衝撃の到着

 やっとこ僕らは街道の人となった……となれば話も進むはずだけど、そうは問屋が卸さなかった。

 なぜなら想定外の展開となったからだ。

 つまり、下町側から領都を離れたら――


 ただひたすらに深い森が続いた。


 街道? ないよ、そんなもの。

 この道をいけばどうなるどころか……道が無ければいけないよ? そして、いけないから判らないんだ!

 気分は獣道というか傾斜のない登山というかだし、その周囲の木々も原生林だし、無垢なままの自然が恐怖すら覚えさせる。

 もうハイファンタジーに登場する『迷いの森』や『帰れずの森』などと呼ばれる魔境そのものだ。領都から徒歩数分でしかないのに!

 いや、これまた僕の勘違いか?

 よくよく見れば道として使われている痕跡が……あるような気がしなくもない。

 それに城壁からは街道らしきものも見えていたのだから「全ての道が整備されている訳ではない」が正解か。

 たまたま今回は、何かの都合で極端に荒れた道が選ばれたのだろう。

 ……かなりの高確率で、この獣道が時代の平均点である可能性もあるけれど。

 それにカサエー=カエサル説ならば、ローマ帝国の――先進文明からの恩恵は、下手したら十年程度しか受けていない。

 この地の人々が独力で開拓となれば、そうそう捗るものでもなさそうだ。前世の中世初期より酷い可能性すらある。

 また街道整備は地味な割に予算が要るらしく、後回しとされがちだ。獣道同然な道であっても、あるだけ感謝なのかもしれない。



 そして騎士ライダー達――領内の移動が人生の一部である者達には、これで行きなれた道らしかった。

「……うん? いまなんで曲がったの? あのまま真っすぐの方が広かったじゃない?」

「あのまま進んではなりません、若様。あちらには沼がありまして馬はもちろん、徒歩の者でも足を取られてしまいます」

 沼! そういうのも……あって当然か。

 大々的に切り拓いて、何百年も人の版図として利用され、やっと沼や湿原などはなくなる。

 判り易く例を示すと、日本で地名に沼が入るところには、必ずな沼があった。

 その前提で地図を見直せば、おそらく愕然とされるはずだ。昔はいたる所が沼だらけだったのかと。

 大きな沼だけで、それだ。小さい沼なんか腐るほどあって、わざわざ地名にするまでもない。

 そして沼というのは、ようするに『泥水の溜まった落とし穴』だから、うかつに落ちると死ぬ。

 なのに対処法は一つしか存在しない。「沼のある場所を覚えて避ける」だけだ。

 ……昔の戦国武将が、地元民の案内を重視した理由が良く解る。


 もちろん厄介なのは沼だけではない。

「若様、この岩は御覚えになられますように! ここから東へ行かれますと『カサエーの街道』が。南南西へ行かれるとドゥリトル城でございます」

 そうブーデリカは教えてくれたけれど、ちんぷんかんぷんだ。

「南南西って……城へ行きつくのなら、いま来た道ってこと? 南南西――逆向きだから北北東か。僕らは、そっち向きに進んでたの?」

「いえ、森の中を真っすぐ行けはしませんので」

 だろうね! それは知ってた!

 実際、目印にと教えられた大きな岩を避けるべく迂回している最中だったし、『カサエーの街道』とやらへ行ける道らしきものもない。

 おそらく皆で共有する『地図のような幻想』へ記されたランドマークなのだろう、たぶん。

 地図情報が国家機密だったり、それに近い扱いだと、このような方法論となるらしかった。

 ようするに全ての情報は、口伝の可能な形へ変換される。

 これはしょうがない……のかな?

 明確で判り易い地図があるということは、誰にとってもであるということで、つまりは悪人をも招く。

 しかし、これには異論も残る。

 平城と山城の関係にも似ていて、実はメリットデメリットのトレードオフでしかないように思えるからだ。

 こんなことを言うのは僕が「本拠地を攻められるような国は、どのみち長くない」派なせいでもあるけど。



 出発してから体感で二、三時間ほど、ちょうど正午となるかどうかなタイミングで湧き水が作る小さな池へ辿り着き、そこで小休止となった。

 しかし、騎士ライダーや乗り手、荷馬を引いてた兵士は、かえって忙しくなる。

 愛馬の面倒を見てやらねばならないからだ。

 まず順番に池へ連れていき、水を飲ませてやらねばならない。

 一日に四十リットル必要というから、かなりの量だ。携行の叶う量ではない。

 どこかへ補給に寄る必要があるし、その所在を知らない場合は馬の運用も難しくなる。

 おそらく水場の位置は軍事機密にも近く、僕らは最初から中間地点とするべく目指していた……のだと思う。

 次に馬へ食料を与えていく。

 自然状態では休みなく食べ続けるのが草食動物の常だし、飼育する場合でも数回の食事をさせねばならない。

 これまた一日辺り十キロ近くも食べるので、十分に足りるだけ携帯せねばならず、その為に荷馬が必要ともなる。

 そして数時間も人や荷物を乗せるのは馬にとっても重労働だから、食べてる間にマッサージが望ましい。

 ずっと世話になっておいてなんだけど、正直いってメンテナンスが大変すぎる!

 数多の創作などで『当時の車』みたいな表現をされるけど、そんな訳なかった。

 ランニングコストや手間まで考えたら、ほとんどの労働は人間にやらせた方が手っ取り早い。

 まあ色々な条件を整えれば有益なのは嘘じゃないし、最高速度や出力では逆立ちしても敵わないから、活用するだけの意義はある。

 でも、結局のところ馬以外の条件に左右されやすく、詰まるところ環境整備が肝だ。

 ……ドゥリトル領の場合、未開過ぎて街道などの整備をしないと、色々な点で苦しいかもしれない。


 が、そこまで考えて突然の閃きが舞い降りた!


 もしかしてカサエーは、この辺りが未開過ぎるから橋を架けたのではないだろうか?

 何にもない野蛮人たちの開拓地も、大河へ立派な橋を建設されたら事情も変わってしまう。

 ぶっちゃけ街道なんて、どうでもよかったはずだ。

 そんなものは帝国の版図へ組み込んでしまえば、どうとでもなる。

 なぜなら帝都へ税を納めさせねばならない。放っておいても官僚か誰かが整備する。当座の補給路を確保で十分だ。

 けれど橋は違う。

 大河の両岸かつ広範囲に影響力を持ち、ドゥリトル地方の要所となり続ける。

 全員が『カサエーの橋』を重視するようになるし……相手の価値観をコントロールすれば、ある程度の誘導すら可能だ。

 そしてカサエーは、御先祖様達が根を挙げるまで橋を守り続ければよかった。不利とされる侵攻側なのに!

 戦場を創造できるのが名将の条件とは、誰の言葉だっただろう?

 どうやら帝国は技術力だけでなく、文明力でも遥か上をいってそうだ。いや、色んな傍証から考えたら、当然だけど国力もか。


 ………………あれ? 僕らには『地の利』しか無さそうだぞ?


 どうして御先祖様達は、カサエーに勝てたんだろう?

 それも重要な謎に思え始めたし、いまやってる戦争もヤバい気がしてきた。

 相手側に名将でなくとも、そこそこ優れた指揮官というだけでピンチになれるかもしれない。それぐらいに基本的な文明力の格差を感じる。

 戦地の父上は御無事だろうか? 

 そして本当にローマ帝国なのかどうか調べるのも、急務に思え始めた。……気付いたら帝国の軍勢に包囲されてるなんて笑えない。

 でも、どうすれば?

 まずは世界地図を入手したい。しかし、誰に頼めばいいのだろう?

 いや、そんなことより現在の戦況を知ることの方が――



 午後の間中、再び馬に揺られながら戦争や帝国のことばかり考えていたら、突然に森が終わっていた。

 いや、僕が気付けなかっただけで、周囲は原生林から里山ならぬ里へと変わっていたのかもしれない。

 とにかく森が終わって開けた――開墾された畑が広がっていて、遠くに何軒か建物も見える。

 規模的に村……だろうか?

「へ? えーと……もうプチマレ領?だっけ?に着いたの?」

 思わず口から出た疑問には、いつの間にやら僕の隣へ馬を寄せていた母上が答えてくださった。

「なにをいっておるのです、吾子? そんな訳がありません。ここは『北の村』ですよ」

 なぜか呆れ顔をされている。

 それに『北の村』? もしかして城の北にあるから『北の村』?

「でも、僕らはプチマレ領へ行くって――」

「それは次の予定です、吾子。まずは『北の村』へ行くといったではありませんか」

「いえ、その……初耳です、母上」

「なるほど判りました。最初に訪問するのは『北の村』だったのですよ、吾子」

 たぶん、僕へ伝えるのを忘れていらしたのだろう。

 でも、ここまで堂々と振舞われると文句を言う気も萎える。我が母上ながら、やはり美人は得だ。

「さ、村の者も気付いたようです。背筋を伸ばして、威厳を保ちなさい。何事も最初が肝心といいますからね。領主たるもの、侮られてはならぬのです」

「え? まだ領内なら父上の……ああ、僕が名代で――」

 珍しい警告に面食らっていたら、再び母上は首を傾げられる。あれあれ!?

「この『北の村』は吾子が生まれし折、御祖母上様より『差し料代』にと贈られたのですよ?」

 ……差し料? えーと……それって腰に下げる剣のことだよね?

 生まれた時に差し料代として贈られたということは、これで大人になったら剣でも買いなさいという意味……かな? おそらくは上がりの租税で。

 つまりは生誕祝いに村!? どんだけセレブなんだ、僕は!?

 それとも領主の息子ともなれば、生まれながらに村の一つや二つ所有が標準的だったの!?

「ですから威厳を保つようにと。吾子、貴方は『北の村』の領主なのですよ?」

 などと悪戯そうに微笑まれるけど……いや、それも初耳ですよ、母上!

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