苦い結論

 たぶん『意識高い』だとか『意識高い系』を思い浮かべれば判りやい。ミリサのような人種は、つまるところあの類だ。

 自身が唯一絶対の主であると強く意識し、また少しでも高い場所へ到達せんと欲する人達。

 しかし、それは現代人の感性では当たり前な話だったりする。

 誰だって自分が主人公と考えているし、可能な限りに満足のいく人生を望む。

 ……どこかで器を判らさせられて、やがては妥協の宿命にあろうともだ。

 結局のところ『意識高い』だとか『意識高い系』なんていうのは、まだ何も諦めていない者達の呼称に過ぎない。

 斯くいう僕ですら、自分自身が人生の主と考えている。これで意識高いと呼ぶべきかは判らないけれど……少なくとも誰かの配下や子分じゃない。

 これは領主の息子に転生したのと無関係だ。もう身分の話ではなく、精神的な在り様だろう。

 けれど、この時代にあって、それは異端だったりする。

 父上や母上ですら、自らを人生の主と準えていない。もう半分だけですら、己の自由にはと考えられているだろう。

 これは大人だからとか、責任のある立場だからとか、義理や色々な柵があるとかの話じゃない。

 発想の中になかった。もう選択肢としてすら認識されていない。

 そして僕もミリサという反例を見るまで忘れていたけど、実のところ――

 立身出世という概念は、個人主義を母に持つ近代の思想だったりする。

 ……産声を上げたばかりな資本主義の謳った政治喧伝プロパガンダで、共産主義などと同世代の兄弟だ。

 つまり、逆説的に近世以前の人々は、当然だけど立身出世を望まない。

 概念の理解すらできないし、仮に推奨しても一笑に付される。……これは歴史的な事実だ。

 そして「奴隷に生まれた者は、死ぬまで奴隷」と誰も彼も疑問にすら思わない。

 しかし、それは平民や家臣、戦士、貴族、王の場合でも同じだ。

 学問的には分限思想と呼ばれる世界的傾向だし、封建社会の――身分制度の骨幹を成す。

 ……よって身分の変更方法は――成り上がる方法論は、その存在すら許されない。

 だが、しかし、それでもミリサのように――

 かつえてしまった者は、どう生きれば?


 そして大叔父上だ。

 女性にょしょうの身に留守を任せるより、男子である大叔父上の方が相応しいという空気づくり――ようするに政治的な発言権強化を狙った可能性はある。

 やはり公的な場で面目を潰されれば、面子重視の武家社会では失点だろう。

 しかし、不利な立場での政争を引き起こしそうだし……どんなに得点できたところで、父上が戦地よりお戻りになられれば全てチャラだ。

 正直、意味が分からない。

 そもそも大叔父上は良くも悪くも凡庸な人物で、騒動を起こす印象でもなかったのに……どうしてしまったのだろう?

 だが、思い返してみると覚醒して以来、城へ顔を出されていなかった。

 となれば、この間に何処かで何かをしていたのだろうけれど……その辺の事情、大叔父上はどうなっているのだろう? 僕のように個人で領地を持っているのかな?

 これは盟約の儀が始まるまでに、母上と爺やセバストから詳細をと思っていたのに――



 なぜか朝一で来客を迎えていた。

 ……この地方の流行なのだろうか? 夜討ち朝駆けが。

 それに誰かと思えば西のマレー領が先代、ソヌア老人だ。

 さすがに縁ある方を――自分の盟約の儀へ立ち会っていただいた方を無碍にもできない。……嫌がらせなのか白旗まで用意されてるし。

 うん、判った! この人、変な人だったのか!

 さらに腹が減ったから朝飯を食わせろというので、まあご一緒にと……いまに至る。

「今代のプチマレは――オノウレはじゃ! 倅へポンピオヌスなどという帝国かぶれの名前を付けたかと思えば……この不始末じゃからの」

 などと仏頂面で言い捨てるや、ソヌア老人は朝食にと供した汁物を貪った。

 ……なんだろう? 情報提供と考えたら安いものだけど……この厄介ごとに訪ねてこられちゃった気分は。

 直接に話したことはなかったけど、ソヌア老人はだったの!?

 それに帝国かぶれで、なんたらヌスとか止めて欲しい! まるで帝国がローマみたい思える!

「――って! な、何をしてるんですか? ソヌア殿?」

「いや、この不思議な食べ物を、うちの料理人に見せてみようと思うてな。これは燕麦と大麦で作ったのじゃろ? どちらも儂は大っ嫌いだから、間違うはずもない」

 今朝は軽いものが良いだろうと、レト義母さんが用意してくれた水餃子ならぬ水ラビオリとでも呼ぶべき汁物だった。

 コストや利便性、保存のしやすさなど……手探りながら考えられた試作品の一つで、初見の人には深い感銘を与えるかもしれない。

 でも、いくら珍しいからって現物を持ち帰ろうとしたら駄目だろう!

「あとで調理前のを差し上げますから!」

「おお! ドゥリトルの跡継ぎは太っ腹じゃのう! さすれば後日、料理人を向かわすでな。その者へ作り方から教えて貰えたら――」

「して何用でございますか、このように朝早く!」

 いつまでも脱線し続けそうな老人に焦れたのか、やや母上の語気は荒ぶられていた。

 ……凄い。こうも短時間で母上を怒らす人、初めて見たかも。

「なんじゃクラウディア嬢は変わらんのぉ。短気では損をすると、前にも忠告したであろうに。ほれ、王都で王女と父上レオンの仲を邪推しておった時も――」

「ですから! 何の御用でございますか!」

 ……違った!? 短時間で怒らすどころか、逆に……やり込められて!? これが亀の甲より、年の功ってやつなの!?

「何の御用も何も、端から白旗を挙げておるではないか。降伏じゃ! 命乞いをしに来たのじゃよ、儂は」

 卓上の龍髭糖に興味を惹かれたのか、嗅いでみたり、指を突っ込んで舐めたりしながらの返答だ。

 ……なんというか自由な老人という他ない。

「はい、それも御帰りの際に少しお譲りしますから。――白旗といわれても、それだけじゃ意味が分かりませんね」

 確か紀元前に白旗の使われた記録が残っている。なので現代と同じく、一時停戦や交渉の要求と考えても良かったはずだ。

「ドゥリトルはプチマレを焼き払うことにしたのじゃろ? 儂はオノウレのに巻き込まれとうない! どうか助けてたもれ! これでも御身が盟約の儀に立ちおうた者ぞ?」

 こうまで恩着せがましいとは思わなかったけれど、それよりも発言内容の方が衝撃だ。

 ドゥリトルが――僕らが軍事行動!? どうしてそんなことを!?

 しかし、愉快な老人の戯言と受け取るには、その目が全く笑っていない。

「オノウレは溺れたのじゃろう、その阿呆な知恵にの。正気の領主であれば、これほどに他所の手勢を内へ招かぬわ」

 言われてみると、その通りだ。

 城や城壁の類は、敵が外側にいるから機能する。

 しかし、僕や大叔父上の手勢は内側へいるから……プチマレは籠城という最も手堅い選択肢を、ドブへ捨てたにも等しかった。

 さらに数的優位も失っている訳だから、もしドゥリトル勢に害意あれば成す術はない。

 ……まあ僕と大叔父上が連携を計れば、だけど。

「そのような無法を我がドゥリトルは決して行いません! いくらソヌア様といえど言葉が過ぎるかと――」

「そういう体で、滅ぼすのであろ? 嫌じゃあ! 儂は巻き込まれて死にとうない! なんとしてでも孫の花嫁姿を!」

 半ば侮辱と受け取られた母上は、あまりのことに絶句といったご様子だけど……これは本当に絵空事だろうか?

 この時代、何よりも重視されるのは目撃証言だ。しかし、それは逆にいうと――

 悪事をしたとしても、目撃者が残らぬよう一人残らず始末してしまえばよかった。

 これは僕が性悪とかでなく、世界的な常套手段だ。

 そしてプチマレを焼き払うのであれば、もちろんソヌア老人はリストに名前が載る。

 だから命乞いというのも、まるっきりの冗談でもなさそうだけど……まだ『阿呆な知恵に溺れた』という意味が――


 嗚呼、僕と母上は暗殺されかけてたのか!


 現状をプチマレ勢がよしとしている理由は、大叔父上の手勢を敵と考えていないからだろう。

 そして僕と大叔父上が共謀すれば、確かにプチマレを滅ぼせるけど……同じように僕らをも可能だ。

 ……状況的に大叔父上の謀反へ加担か。

 それならプチマレは盟約を破らず済むし、色々と疑問だった点にも説明がつく。

 基本プランは闇で葬る――盗賊か何かを装って、街道の辺りで母上達一行を襲う。

 手抜かりで目撃者を逃がしたとしても、対外的にはドゥリトルの内輪揉めで押し通す。

 そんな密約が交わされてそうだ。

 なぜなら僕らがプチマレ領を邪魔と感じるように、向こうだって僕らを快く思ってはいない。

 内部抗争を煽れそうなら工作するだろうし、これは『敵の敵と共闘』という単純すぎるぐらいの図式だ。


 しかし、ソヌア老人の視点では、誰が首謀者なのか判るはずもなかった。

 ……確認と忠告のつもりで、僕らを訪ねて下さったのかな?

「とにかく母上の仰る通り、僕らはプチマレを滅ぼしに来た訳じゃありません。……少なくとも今回は。でも、ドゥリトルは恩義へ必ず応えると約束しますよ」

「坊は、もう少し肩の力を抜いた方が良い気もするのぅ。まあ荒事にならなければ、それで儂はええんじゃがの」

 ソヌア老人は事態を面白がるようでもあり、いまいち不満の治まらないようでもあり……なんとも形容しがたい表情だった。

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