若き管理職の悩み

「なんていうかさ……変じゃない?」

 切り出し方に悩みつつも、結局は率直に問い質すことにした。……どのみち僕に腹芸なんて無理だ。

 が、むしろ裏目となったらしく上手く伝わらなかった。

「そうなんですかい? あっしには、その……何が普通なのか、よく判らねぇもんですから。確かに坑道みてえな入り口はありましたし、オンボロ小屋も残ってやした。きっと、その山師?ですか? そいつらが使っていたんじゃないかと。このバケツや石も、そこで調達したもんですし。でも、あまり長居して置いて行かれちまったら事ですから、じっくり観察ともいきませんで」

 どうやら偽鉱山の様子を聞かれたと勘違いしている。

 しかし、これは僕の聞き方が悪い。近くを通ると聞いて、ジュゼッペに様子見とサンプル採取を頼んだ直後だし。


 そして馬で移動している僕ら本隊から離れて独り偽鉱山まで行き、さらには追いつく……どれだけジュゼッペの足は速いのかと、奇妙に思われる方もおられるだろう。

 でも、それが事実だし、実際には不思議でも何でもない。

 なぜなら僕らの足は遅いからだ。

 もう普通に歩く速度より緩やかというか……人によってはダラダラと感じるかもしれない。

 しかし、それは考えてみれば当たり前の話で、僕らの内で最も遅い者に足を合わせねばならず、必然的にのんびりした道行となる。

 ……徒歩や馬が主力な時代の行軍距離は一日に十五キロ程度で、精鋭部隊であっても倍が限界といったら伝わるだろうか?

 これを現代日本の地名で例えると「軍勢が吉祥寺の辺りへ到着しても、まだ皇居まで一日の距離。一気に攻め上がるには遠い」な感じか。

 だが、単独行で考えると話は変わる。

 皇居から吉祥寺を一日で往復できる者など珍しくもない。豪の者なら二往復すら可能だろう。

 それに比べればジュゼッペを斥候よろしく派遣といっても、それほど過酷な任務でもない……はずだ。

 むしろ僕としては、話し掛けるためのきっかけ作り程度で――


「いや、そうじゃなくて、さ? 一昨日辺りから元気ないというか……何か思い悩んでいるというか……じゃない?」

「へ? あー……そのぅ……えへへ」

 嗚呼、神様! このおっさん、あろうことか恥じらいやがったでございます!

 そして家来を持つ――人を雇うということは、自動的に管理職なことを理解した。遅まきながら、言葉でなくこころで!。

 ……この経験を積ませる目的で母上は、渋々ながらジュゼッペの雇用を薦めて下さったというのに!

 もう、こうなったら自棄だ。ずばり核心をついてしまおう。

「お金? いまのお給金じゃ苦しいとか……あー……借金があったとか?」

「ちょっ!? なにを仰るんですか、若様! いや、そりゃ確かに大工でえくだった頃より……その、まあ……多くはありませんけど。でも、いまだって食うに困らないぐらいは十二分に! それにあっしのような貧乏人は借金をしたくなっても、都合よく貸してくれる奴がいないんですぜ?」

 なるほど。これは目から鱗だ。

 古い時代は年利百パーセント――倍返しが相場らしく、素人目には金貸し天国かと思いきや……それぐらいにリスクマネージメントをしなければ成立しなかった――貸し倒れてしまったのだろう。

 そもそもジュセッペのような庶民を相手にしても、その収入は高が知れてる訳で、とてもじゃないがリスクや労力に見合った結果を得られそうもない。

 よって正業としては、我が家のような資産家だけを相手とするか……某嶋くんバリに闇金化するしかないのだろう。古典作品の金貸しが、判で押したような悪人だらけとなるのも納得だ。

 しかし、なんだろう? この何とも言えないモニョモニョした感じ!

 のび太に鋭いツッコミを返されたドラえもんは、こんな気分だったり!?


「じゃあ、女の人!?」

 自棄のついでとばかりに踏み込んだ追及は、意外な結果をもたらした。

 ……何人かの兵士達が吹き出してしまったのだ。

 それまで職務規定と礼儀に則り、まるで『俺達は感情のない機械。それも戦う自動人形だ』な仮面を被っていたのに!

 いや、これは僕の方に非がある?

 つい忘れてしまいがちになるけど、僕の見た目は小学一年生だ。

 ……言動から、もう少し上に見られてるかもだけど、とにかく、やっとこ児童で間違いない。

 そんな言わば『子供殿様』が賢しげに家来の女性問題に言及すれば、誰だって珍妙に思うだろう。

 嗚呼! それに! 黙って見ておられた母上の御様子が! さすがに僕(数えで七歳)には早いと!? いや、そうお考えになって当然か!?

 これでジュゼッペが――

「いやー……昨日みかけた尻が群抜グンバツの村女に――」

 などと口走ったら、色々と終わる! 特にジュゼッペの安定した生活を重点的に!

 だが、僕の心配をよそに当の本人は、意外な返しをしてきた。

「いやー……あっしはもう、とんとの方は。それに何ですかい? その手の話をするには、まだ早い気がしますぜ?」

 そういってジュゼッペは、時刻を推し量るように空を仰ぐけれど……もしかしたら婉曲に「子供には不相応」と咎めているのかもしれない。

 まあ、僕の精神年齢的には足りてるとは思うけど、それが求められるべき正しい対応だろう。少し見直した。

「……うん。余計なことを言ったね。でも、そうじゃないとしたら、なんなのさ? その溜息の原因は?」

 もう降参とばかりに駆け引きめいた手法は投げ出したのに、しかし、なぜかジュゼッペは挙動不審となった。

 ……特に母上の顔色を窺っている。

 でも、お金や異性の問題でなく、それでいて母上に歓迎されない話って何だ?


「若様にお話はしていませんでしたが、あっしは一人前の職人となってから、あちらこちらを渡り歩いてたんでさぁ。それでお隣のスペリティオ領にいたこともあるんですが、その頃の知り合いとバッタリ会いまして」

 うーん? その程度で思い悩んだり、母上の目を憚ったりするかな?

 が、母上にはピンときたらしく、とたんに御不興となられた。

 当然、それを察知したジュゼッペもビビっている。

「いいから! 後で許して下さるようお願いしてあげるから! もう全部言ってしまいなよ! で、その知り合いが『北の村』にいた訳?」

「そうじゃないんでさぁ。会ったのは一昨日――御城から出掛ける時で。なんとダニエルの奴、いつの間にかドゥリトル領へ引っ越していたらしくて」

 なるほど。そりゃ、僕ら一行の中にいれば目立つ。知り合いから声を掛けられることもありえるだろう。

 でも、それだけでは説明不足だ。話下手なのもあるだろうけど、いまいち理解しきれない。

 首を捻る僕へ、ジュゼッペは必死になって事情を説明し続ける。

「こっちが驚いちまうぐらいダニエルは見すぼらしくなってまして……職人仲間の間じゃ伊達者で通っていたのに。それでも気心通じた間柄でしたし、互いの無事を喜んだり、奴も『いまは若様にお仕えする家臣なのか!? 出世したなぁ』とか褒めてくれたりで……――」

 相手はともかくジュゼッペの方は放浪癖があったのだろう。

 それなら友人に心配されたりも納得ではある。……旅が危険な時代なだけ尚更にで。

「あっしの方も心配になって『どうしてドゥリトル領に? 自慢の工房はどうした?』と聞いちまいまして……すいません」

 ……なぜ謝る? それも僕に?

 しかし、そこで母上が大きな溜息を吐かれた。

「大方、そのダニエルなる者に口利きを頼まれたのでありましょう?」

 口にするまでもなく、そのジュゼッペの困り顔が雄弁な答えとなっていた。


 そして自分が権力者であるという事実に驚嘆せざるを得ない。

 僕はドゥリトル領のナンバースリー――父上、母上で、その次が僕――だ。

 いまだ法治国家ではなく、受け継がれてきた掟の優先される世界だけど……それすら場合によっては――力さえ持っていれば捻じ曲げられる。

 つまり、法治国家での制限に比べたら遥かに緩く、その上、怖いぐらいに融通も利いてしまう。

 また権力には、お金と決定権が備わっている。どう解釈しようと、それが時代すら問わない事実だろう。

 当然、それを求めて群がる人々も多い……どころかドゥリトル家は、それを利用する立場だ。

 ジュゼッペに口利きをしてもらえば、自分も同じく召し抱えて貰えるかもしれない。面接へ漕ぎつけられるだけでも御の字だ。

 もしかしたらダニエルという友人は、そんな風に考えたのかもしれなかった。


「でも、奥方様! やっぱり偉い人との仲裁は、偉い人に頼まないと! あいつだって必死なんでさぁ。嫁さんの忘れ形見な一人娘を妾にだなんて、あんまりな話じゃありませんか!」

「……なにを言い出すのです、突然?」

「ですから、逃げてきたダニエル達へ御恩赦を!」

 なんだか雲行きが怪しい。どういうことだろう?

「……御領主が側室にと望まれたのであれば、ありがたくお受けするのが臣下の筋というものでしょう」

 が、そうお答えになりつつも母上の表情は苦かった。やはりダニエル親子に同情的なのかもしれない。

「ダニエルの娘っ子は、まだ十一ですぜ!? それをお召しになるなんて、さすがにあんまりでさぁ!」

 話の途中で指を折りだしたのはご愛敬だけど、それでも言わんとすることは伝わる。

 それに数えで十一歳ということは小学五年生……いや、下手したら四年生だ。もう『戦国ロリコン☆前田利家』越えすら狙えてしまう。

 ……当時の人々ですら、あの偉業にドン引きだったのに!


 さらに予想外の難しい問題へ発展しそうでもあった。

 細かい決めごとまでは判りかねるけれど、他所の領主に追われてる者を匿ったりはできない……と思う。

 しかし、ここまで聞いて傍観というのも、なんというかドゥリトルのメンツが立たない感じだ。

 また子分に泣きつかれて親分が知らんぷりするようでは、それ以後に忠誠を得られなくなってしまう。

 結局のところ武家は、義理こそ全てだ。その為に死ねと命じるには、まず自分が殉じなければならない。

 ただ、それらを抜きに――今生から学び始めたばかりな難しい理屈は抜きに、助けてあげたいとも思った。

 素直にそうするべきと感じたのだから、そうするべきだろう。

 とにかく何か言われる前に、まず意思表示をしてしまおうと口を開きかけ――

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