密使

 そして僕らは、また夜に来客を迎えていた。


 ……順を追って話そう。でないと伝わる気がしない。

 プチマレ領へと入った僕ら一行は、なぜか転び出てくるほど慌てた出迎えに応じられた。

 家令を名乗っていたから、ドゥリトルでいったら爺やセバストな文官を束ねる偉い人だろう。

 おかしいような、べつに変でもないような……それでいて違和感は残る。

 ドゥリトル家だったら出迎えは騎士ライダーへ任せると思う。

 でも、領地のトップが騎士ライダーだと、その次席も騎士ライダーとはいかないから仕方ない?

 だが騎士ライダーならば――それも王直属の騎士ライダーであれば、一人や二人は乗り手を抱えていてしかるべきだろう。

 彼らは騎士ライダーと扱われはしないけれど、同程度の教育を受けた上級軍人と見做されている。

 まだ細かく明文化される前であっても、礼節の点で問題ない。……地域性なのか文官は、裏方的認識が強いし。


 さらに領主の館へ案内されるのかと思いきや、なぜか大きな平屋建てへ導かれた。

 おそらく領内で二番目――領主館に次いで大きな建物とかだろう。

 ご自由にお使いくださいというから、つまりは僕らへ割り当てられた宿らしい。

 よくよく考えたら領主の館にはプチマレ家一党が住んでいる訳で、『北の村』の時とは事情が違う。

 『北の村』領主館は空き家だったいうか……厳密には僕の家であり、誰も使ってなかった。よって僕らが使ったところで、誰も困りはしない。

 けれどプチマレの領主館で一部屋か二部屋ほど借りれたとしても、逆に困る。

 その程度へ僕らは入りきれやしないし、領主館の収量力も超えるだろう。これは常識的な対応とみるべきか。

 ……ただ母上が微妙に首を傾げてらしたのは、特記しておく。


 そしてウルスは織り込み済みとばかり、兵士達に天幕を設営させた。

 なるほど。そもそもプチマレ領の収容力では、僕ら百人を迎え入れられやしない。

 兵士達には庭で野宿させるか、なんらかの用意をするかで……こんな時に適当を許さないウルスの性格だ。考えているに決まっていた。

 でも、それが百名規模となった理由の可能性もある。もしかしたら二十名規模ぐらいに収めとくべきだった?

 いや、古い盟約の締結を、半端な名代で済ませられない。下手したら侮辱と受け取られる。

 つまりは母上か僕が出向くしかなく、この規模は最小限にも近い感じだ。

 ……出来事に合わせて正しく振る舞っても、それが却って相手への嫌がらせになりかねなかった。なかなかに世の中は複雑だ、この時代であっても。


 カサエー侵攻より昔――まだ騎士ライダーなどが確立する以前、御先祖様達は各部族の戦士を束ねる長だった……らしい。

 その頃はドゥリトル家もプチマレ家も似たような権勢で、お互いに同盟を結ぶに足る存在だった……のだろう。

 しかし、幸運にでも恵まれたか、それとも余程に上手く立ち回ったかで、我らが御先祖様は大領主へまで上り詰めた。

 ちなみに僕個人の意見では、何代か前のドゥリトル家当主――特にカサエー侵攻前後の世代が賢かった説をとりたい。その手の逸話が多いし。

 とにもかくにも話を現代へ戻せば、いまや格差は際立っている。前世の言葉で例えるのなら……旗本と大名ぐらいの差だろうか?

 そしてドゥリトル家には保つべき体面というものができ、プチマレ家にも経済的な制約がある。

 古くからの盟約とはいえ、変わらぬ友人付き合いは苦しくなりだしていた……のだろう。


 また友人付き合いという発想で、我ながら愕然とさせられた。

 無意識に「いつになったらプチマレ領主は挨拶に来るのだろう?」と考えていたからだ!

 出会う人は全員が家臣という環境に慣れ過ぎて、完全に毒されていた!

 プチマレ領主は御先祖様の代から続く友人であり、現状がどうあれ部下ではなかった。当然に臣下の礼も求められない。

 ……すでに友人付き合いの維持が困難であろうともだ。

 おそらく立場の違いを臭わすだけでアウトだろう。それだけで武力衝突へ発展しかねない。

 もう面倒臭いことこの上ないけれど、しかし、だからといって盟約の破棄も不可能だ。

 それを選択肢に認めてしまったら、他家から盟約を破棄されても文句は言えなくなる。

 やはり同盟というものは、勝手に破棄できないからこそ意義がある……はずだ。



 しかし、そんなことを考えているうちに夜となった。

 当然にプチマレ領主が挨拶へ来ることもあり得なくなり、かといって僕から訪問も遅い時間だ。

「客の礼儀として、いまからでもプチマレ領主へ挨拶するべきと?」

「いえ、すでに夜も遅いでしょうから……そうするべきだったのかなぁ、と」

「吾子であれば……まあ悪いアイデアでもありません。礼も守れますし。でも、私はガッカリしたでしょう」

 どうしてか母上は面白がられていた。

「なぜです? 先祖伝来の古から続く盟約相手ですよ? 多少の礼を示さねば?」

「だからといって子犬のように懐く必要はないでしょう? まあ吾子の場合、微笑ましいと思われるかもしれませんが」

 ひょっとして……お揶揄いになられてるのかな?

 いや、半分以上は真面目な雰囲気だ。となると――

 僕のような年幼い者が礼を示しても、それに裏の意味などなく……いわば正しい道徳の結果とでも受け取られる。そんなところかな?

 またドゥリトル側から挨拶へ行くのを歓迎しない。そう暗に仄めかされてもおられるのだろう。

「では、プチマレ側からの挨拶を待つべきと?」

「……いいですか、吾子? 我が家は友人に礼を要求しません。 ――あちらで勝手に気遣われてしまったら、それはそれで仕方のないことですが」

 なる……ほど?

 友人からの挨拶を待つのは卑しい行いだけど、結果としてなってしまうのはしょうがない?

 もしかしたら僕は、外交の奥義を――少なくとも、そのうちの一つを教わっているのかもしれない。

 だが、そんな感慨に耽る間もなく、控えめ目なノックの音に母上の講義は中断された。

 もちろんドゥリトルの関係者だろう。

 ウルス指揮の下、この屋敷は万全の警備が敷かれている。騒ぎを起こさず僕らの部屋まで来るのは不可能だ。

 しかし、それでも取次にブーデリカが出て、どうしてか怪訝な顔で戻ってきた。

「クラウディア様、朱鷺しゅろ屋の使いと申す者が、御目通りを願い出ているそうです」

 ……どこの誰のことだろう? 母上の知り合いかな?

 が、なぜか背後で寝ていたはずの義姉上が跳ね起きた!

 ……ちなみに肩書は母上付きの侍女だから、本当なら取次はダイ義姉さんの役目だったりする。

 呼応するようにターレムが僕の傍へ移動し……嗚呼、こいつ僕を盾にしやがった!?

 不機嫌な義姉さんに八つ当たりされるのも珍しくないとはいえ、その態度は守り犬としてどうなんだ!?

 というか義姉上は御不興なの!? どうして!? そこまで寝起きの悪い人じゃないよ!?



 そんなこんなで夜も遅くに『朱鷺屋の使い』を名乗る客を迎えていた。

 若くは見えないけれど、まだ三十路には入ってなさそうな女性で……なんというか枯れた雰囲気ではなかった。

 さらに部屋へ招かれたのに跪くでもなく、貴人の前だからと顔を伏せるでもなく、だからといって礼を失してはおらず……なかなか堂々とした態度だ。

 そして、どうしてか心をざわつかせる。

 懐かしくありつつ、それでいて……なんというべきか……軽い警戒信号とでもいうべきものを感じてならない。

 でも、なぜ? そして、なにが?

「確かに朱鷺屋の使う紋が入ってます」

 身の証にと示された指輪――それも黄金の!――を返されながら母上は頷かれる。

 まだ家紋や紋章は確立していないけれど、古代ローマの頃から指輪が身分証明書代わりに使われることもあった。

 指輪で個人や家系を意味するシンボルマークを捺印し、それをメッセンジャーの証とすることもあったし……もうワンランク上のグレードとして、指輪自体を使いへ持たせることもある。

 この女性は現物、それも高価な金の指輪を託されているぐらいだから、絶対確実に使者と認めて貰いたかったのだろう。

「それで……このような夜更けに、何用ですか? 事と次第によっては、許しませんよ?」

「私、しがない行商人の女房でミリサと申します。急ぎ御注進したきことがありまして……もう御耳にされたでしょうか? ギヨーム様がいらしておりますよ、このプチマレ領へ」

 しかし、せっかくの情報も、すぐには意味を理解することはできなかった。

 大叔父上が? でも、なぜ? そして、それって重大事?

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