城下町の風景

 あわや路線変更しかけたところで、タイミングよく?城門が見えてきた。

 それで全員が――それまで怠そうに歩いていた一兵卒に至るまでが、背筋をシャンと伸ばす。

 城門を抜けた先で、領内の人達が見送りに集まっていてくれたからだ。

 特別に旗などを振ってたりしないし、万歳三唱で出迎えられたりしなかったけれど、皆から確かな好意を感じられる。

 また口々に――

「いってらっしゃいませ!」

「お気をつけて!」

「まだ寒いですから、お風邪など召されぬよう!」

 と気遣いの言葉も口にしてくれた。

 母上も判ったもので、なんともいえない高貴な人のよく見せる笑顔で応じられている。

 ……なんだろう?

 小規模で非公式ながらも、一応はパレードに思えるけど……現代で例えるとアイドルの出待ち? その親戚に思える。

 いや、あの騒ぎをお行儀良くした感じ……かな?

 しかし、よくよく考えてみれば父上や母上――領主一家は、領都ドゥリトルのアイドルも同然で当たり前か。

 セバスト爺やによれば領都の人口は、一万人強だという。

 うち千人ぐらいは城に詰めていて、約四千人が城下町に、残りの五千人近くは河向こうの下町に住んでいる。

 そして時代的に生まれてから死ぬまで、全く移動をしないのが常だ。

 つまり、城下在住四千人のほとんどは、同じ城下町の住人しか知らずに人生を終える。

 冗談ごとでなく、下町へ赴くことすら――河を渡ったことすらない者もいるだろう。……非常に稀とは思うけれど。

 また、人口一万という規模も時代的には中堅規模のはずだが、現代人の感覚で評価すると酷い。

 日本の過疎な離島――変わり者な書道家が移住するような僻地ですら、実は四万弱もの住人がいる。八丈島などへ流され、やっと人口一万をきる感じだ。

 よってドゥリトル育ちは、島育ちの純朴な自然児より田舎者となる。

 群体としても日本の村社会どころの話ではなく、それのより極端なケースに近い。

 さらにインターネットはもちろん、テレビやラジオ、雑誌に新聞と……何一つとして情報入手方法がなかった。

 信頼できるのは――というより入手できるのは自分の目と耳で得た情報か、誰かからの証言――ようするに噂だけだ。

 ここまで極度な閉鎖社会において、生涯に渡って目撃可能な一番偉い人――領主たる父上やその連れ合いである母上は、下手をしなくても神に等しい。

 今日の目撃談は長く噂話として――それも得意演目として繰り返され続けるだろう。

 ……意外とギリシア神話ってが原典だったり?

 もちろん護衛として付き従う騎士ライダー達だって、領民たちからすれば綺羅星の如く輝く殿上人だ。

 ……色んな神話に登場する従属神もだったり?

 事実としてお年頃な娘さん達は、若手注目株であるフォコンやティグレにうっとりしているし。……そして一部のな男共は、ブーデリカに。

 うーん?

 領都の皆は礼儀正しく振舞ってくれているし、後年の君主みたいに『癒しの手』を求められないだけ健全……かな? 

 などと鞍上で考えいたら、遠慮がちなブーデリカの咳払いで思い出した。

 僕もまた、アイドル一家の新人さんだったのを!

 下町の女将さん達なんて、僕が城壁から顔を出すかどうか星占いの代わりとしてるぐらいだ。城下の人だって似たようなものだろう。

 慌ててファンサービスを――愛想笑いを開始する。



 お察しの通り、やはり庶民レベルでは、その身に纏う衣服も厳しい感じだ。

 しかし、それでも毎日もしくは数日おきに下着を交換程度はできている……と思う。

 ここで下着に首を捻られるようだと、それは少し勉強不足だ。

 衣服が高級品であればあるほど、痛んでしまわないよう誰でも大切にする。収入の厳しい庶民であろうとだ。

 なぜなら駄目にしてしまったら、明くる日からは着る物が無くなってしまう。この寒い地方では死活問題だ。

 そして気の利いた者なら着替えのついでに身体を拭うぐらいはする。

 まあ、それで全てに近いけど。僕だって似たようなものだし。

 しかし、だからといって匂いはしない。他人の匂いで参ってしまうようなことは、少なかった。

 なぜなら鼻がマヒして判らなくなってるからだ。

 おそらく多分、僕は臭い。皆も臭う。城や街にも臭いは染みついているかもしれない。

 けれど、そこに住む僕らは、とっくの昔にマヒしてしまってて困らないのだ。

 そして皆大好き道端には糞尿落ちてる問題も、見える範囲には全くない。

 まあ、これはドゥリトル城下の人々がお行儀が良いという訳ではなく、「お方様がお出掛けになられるから、大通りは掃き清めておこう」なんて心遣いの結果だと思う。

 なので路地裏にでも入れば、まあブツもあるはずだ。そういう時代だし。


 ……作るべきか? 公衆便所を?

 それに『異世界チート百珍』こと『』には、人造温泉の作り方も書いてあった。

 あれはSマイナスぐらいの難易度なのに、原理は簡単だ。僕の知識でも実現可能だろう。

 それでも問題があって、Sレベルだったんだよな? 何がネックなんだっけ? 作っていれば思い出すかな?


 などと他所事を考えながら愛想笑いに励んでいたら、まだ珍しい石造りの家が目に入ってきた。

 ちなみに領都といえど、そのほとんどは木造建築だったりする。

 前世のヨーロッパといったら石の都なのだろうけど、まだ今はなる前だ。石造りの立派な家など一割にも満たない。

 つまりは童話『三匹の子豚』よろしく金持ちは石造り、庶民は木造、貧乏な人は藁でがとして通じる。

 そもそも城下をぐるりと囲むべく建築中の城壁ですら、木造――太い丸太で作られているくらいだ。

 これは文明がその技術を知っていたとしても、それを実現できるかどうかは別という話で……ようするに、いつの世もネックとなるのはお金か。


 とにかく、そんな大通り沿いの一等地に石造りという、それなりに権勢の窺える家のバルコニーに見知った顔が居た。

 商人マリスの娘、ポンドールだ。

 なるほど。この石造りの立派な家はマリスの所有か。

 そして大通りに面した側の二階から僕らを見送るべく、ポンドールが顔を見せに来てくれたのだろう。義理堅いことだ。

 しかし、色々な舞台装置があるとポンドールのお嬢様っぷりが良く判る。

 まず路上ではなく大通りに面した建物だし、その背後には乳母かメイドが控えてたり、命じられたのか侍女らしき人が花弁をまいていたり……城下でも指折りの可能性すら?

 見送りに本物の花吹雪なんてやり過ぎと思わなくもないけど、数少ない顔見知りだ。多少はサービスしても罰も当たりはしないだろう。

 とびきりの笑顔でポンドールへ向けて手を振ると――


 ………………あっ。


 顔を真っ赤にして引っ繰り返っちゃったぞ!? 大丈夫か!?

 ポンドールは人見知りするタイプと知っていたけど……まだ僕に慣れてくれてないの!?

 なんだか傷つくなぁと、軽くへこんでいたら……足元で僕の注意を引く唸り声が聞こえる。

 珍しく僕の傍にいるタールムの奴だった。

 まあ、本業はエステルの子守じゃなくて僕の護り犬だから、こいつなりに仕事をするべき状況と思ったのだろう。

 そのタールムが唸り声で話し掛けてきた訳だけど……残念ながら犬語が判らない。

 とにかく警戒というか、忠告というか……何か僕に伝えたいらしい。エステルなら判るかな?

 そう思ってレトとエステルが母娘で同乗する馬を振り返ったら――


 もの凄く不機嫌そうなエステルと目が合った! 合ってしまった!


 どうして!?

 引き攣る顔を無理に笑顔へ「ほら、お義兄様ですよ」とばかりに軽く手を振ってみるも、逆効果だったらしく、さらに頬を膨らませてしまう。

 うん、これ後で大変なパターンだ。しばらく機嫌を直してくれない感じ。

 そして嫌な予感がしたので、そーっとサム義兄さんとダイアナ義姉さんの馬を窺うと――


 やっぱりダイアナ義姉さんも怖い顔をしている!


 意味が解らないよ!

 さっきまでサム義兄さんと、どっちが手綱を取るかで喧嘩してたのに!?

 いや! それだけじゃない! 真後ろだ! 真後ろからも殺気がする!

 目だけで限界一杯まで背後を窺うと――


 どうしてかブーデリカまでが難しい顔をしていた!


 そして僕は知っている! 今生からお馴染みの表情だ!

 この難しく考え込むような顔は……身分が上の人間を、如何に叱りつけようか考えてる人の顔!

 でも、なぜ僕は怒られなきゃならないの!?

 確かにポンドールは卒倒しちゃった。

 あの子は人見知りが激しくて、そこは考えてあげなきゃいけなかったとは思う。

 だからって知り合いの女の子に手を振っただけで、こんなにも怒られるなんておかしいよ!

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