受け継がれし未来への負債
「なのに先代様は『でも、偽の鉱山なんて王国のどこにもないよ? むしろ自慢しても良いぐらいじゃないか?』と仰ったのです! あれだけの費用を掛け、結局は騙されたというのに……それを自慢しようなどとは!?」
次いで珍しく昂られた母上は、さも忌々し気に赤色の目立つ小山を指さす。
「結局、山師などという輩は、それっぽい山があれば、とにかく話を持ち掛けてくるのでしょう。何が専門家ですか! めでたく鉄がでれば重畳。そうでなければ逃げ出し、また何処かで同じことを繰り返すに違いありません!」
聞いている僕は苦笑いというか、その憤慨する母上の御様子がなぜか微笑ましく思えたりで……ポーカーフェイスを維持するのに困るぐらいだ。
僕らは再び馬上の人となっていた。
と言っても、また様相は変わっている。
『北の村』を出立する時から、まあまあ広い道――傾斜のない山道というより、なんとか広くしようと苦労して拓きました的なニュアンスの道だった。
ギリギリ馬二頭が並んで進める規模といったら伝わるだろうか?
その謎に首を捻る暇もなく、理由も知れる。より立派な街道へ――カサエー街道へ合流したからだ。
もう考えてみれば、なるほどと苦笑いをするしかない。
村人にとっては領都への近道より、街道への方が重要だし……それは荷馬車などが通れる必要もあるのだろう。
領主の息子にして領都在住の僕にすれば
が、そんな感情はカサエー街道を見たら霧消した。
古代から中世にかけての街道と高を括っていたら、その規模に驚愕させられたからだ。
まず道幅が広い。
大人が両手を広げて二人分ぐらいだから、例の如く当て推量で現代の数値へ換算したら四メートルぐらいだろうか?
そして両端も角材で正確に区切られ、果てしなく真っすぐだ。
両端が角材といわれ、勘の良い方なら首を捻られただろう。その直観は間違っていない。
この街道には歩道という概念がある! 明らかにだ!
ただ真っすぐ原生林を切り拓くだけでも大変なのに、両サイドへ歩道という余分まで!
街道沿いの樹々を余計に取り除くことで、本道が根などの成長で壊されるのを防ぐ為らしいけど……その発想を実現してしまう規模に腰を抜かしてしまいそうだ。
もちろん路面も土のままではない。
『北の村』の人々が拓いた支道は剥き出しな地面のままなのに、カサエーの街道は砕石と土で転圧――押し固めてある。
古代から既にアスファルトやコンクリートもあったというから、その類かなと首を捻っていたら、どうにも違うらしい。
ジュゼッペによると帝国本土では、さらに石畳で補強されてて……つまり、まだカサエー街道は作りかけらしかった。
僕には『もの凄く立派な砂利道』の完成品と思えなくもないんだけど、まだ手を加えるわけ?
さらに母上の仰るには、王都やその近辺では王が躍起になって工事を進めていて……それが財政難の原因ともなってるらしかった。
しかし、大丈夫かな、うちの王様。
帝国が立派な街道を欲しがるのには、いくつか理由がある。
まず属国から帝都へ税を納めさせねばならない。それで実用に足る街道が必要だ。
さらに全ての版図は、次の戦争で補給路にもなる。
もし帝国が前世のローマ帝国であれば、拡大が国是であり、侵略戦争してないと死んじゃう
そして流通から得られる利益も大きい。もう軽視できない規模だろう。
以上の理由で戦争帝国の場合、異常なほど街道整備に腐心の傾向にある。
だが残念ながら我らが王国には、活発に売り買いするだけの資源と資本がまだ無い……はずだ。
よって現状はカサエー街道――立派な砂利道でも足りる……と思う。
僕達は、先に基礎文明力を高めた方がいいはずだ。
ましてや帝国とは戦争中なんだから、無駄使いしている余裕もない。
なにより街道への投資で得られるのは、自己満足でしかないのに……なぜ、そんなことに熱心なのだろう?
母上の聞き役を務めつつ、まだ見ぬ王の人物像へ思いを馳せていたら、ようやくジュゼッペが戻ってきた。
どこで調達してきたのか、手には小さいバケツを提げている。
「これがご注文の石かと」
そのまま並走しながら中身が見えるようにしてくれたけど、触りたかったので受け取ろうとしたら……無理だったのを、さりげなくブーデリカに助けて貰った。
気にせず、そのまま馬上でバケツの中を調べる。……いちいち貧弱な身体を嘆いても始まらない。
バケツの中の石は、前評判通りに赤かった。
赤錆色といわれたら、そう思ってしまうかもしれない。そんな赤だ。
駄目元で手に持って重さを調べてみる。……ひどく軽い、かな?
良質な鉄鉱石は、その半分近くが鉄だ。なので重くなくてはいけない。
試しに軽く爪で擦ると、逆に石の方へ傷がついた。柔らかい。それも爪より柔らかいのなら硬度二以下か。
「誰か磁石を持ってない?」
しかし、この何の気ない発言は、周りの人々――同じように馬で街道を進む母上や
ちなみに徒歩で付き従う兵士たちは、めったに僕らの会話へ口を挟まない。そういう礼儀作法……なんだと思う。
「吾子、JISYAKUとは何なのです?」
「……へ? 磁石とは……えっと……何もしないのに鉄へ近づけるとくっつく石とか金属で……うーん? そうとしか説明のしようもないような……」
なるほど。当たり前に鉄が在りふれていない時代は、同じように磁石も活用はされない訳で……つまりはマイナーな品物なのか。
人類最古の磁石に関する知識は、ギリシャの哲学者が「不思議だなぁ」とか記述していた程度だったかな? うん、絶望的だ。
しかし、意外な人物から助け舟が出された。
「若様! それはおそらく『マグネ石』のことでございましょう!」
するすると馬を寄せてきたウルスが、得意げに教えてくれた。
……マグネ石? マグネットのこと? いや、この地域で磁石を指す言葉かな?
「うーん? そのマグネ石……かな? 鉄にくっつく?」
「正しくマグネ石でございましょう!」
断言しながら首から下げていたらしい小さな袋を取り出し、僕へと寄越してきた。
……もしかして現物を持っているってこと?
礼を言いつつ袋を開けて確かめてみれば、中身は自然石っぽい見た目だ。確かマグネタイトとかいうんだっけ? これが磁石だとすれば。
食事用のナイフ――例の先代コレクションの一つ――を取り出し、近づけるとくっついた。うん、磁石だ。
「これは
ナイフの先へくっつけたり離したりを見せながら説明する。
皆の反応から考えると、どうやら知らなかったらしい。
まあ、この世界の人々が鉄と青銅を見間違えたりはしないだろうし、鉄と偽って他の金属で騙されることもないだろう。……騙す用の素材を調達できないし。
続いてジュゼッペの拾ってきてくれた石と磁石を近寄らせる。
「つかない。これは鉄鉱石じゃないね。鉄鉱石なら磁石がくっつくんだ ――これは何処で採掘したの? むしろ磁石は鉄鉱石だよ? 溶かせば鉄になる」
確か古代の日本は砂鉄――砂状になったマグネタイトから精鉄をしていたはずだ。あまり質が良くないけど、鉄鉱石の一種ではある。
「こ、これを溶かすなんて! か、返して下され、若様! 何処で採れるのか知りませぬが、それは……その……先代様より褒美にと賜った物で!」
珍しくウルスは慌ててたし、なんとなく母上の視線を避けている風だ。
「おそらく先代様の――
「大事にしていてくれて、きっと御爺様は御歓びになられてると思いますよ? とにかく、いま役に立ったのは間違いありませんし」
などと母上を宥めながらウルスへ宝物を返しておく。
ウルスもウルスで受けるや否や、何事かもごもご言いながら僕や母上の傍から離れていった。……我が師ながら逃げ足が速いなぁ。
そして密かに結論も得ていた。
赤鉄鉱と間違われやすいのに、それより軽い上に柔らかく、さらに磁石もつかない。
この先代が騙された鉱石は、おそらくボーキサイト――つまりはアルミンだ。
もう少し調べた方がよいけど、まず間違いないだろう。
それにヨーロッパにあるのかと考えるのも馬鹿らしい。
ボーキサイトという名称は、フランスの地名由来だ。名付け親もフランスで採集していた。ヨーロッパでも発見できる。
しかし、アルミンだと……ちょっと僕には使いこなせそうにない。
もちろんボーキサイトといえばアルミの原材料であり、未来技術には必須だ。空母など、モリモリと食べてるんじゃないかってぐらいに使う。
だがアルミの精製には「主な材料は電気」と揶揄されるほど電力を必要とする。
もちろん、いま現在の発電力はゼロだ。そして将来的にも発電へ手を出すつもりはない。
なぜなら『
ちなみに、こんな風に書かれている。
『例えば南海の孤島へ独り漂着し、どうしてか島に生きている電気コンセントがあったとします。
貴方が即座に活用方法を思い浮かべられる場合、異世界でも発電系チートを使いこなせるでしょう。
しかし、そうではない場合、貴方は多大な苦労の末、発電可能となるだけです』
結局、僕は手っ取り早くて確実な成果を、発想はもちろん理解すらできなかった。
中でも電気分解は代替不能な手法だから、是が非でも欲しいところだし、信じられないぐらい数多くの物質へもアクセス可能となる。
けれど専門的に化学を修めたとかでもなければ、とてもじゃないが使いこなせそうになかった。
そもそも『
やはり発電系チート――一万の努力で百万の結果を得る方法は、人を選ぶ。
凡人転生者?は凡人らしく、一の努力で十の結果を繰り返して積み上げるしかないだろう。
がっかりしながらバケツをジュゼッペへ返す。
「ありがとう。城で詳しく調べるから、持ち帰りたい。適当にしまっておいて」
しかし、黙って受け取って無言で肯いて去ろうとしたのは押し止める。
むしろ本番はこれからだ。
……ヘッポコ若様による、これまたポンコツ家来の精神的ケアの!
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