超養蜂技伝授!!

 義姉上からの重圧を受けつつ、その話し合いは開始された。

 ダイ義姉さんにすれば宴の御馳走にも満足し、気分の良いまま就寝しようとしたら……知らないおっさんらが招き入れられ、なにやら始めたのだ。

 不機嫌になるなという方が無理だろう。公然と文句を言われないだけ、まだ配慮されてるくらいだ。

 でも、城とは違って部屋が無いんだもの! これはこれで仕方ないよ!

 そして母上達は母上達で、部屋の隅から僕らの様子を肴に晩酌を開始された。

 これはジュゼッペを評価する良い機会とでも考えられたのかな? いまだに母上は疑わしそうにされてるし。

 が、問題のジュゼッペは落胆の真っ最中だ。何度も何かを言い出しそうにして、しかし、躊躇ってはやめるを繰り返していた。

 ジュゼッペ! うしろー! ジュゼッペ、後ろ見て! 母上が査定の真っ最中だから!

 ……とにかく問題を片づけてしまおう!


「これが今の巣箱でしょ?」

 プォール親子が来る前に紙で作っておいた簡単な巣箱の模型――筒の上へ蓋をしただけ――を指し示すとプォールが即答した。

「いえ、若様? こんなに小さかったら蜂は棲みつかねぇですぜ?」

 ……なるほど。模型ミニチュアを使った例え話の説明からか!

 下手に図面を書くより理解しやすいかと思ったけれど……教育制度のない世界を少し舐めていた。

 が――

「違うよ、父さん! 若様は例え話をしてらっしゃるの!」

 息子の方は意味を理解してくれたらしかった。

 若くて柔軟なのか、それとも地頭が良いのか。とにかく大きな助けになりそうだ。

 改めてプォールの息子に注目する。

 そばかすが印象的で、この地方で多数派の濃い肌色に茶色のウェーブヘア、年の頃はサム義兄さんより一つ二つ上……かな?

 もう絵に描いたような農村の子供だ。

「君は?」

「へ、へぇっ! おらは――いえ、僕――私は……その……プォールです」

 しばし理解できず固まってると、なぜかドヤ顔な父親プォールが説明してくれた。

「うちの長男は先祖代々プォールなんでさぁ!」

 なるほど。父親と息子が同じ名前のパターンだから、ようするに『ジュニア』君か。

 この地方の人は大らかというか、それほど名付けに重きを置いていない。むしろ先祖代々同じ名前なんて、逆に拘っている方だろう。

 僕の名前なんて『光を運ぶもの』という意味だから、日本語に直せば『光』だし、それほど珍しくもない。

 同じようにサム義兄さんなら『陽太』だろうし、ダイ義姉さんは『月子』ちゃんで、エステルは『星子』だ。

 僕の知る限り最も格式と意味を込められているのは母上だけど、それだって『クラディウスさんちの娘』を意味するクラウディアで字面は単純だ。

 ……名門クラディウス家を代表するような血筋でもなければ名乗るのは許されないし、死ぬまで名門の庇護を受けれる凄い名前だったりするけど。

「それじゃジュニア? それとも小プォール?」

「ジュニアとお呼びください! 村の皆もそうしてくれてますし」

 これは通称とか通名となる訳だが、基本的に自分で決めるのが慣例だ。

 なので「俺はプォール! プォール・ジュニアだ! でも、俺のことはジョジョと呼んでくれ!」と言い出しても構わない。

 もちろん僕が「ならば、これからは『プォーさん』と名乗るがよい!」と命じれば、その場で改名成立だ。

 おそらく『なんと名付けられた』かより『なんと名乗っているか』を重視する地域性なんだと思う。


「とにかく! これは巣箱だよ! そして女王蜂達が越してきた! 巣も作り始める! いい?」

 プォールは渋々と、ジュニアは興味津々にと頷く。……我らがジュゼッペは上の空だけど。

「それじゃ蜂は、どんな風に巣を作る?」

「上から……巣箱の天井から、ぶら下がるように。そして底へ向かってでさぁ」

「よし、そしたら巣箱を継ぎ足そう。どうなると思う?」

 説明しながら模型を――筒を持ち上げ、その下へ同じ筒入れる。これで二段だ。

「どんどん蜂は巣を大きくし、いずれは下の箱にも巣を?」

 自信なさげに答えたジュニアへ、力づけるように肯いておく。

「群れが全滅でもしなければ、どこまでも巣は拡張されていく。その空間が許す限り!」

 いいながら三段目、四段目と積み上げていく。

「この時、蜜はどこへ貯められて、卵はどこへ産みつけられる?」

「……蜜は上へ、卵は下です」

 二人は現物を確認している。それを観察する力があれば、この程度は知ってて当然か。

「じゃあ、蜜だけ貰っていこう。まだ朝早く蜂が寝ている時間に、それほど警戒されていない蜜の貯蔵庫だけを」

 いいながら一番上の段だけを取り除き、再び蓋をする。

「……どうして蜂が怒らねぇんです?」

「僕が聞いた限り、蜂は卵や幼虫を弄られるのが嫌いらしいんだ。蜜の貯蔵庫は、それほど警戒してないらしいよ」

「いや、父さん……問題は違う。この方法だと……もしかしたら……蜂の群れを失わないのでは?」

 ジュニアは利点に気付けたらしい。これは拾いものかな?

「加減の問題だけど、基本的に失わない。四段で収穫したら、税金が四のうち一つだね。これなら蜂も冬を越せる? それとも五のうち一つの方が? いや、三のうち一つでもいける?」

「ど、どれが正解なんですか、若様!」

「判らない。意地悪とかじゃなく、僕は知らないんだ。それを調べて欲しいから二人を呼んだんだよ?」

 そこで話を区切ると、二人は唸った。

 半分は理解できる。しかし、もう半分は理解不能。そんなところだろうか?

 しかし、まだ技術の最終形ではないから、この辺は頑張って欲しいところだ。


「あと二人は、どうやって分蜂を察知してるの?」

「次の女王蜂は特別な巣穴で育つんでさぁ。それが孵っちまう前に、収穫してやんなきゃ駄目です」

 予想通りの答えが返ってきた。

 プォールがいう特別な巣穴とは『王台』と呼ばれ、巣の最下部へ増築されるので確認も容易い。

 そして分蜂――巣別れが決まったら働き蜂は蜜の収集を止めるし、来るべき旅に備えて貯蓄していた蜜も食べてしまう。……人類視点では大打撃だ。

「では、こんな風に下から覗いて――」

 いいながら四段にまで積み上がった模型を持ち上げようとして、果たせず崩してしまった。

「覗き込みやすい巣箱にしなきゃ駄目か。なにか工夫がいるね。まあ、なんとかして様子を窺えば、新女王の卵が見れるし……取り除くことも可能だよね?」

「あっ……そうか。むりくりにでも『別れず』としちまえばよかったんだ」

 こんどはプォールが気付いてくれた。

 分蜂も必ずは起きない。次世代の女王蜂が産まれないこともあるし、うまく育たないこともある。

 次世代が確保され、分蜂が確定した段階で、やっと働き蜂は行動を変えるから……逆にいえば新女王の誕生さえ阻止すれば、ずっと蜂は貯蓄モードだ。

 そして偶然にでも分蜂を阻止できた巣は、大量の蜜が見込める。

 職業的な蜂飼いであるプォールにすれば、分蜂の起きないパターンは大きな謎であり続けたのだろう。

「若様……もしや一度捕まえた群れは、いつまでも飼い続けられるのですか?」

「いや、いずれは女王蜂が寿命を迎えるよ。定期的に分蜂を成功させて、世代交代した方が良いと思う。……それも調べるようかなぁ」

「ああ……そりゃそうですね。それでも凄いと思いやすよ? 仮に十個の巣を確保したら……それ以後、ずっと十個から収穫できる訳で……これまでの数倍は見込めるんじゃ? なによりツイてない年がないのは最高ですぜ!」

 父親の言葉に、そうだそうだとばかりにジュニアも肯く。

 原始的な養蜂はようするに罠を使った狩猟で、やはり運不運に左右される。

 そして収穫量が少なかったら、必然的に空腹との戦いになるのだろう。それが狩猟職の定めだ。

 しかし、この方法はいわば養殖だから、かなり安定した収穫が見込める。生活も激変だ。


「とりあえず二人には、この方法で上手くいくか研究して欲しい。頼めるかな?」

 ……勝ったな。

 そんな確信を持っての提案は、なぜか拒否された。

「さすがに無理というものでさぁ、若様! あっしには養わなきゃならない家族がおりまして、若様のお手伝いをしてたらお飯の食い上げになっちまいます。これはあっしの勘でしかねえんですけど……上手くいくようになるまで数年はかかるんじゃねえですか?」

「いや、その間の……あー……補填? 生活の保障とかは――」

 大げさに首を振るプォールに、珍しく僕の言葉は遮られた。

「みなまで言わねぇで下せえ! そりゃ若様は面倒を見て下さるでしょうし、それを疑ってもいません。でも、それは甘えてはならないことなんでさぁ」

「ちょっ、父さん! こんなに素晴らしい話をお断りするなんて! 見損なったよ! 俺はたとえ餓死することになっても若様のお手伝いを――」

「いいから、おめえは黙ってろ! この青二才が! ――ですが、倅は別です。どうでしょう、倅のことを若様の奴隷ボーに? それなら後は煮ようが食おうが若様の勝手。好きなことをお命じになればよいですし……あっしも口減らしができて万々歳でさぁ」

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