付随する性質

 いまだ心の中で警報は鳴り響き続けていた。

 しかし、どうして母上とミリサは、大叔父上を問題と考えているのだろう?

 二人の表情から、そこまでなら察せられるけど……その理由までは判らない。


 ギヨーム大叔父は先代の――御祖父様の弟だ。

 などと説明すると、かなりの老人をイメージしてしまいそうだけど、まだ三十代だったりする。

 父上からにして、まだギリギリ二十代――数えで二十九歳だし、御祖父様も生きておられたら四十代後半だ。

 というよりも十五歳ぐらいで子を成し、その子もまた十代前半で子を儲けたら、下手をすると三十前にして孫ができる。

 それが珍しくもないどころか、推奨すらされる時代だ!

 ……人という種としては当たり前であり、こればっかりは現代人僕らの感性がおかしかったりする。

 そんな訳で現役世代な大叔父も珍しくはないのだけど、なんだろう? 何か異常事態が進行している?

 そしてミリサという女性からの馴染みのある過ぎるぐらいな、こちらを値踏む視線が気になってしょうがない。

 こんな時、失敗は許されなかった。それで痛い目に遭った記憶すら蘇りそうだ。


 またヤクザ・システム的に考えると盟約の儀は、後継者若頭就任のお披露目であり、代々交わしてきた同盟の更新をも兼ねている。

 ……全員悪人で暴力万歳の「なんだこのやろう」な映画などを引き合いにするまでもなく、これは厳戒態勢下で行われるような儀式か。

 粗相でもしようものなら指詰めどころか、剣へ我が身を倒しての償いすら要求されそうだ。……その手のペナルティは、武家の方が厳しかったりするし。

 よって、どこの家でも使者は厳選する。最悪の場合、武力衝突への発展すら起こり得るからだ。

 当然、個人の好き勝手で参加してよい訳がなかった!

 ……二人が問題と――大問題と考えて当たり前だ。

 もう大叔父上がいるだけで疑問でしかない。これだけで査問にすら足る。

 だが、それはギヨーム大叔父にも理解できるだろうから、つまり――

 何らかの思惑を持っているに決まっていた。

 ……拙い。これを考えなければ理解できないあたり、僕は一、二周ほど遅れている。


「無礼な! プチマレ家は受け入れたのですか、この大事を前に!?」

「有意義と思われたようですよ、ここの御当主は。ギヨーム様も御名代に相応しい規模でいらっしゃいましたし」

 ……なるほど?

 でも、その説明だと疑問も残る。かな?

「いくら大叔父上とはいえ、勝手に名代は騙らないよ。それこそ大問題になる」

 だが、この指摘で逆にミリサはニヤリと笑う。

 ……嘘だよね? とてもじゃないけど信じられない。疎い僕にですら拙いと断言できる。

「証拠はありませんけどね。……たまたま小耳に挟みまして」

 聞き及んだのか気になるところだけど、いまは後回しにするしかない。

「判らないな。大叔父上が先回りして、自分こそがドゥリトルの正式な使者と? そんなの上手くいくはずがないよ。前々から母上が名代に立たれると連絡してたんだから」

「吾子、そうとは決まっておりませぬ。女子おなごの身に政は荷が勝ち過ぎるだろうと……こともあります」

 しかし、そう仰る母上は、とても悔し気にされていた。

 領主夫人といっても、つまるところ他家から嫁いできた母上は軽く見られることもある。

 ……男尊女卑という言葉すら生温い時代だ。それを否定しても始まらない。

 そして大叔父上は、領内で唯一の成人済みなドゥリトル家直系男子だ。

 話の流れ次第では、名代の立場を乗っ取れなくも? いや、一門に連なる女性の重責を肩代わりしたと強弁すら可能か?

 しかし、どうして? そんなことをして、なんのメリットがある?


「それはそうと若様達は、逆方向から御出おいでになられたそうで。出迎えの連中が肩透かしを食らってましたよ」

 その水を向ける様なミリサの言葉で、やっと謎が解けた。

 プチマレ領へ真っすぐ行くのであれば、ただドゥリトル城から街道を進めばいい。

 けれど『北の村』へ訪ねる都合で大回り――行き過ぎてから街道を遡る形となっていた。

「僕らは他の領地へ立ち寄ってから来たんだよ」

「それで、だったんですね。でも、お人が悪い。てっきり私は、行違ってしまったかのと。かなり肝を冷やされました」

 ……一々、こちらを試すかのような物言いが癇に障る。

 この場をコントロールでもしてるつもりか? それとも僕を見定めたい?

「でも、若様だって吃驚するくらいなら、先に知りたかったですよね? ギヨーム様と出くわす前に? 驚かさせられるより、驚かしたいでしょうし?」

 しかし、面白がるようなミリサの目は、全く笑っていなかった。

 さすがに判る。この女性は明確に僕という人物を推し量ろうとしてた。

 だが、懐かしすぎるほどに不快であろうと、いまは問題視してられない。

「確かにね。じゃあ大叔父上は、僕が名代と知らないんだ?」

「少なくとも若様が御出おいでになられるまでは、お知りになられてなかったと思いますね」

 なるほど。

 どうやら全員にとって偶然が重なり、誰も得点できていない。そんなところだろうか?

 しかし、これ以上の不意討ちだけは回避できそうだと思った矢先――


 なんと義姉上がお茶の給仕をされて!


 寝巻だったはずなのに、わざわざ着替えなおしているし……これまで見たことのない営業スマイルが怖い。

 いや、一応の肩書は母上付き侍女だし、そろそろミリサを客として待遇するべきだろうし筋は通っている。……筋は。

 これは僕の物の見方が意地悪だとか、そういう類の話じゃない。その証拠でもないけれど、乳母上すら開いた口が塞がらず――

 ダイ義姉さんに睨まれて慌てて閉じる始末だ。

 なぜか義母上はニヤニヤ笑っているし、どうしてか怖い顔をした義姉上の方が赤面してたりで……僕にはチンプンカンプンだ。

 さらにお好みでどうぞばかり、虎の子の龍髭糖まで! 僕の取って置きだったのに!

「これは!? これがお嬢の仰っていた……若様の砂糖!?」

 そしてドヤ顔なダイ義姉さんも理解不能だけど、一目で見抜いたミリサにも驚く他ない。

 でも、お嬢? そして龍髭糖を知っている?

「嗚呼、マリスに――ポンドールに関わりある人か! そうならそうと言ってくれれば良いのに!」

 が、僕にしては察した方な閃きも、その場の全員から顰蹙を買った。……なぜだ?

「……吾子? 最初から朱鷺しゅろ屋の使いと名乗っていたではありませぬか」

 さすがに呆れ顔な母上から窘められてしまった。

 いや、でもマリスの屋号か何かが朱鷺しゅろ屋だったんですか!?

「あの子の家の前を通った時、これ見よがしで趣味の悪い石像が飾られていたじゃない!」

 確かに義姉上の指摘通り、見事な鳥?の石像が門の脇へ飾られていた……かもしれない。 …………うん? ………………なにか引っ掛かるような。

 嗚呼、思い出した!

 確かギリシャ・ローマ系の神様――それも商売を司る神様の御使いが鶏と朱鷺ときだったような!?

 その手のシンボルを商家が看板替わりに飾るのは普通だし、それが屋号として定着することも多い。

 日本で例えるのなら稲毛屋だとか大黒屋などが同じ理屈といえる。出身地ではない、また別な苗字の祖先ルーツだ。

 かといって正式に名乗られたことがある訳でもなく、すぐに僕が察せられなくとも仕方ないだろう。

 それに母上はともかく、どうして義姉上は知っていたのだろう? 情報源は僕と大差ないのに。

「あのお嬢が苦戦というのも納得するしかありませんね。あたしは不思議でならなかったんですけど……やっと理解できましたよ」

 少し砕けた口調でミリサも感慨を漏らす。

 ……微妙に揶揄うようなニュアンスを感じ取れちゃうのは、窺い過ぎだろうか? どうしてかダイ義姉さんも不精々々に頷かんばかりだし!

 また機会を逃してなるものかとばかり、龍髭糖を大量に注ぎ込むのが癪に障る。それはエステルにされる為の秘蔵品だったのにッ!

「まあ、それは僕もだよ。つまるところポンドール――朱鷺しゅろ屋ポンドールの配下というか……子分というか……そんなところなんでしょ? で、ここへ来る予定だったミリサに、便宜を図るよう頼んでくれたとか? ――うん。でも、確かに助かったよ。城へ戻ったらポンドールには感謝を――」

「いえ、いえ、若様! 朱鷺しゅろ屋のお嬢に頼まれたのは事実ですけど、子分じゃありません。あたしの親分は、あたし自身です!」

 太々しくお茶を啜りながら、ミリサは不遜すれすれの言葉を口にしていた。

 ……うん。それもそうなのだろう。

 僕だって一目でと理解し――そういう人種と思い出し、最初から構えざるを得なかった。

 ミリサは野心を内に秘めている。いまだかつえている者だ。それを隠すことすらできないでいる。

 喉に刺さった小骨が抜けたかのように、その事実が腑に落ちていく。

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