本当に省みるべきこと
出足を挫かれた感は否めないけれど、やっとこ出発となった。
馬の御者役としてブーデリカも同乗し、粛々と城内を進む。
実のところ城下どころか城の外周部――身分が低いとされる人達の生活圏すら初見だ。我ながら完全無欠の箱入り息子といえる。
しかし、それでも同じ城内なのは変わらないというか、結局は住宅街に過ぎないというかで……すぐに飽きてしまった。
自然と心は直近の大失敗のことで一杯となっていく。
世紀の大発明などと呼ばれる偉大な技術も、その大半は単なるコロンブスの卵に過ぎなかった。
例えば三大発明の一つ『活版印刷』は、ただ判子を上手く利用しただけだ。真新しい技術は全く無い。
しかし、それでいて実物を一目でも見れば、その真価は誰にでも理解可能だったりする。
この手の一見即解系チートとでもいうべき分野は確かにあって、どちらかというと鐙は
片方だけなら馬へ乗る時の補助具に過ぎなくとも……二つ揃えば、下手くそでも馬上で踏ん張れる革命的な新兵器といえる。
これは大げさでも何でもない。
そもそも
これは騎乗したまま戦おうと思ったら鞍上で踏ん張れねばならないからで、鐙のない時代は両脚で馬を挟んで身体を安定――ようするに力ずくだったりする。
見よう見真似で適う業ではないし、一朝一夕で体得も不可能だ。
実際、『馬には乗れるけれど、騎乗戦闘はできない』という騎馬兵もいる。
しかし、
そんな
文明や文化レベルと各個の知性は別問題。
この地で覚醒して以来、何度目かとなる馴染みの反省が苦い。
兵器や武術に関しては、どんな知識でも伝えたら悪影響と考えていたのに大失敗だ。
特にウルスは僕を信用してないというか、なぜか子供と油断しないタイプで要注意だったのに!
……稽古をサボりまくる生徒を信用し油断する先生というのもレアか?
またウルス以外にも、大きな感銘を与えてしまったようだ。
その証拠でもないけれど僕の左右前方へ位置どった
「カサエーが侵略してきた時に御先祖様達は、騎乗して戦う術を――俺達
「でもなぁ……それでも俺は、騎乗したまま戦うのが性に合わないんだよ。面倒臭がらず降りた方が……あー……
なるほど。実に興味深い。
常に馬上が有利とは限らなかった。そして常に騎乗可能とも限らない。
ましてや鐙が無い文明であれば、戦う時は降りた方が楽というか……得手不得手も発生しやすいのだろう。
「いや、それは俺もそうだけど……でも、相手が許すかどうかは別問題だろ? いいぜ、別に? 落ち延びられる奥方様と御曹司は、俺に任せろ! お前が身体を張って敵を食い止めたことは、必ず御屋形様に――」
「アホが! いってろ!」
フォコンの軽口へ、ティグレは厳しめなツッコミで応じた。
しかし、その想定には納得せざるを得ない。
騎乗戦闘に問題があろうと、自分達側に選択権が無ければ合わせる他なかった。
例えば馬に乗って逃げる場合、降りて戦うなんて悠長なことはできない。嫌が応でも乗ったまま対処するしかなかった。
逆に追手側だったとしても、捕まえようと馬を降りた瞬間、相手は遥か遠くへ走り去っているだろう。
他にも乗ったり降りたりで生じるテンポロスが惜しい局面だってありそうだし……選択肢として騎乗戦闘技術の確保は、必須に近く思える。
「だいたい、お前の親父さんは張り込み過ぎだぜ。あんな重い鎖帷子を新調しちゃって……お前はともかく、息子も着れるかどうかは判らんぞ? 馬だって、すぐにへばるんだろ? あの重さじゃ?」
「ちょっと頑丈な鎧を作り過ぎたかもな。でも、徒歩での
揶揄うフォコンへ、苦々しそうにティグレは反論していた。
確かにティグレの鎧は僅かに鎖が太く、その分だけ頑丈そうなイメージだった。
あの時は、どうして皆も頑丈な鎧にしないのか不思議だったけど……
なぜなら馬が小さいからだ。
僕とブーデリカが同乗している馬にしても、成人男性の肩ぐらいな体高しかない。
現代の基準でいうと小さめの中間種だとか……ぎりぎりポニーではないレベルだ。
後年に
しかし、この地がフランスかドイツ、スペインであれば……大型馬の野生種がいる。
鐙と拍車、騎士鞍、大型馬の捕縛&品種改良と技術ツリーを埋めていけば、伝説のユニークユニット
……ざっくり五百年から千年は先の軍事技術だろうか?
まちがいなく無双できる。
世界征服までは厳しいかもだけど、近隣の小競り合い程度なら圧倒だ。
いや鐙だけですら、
これを大人へ――それも高度な訓練を積んだ
そんな底上げを、さらに三つ四つと積み重ねたら……無敵の騎兵軍団までありえる。
……もはや後世の歴史家から環境制覇の原動力として挙げられるレベルだろう。
しかも質の悪いことに、導入するべき知識の大半が一見即解系チートであり……つまりは現地での試行錯誤で十分に届く。
けれど、それが――武力による平定が僕のやりたいことで……やるべきことなのだろうか?
父上たちの戦争相手が前世でいうローマ帝国で、何かと名前の挙がるカサエーが『カエサル』その人だとすると――
この世界は『カエサルの負けた世界線』とでも呼ぶ他なく、当然だがローマによるヨーロッパ統合は起きていない。
つまり、フランス、ドイツ、イギリス、スペイン、エジプト……大ローマ帝国の半分以上が無くなってしまう。
いきなり東ローマ帝国だ。……いや、「未だ」というべきか?
そして僕のいるのが前世でいうフランスなら――
本来あるべきは、幻のガリア帝国!?
もしかしたら歴史の復元力とやらが僕を呼び寄せ、あるべき姿としてガリア帝国を成立させようと!?
いや、違う! フランク王国の方か!
あの国が生まれなかったら、歴史とやらも大きく歪む。となると僕の役どころはカール大帝!?
だが、そう考えるにしても、それなりの反証は残る。
やはり筆頭はドゥリトル山だろう。
フランスに、ここまで活動的な火山なんてあったかなぁ? 前世の僕が知らなかっただけ?
あまりの話のスケールの大きさ――荒唐無稽さに天を仰ぐと、後頭部に何か柔らかいものが当たった。
凄く柔らかいのに、それでいて強い反発もあって……つまりは気持ちいい。これは一体全体、なんだろう?
後頭部を押し付ける動作を繰り返しながら、その正体を考えていたら――
頭上から控えめな咳払いが!
嗚呼ぁッ! いまブーデリカの御す馬に同乗中だった!
恐る恐る様子を窺うと、顔を真っ赤にしていて――
あっ……目が合っちゃった!
「若様。私、これでも
と恥ずかしさに軽く赤面しながら、僕の耳元へと囁いてくる! その吐息は熱く……そして甘い!
……当たり前といったら当たり前すぎか。
母上の一つ二つ年下というから……まだ二十歳になるかならないか、それもまだ未婚の娘さんだ。
なので七歳の子供とはいえ、「おっぱいポヨーン! ポヨーン!」と巫山戯られたら堪らないだろう。
が、そんなことは些事とばかりに――
「若様のお優しい御配慮は嬉しかったのですが……この身を女と気遣われるようなことは無用に!」
などと諫言は続く。
たぶん僕も「ブーデリカの言や良し!」とかなんとか、いい感じに褒め称えなければならないのだろう。
でもね? そのブーデリカ自身が――
恥ずかしさに身悶えせんばかりなんだけど! 僕は言葉と態度のどっちを信じればいいのさ!
嗚呼、僕にも視える! まだ午前中だというのに、夜空にハッキリ輝くエルダーサインが!
あれこそ『おねショタのお約束』とかいう鉄のルールだろう!
つまりは『僕とブーデリカの物語』(R18)を始めろとでもいうのか!?
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