならば。
けれども人は、寸でのところで取り逃がした幻想を尊んでしまう。それこそ呪われたも同然に。
……そうして叔父上は、かつて夢にすら見なかった可能性に魅入られてしまったのだろう。血縁へ手を掛けることすら厭わぬほどに。
そして僕にしても、後ろ暗いところはあるというか……正統性に疑問はあった。
どこまでも「僕はリュカ少年に憑依している悪霊か何か」という懸念は付きまとうし、おそらく晴れることもないだろう。
こればかりは転生の理由というか、細かい事情を説明してもらえなかったのだから仕方ない。
しかし、だからという訳でもないのだけれど、領主の息子に生まれた幸運に感謝してはいても……それに拘ってはなかった。
おそらく平和的な交渉というか――禅譲でも迫られたのなら、また違う結論になったと思う。
こんなことを口にしたら、母上は悲しまれるかもしれないけれど……残念ながら覇気だとか、野心だとか――その類な気概とは、全くに無縁という他ないからだ。
ましてや世界征服だとか天下布武なんて大望は理解不能でしかなく、この時代なりに意識を高くとすら思えない。
我ながら呆れるほどに草食系というか、生悟りというかだけど――
母上を狙ったことだけは許せそうにない! 絶対に駄目だ!
僕の見た目は子供だけど……中身は違う。それなりに嫌な体験もしてきたし……決断もしてきている。
なにより他人の命より大切な何かのある人間は危険だ。
……それも可能な限り迅速に。でき得る限り徹底的にだ。
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