辛い役目
……ボー――奴隷に?
息子を奴隷として売り込むなんてと、反射的に強い忌避感を覚えたが……不思議なことに誰も変と感じてはいない様だった。
ひとり合点にボーが奴隷を指す言葉と覚えちゃったけど、それが間違って?
またプォールに指摘され、問題点にも気付かさせられた。
この新しい養蜂スタイル――日本の重箱式養蜂は上手くいくと思う。
より収穫量の見込める近代式を避けてまで、導入の簡単な方を選んだのだから、成功してくれなきゃ困るくらいだ。
試行錯誤に苦労したとしても、おそらく三年ほどでそれなりの形にはなるだろう。
だが、それでは『北の村』のプォール一族だけが恩恵を被って終わりだ。
領内全域へ伝播させるには、専門家――つまりはプォールかジュニアのどちらかが携わらなければならない。
下手したら十年はかかる上、その後も近代式への研究が残っている。それこそ村で家族を養いながらは難しい。
結論的には誰かを人柱とし一生を捧げて貰うか、何もしないかだ。
それでも蜂蜜の生産向上は捨てがたい!
仮に三倍止まりでも、価格は現状の半分以下となる。色々と上手くいったら二、三割も夢ではない。
龍髭糖との合わせ技も考えたら、もう甘味料問題は大部分が解決する。
また『
似非科学と誹られがちだけど、プロポリスは歴とした天然抗生物質として科学的に効能も立証されている。
ただ天然の薬効成分群にありがちな特性もあり……つまりは異常な量が必要なだ。
本気で服用の抗生物質として利用するなら、毎食おきにスプーン数杯は必要と思われる。
そんな風に使う古代人もいなかったので、いまいち効果が不安定で迷信の親戚と考えられたのだろう。
しかし、紛れもなく抗生物質で――万能薬だ。
傷口へ膏薬と混ぜて塗れば強力な化膿止めとなるし、服用すれば敗血症予防となる。
様々な流感に対応だって可能だ。……信じられないぐらいの量を食べなければならないけど。
それでいて他の抗生物質――ペニシリンやサルファ剤に比べたら馬鹿々々しいほど簡単に入手できるし、専門知識もいらないし、万が一の耐性菌問題も起こりえない。
そんな便利な生薬がセイヨウミツバチの巣から採取できたし……なんと養殖すら可能だ。
外壁部分に隙間があるとセイヨウミツバチは抗菌性の素材――
その習性を逆手にとって巣へ隙間を作っておけば、そこは必ず蜂ヤニで埋められるので……つまりは確実に入手という訳だ。
さらに『奇貨居くべし』ともいう。
ここまで機に応じた人材も、そうはいない。絶対に確保するべきだ。
しかし、それが正解なのだろうか?
ささやかだけど世界は確実に変わる。成功すればドゥリトル領が潤うほどに。
でも、それに責任を負える?
そして誰かを奴隷にしてまで叶えたい物事なのだろうか?
「問題なければジュニア君を雇いたい。ボーとしてではなく」
……我ながら折衷案にしか思えないけど、まあ落としどころではあるだろう。
そしてボーに関しては、早急に正しい知識を得なければならない。重要な宿題だ。
が、これはこれで意外な反応が返ってきた。
「倅を! 倅を若様の家来にして頂けるのですか!?」
……そうなるのか。
もしかしたらプォールの立場だと家来の身分は求めすぎで、慣例的にNGだった? それでボーにしてくれと願い出て?
というよりも最初から息子を売り込むつもりだったとすれば、すべてのことに説明もつく。……窺い過ぎだろうか?
そして背後で寝ていたはずの誰かが、起き上がった雰囲気がする。うん、サム義兄さんには気になる展開だ。
「えっと……ジュゼッペと同じ待遇? 城に住み込みで、お給金も―― ジュゼッペのお給金っていくら?」
「へっ? 御手当ですかい? 週に小金貨一枚を頂いておりやす。他は盆暮れに大金貨一枚のお約束を」
……またボンヤリしてたな。さすがに
しかし、いまは目の前の問題を解決が先だ。後回しとするしかなかった。
「なら、それと同じくらいかなぁ……いや、ジュニア君は城と『北の村』を頻繁に往復するだろうから、こっちでの生活費も――」
「いえ、いえ! こんな青二才には、週に小金貨一枚でも過分というもので! もう寝床と飯を与えて下されば! 村にあっしの家もありますし!」
また凄いこと言い出すと思ったけど、よくよく見てみれば違った。
感動しているのかプォールは涙ぐんでるし、すでにジュニアの方は感涙している。
……うん。また何かやっちゃいました、だよ。
領民から末席でも家来だと、何階級特進になるんだろ?
でも、ジュゼッペと同じということは、決して高給取りじゃない。確か城の住み込み兵士と同じ水準だから、むしろ薄給の部類だろう。
足りない部分は雇い主として僕が配慮であり、他との兼ね合いを
……さすがに感動で涙とは思えない。これは調べてみる価値がありそうだ。
それに想定外に湿っぽい雰囲気となってしまったし、どう収拾をつけようか悩みかけたところで――
わざとらしい咳払いが聞こえた。
……ドナタカナー。
後顧を憂うのは気が進まなかったけれど、そんなことをしたら数日はヘソを曲げてしまうだろう。
精一杯の愛想笑いと共に、我が義姉上を振り返る。
……嗚呼、御立腹だ。
下着の上下で寝巻代わりに
義姉上! いくら子ども扱いとはいえ、はしたないのはいけないと思います!
「そろそろお休みになられた方が宜しいのではなくて、リュカ?」
僕のことを気遣う風だけど、言外に「五月蠅い」としか受け取りようがない。もしくは「さっさと抱き枕に! 役目でしょ!」だ。
「え? お前、義姉さんに抱き枕扱いされてんの?」などと問われる方もおられるだろう。
残念ながら答えはイエスだ。
日常的に僕らは母上に僕、レト、サム義兄さん、ダイ義姉さん、エステルと一つのベッドを共有している。
城ではターレムも足元が定位置だし、今回のようにブーデリカが帯同していればブーデリカもだ。
そんな習慣なので、すっかり義姉上は抱き枕の代わりに僕を――
え? その話は後でいい? 先に小一時間ほど問い詰めたいことがある?
なんとなく何を言われるか予想がつくので先に述べておこう。
僕は潔白だ!
確かに義姉上からは抱き枕扱いされ、エステルも寝ぼけて抱きついてくるけど、そんなの日常茶飯事でしかない! 特筆すべきことなど何もないのだ! げへへ!
これは近しい者同士で同衾し、互いが暖房代わりとなる生活の知恵であり、これが当たり前の時代だ!
夜中に起きた義姉上のお供でトイレへついて行ったり、そこで怖がる義姉上の為に歌わさせれたりと……けっして羨まけしからんことばかりではない!
それに「父上の遠征中は母上と僕だけで寒かろう」という配慮が発端だ。
現代人らしく独り寝を願えば叶うだろうけど、しかし、僕には人の厚意を無碍にもできず――
よって僕は潔白だ! 問題ない! 許される!
その証拠でもないけど――
「嗚呼、そろそろ夜更けだし長居もしてしまった。お嬢様がお怒りになられて!」
な感じにプォール親子はオロオロしだすし、ジュゼッペも――
「ひぎぃ! ダイアナ様がっ! ダイアナ様がぁっ!」
と雄弁な顔で狼狽していた。
……いや、お前……それで良いのか、ジュゼッペ?
まだ内定レベルだけど、ここにいるジュニア君は家来になる訳で、つまりはジュゼッペの後輩になるんだぞ? なのに早くもポンコツぶりを全開にしちゃって……。
そして、いつの間に義姉上との間に格付けが済まされて!?
だけども、まあ、義姉上の主張も尤もだ。
もう夜も遅くなりつつあるのは確かだし、明日からは再び馬上の人だ。睡眠不足は好ましくない。
また決定してしまう前に母上から許可を頂くべきだったし、
……可能な限りに事後承諾は避けるのが、大人の知恵だろう。
「よし、今日はここまで! とりあえず解散、下がってよし! 続きは明日の朝!」
焦れたダイ義姉さんに後ろから抱きつかれ、ベッドへ引き摺られながらの宣言となったけど、辛うじて威厳は保てた……はずだ……たぶん。
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