奥の風景

「――っと、これで終わりです。あとは小まめにかき混ぜて、お酒になったら完成ですよ。でも、本当に『水飴』でお酒を造れるんですか?」

「できるのは間違いないよ。エールができるんだし」

 台所の隅で試作品の壺へ数字を書き込みつつ、不審そうなレトに請け合う。

 作り方が『蜂蜜酒』と同じ――適当に『水飴』を水で薄め、そこへ酵母を入れるだけ――なので、いまいち納得できないのだろう。

 ……まあ、それは僕も同じだ。

 しかし、理屈は完璧に正しいので、成功も約束されている。

 むしろ問題なのは味の方だろう。

 かなりピュアなアルコールとなるので、おそらく安物ウィスキーに近くなる。具体的には、ラッカーのような厳しい味だ。

 ……まあ、飲む為じゃなくて香水用だから、これでも用は足りるけど。


「そろそろ良いんじゃない、母さん? この後は……切るだけ?」

 別テーブルで作業中なダイ義姉さんの呼ぶ声がした。

 先ほどからレトの指示で小麦粉を捏ねたり、棒で伸ばしたりで……いい加減に疲れてきたのだろう。

 しかし、義姉上の不平も無理はない。

 あからさまに生地作りは重労働だ。傍目からでも、その大変さはよく判る。

「折り重ねる前に打ち粉を篩うんだよ、ダイアナ。麺同士がくっついちゃうからね」

「打ち粉? 生地の粉と同じで良いの、母さん?」

 覚束ない手付きではありつつ、なんとか麺は切られ始める。

 その様子をエステルが羨ましそうに眺めていた。姉が贔屓されてるようで面白くないのだろう。

 ……背伸びしたい年頃? 微笑ましくて萌え死にしそうだ!

「次は沸騰させた鍋で茹でます。そうですね……百まで数えるくらい? ――ステラ、ちょっと『黄色いお花』を歌っておくれ」

 出番に目を輝かせるエステルの歌を待って、レトは麺を鍋へ放り込む。

 ……タイマーがない時代、一曲歌って時間を計るのも手か。なかなか面白い。


 エステルの可愛らしい歌声をBGMに、レトの調理は続く。

「あたしが知っている内でも一番に簡単なのを――フライパンでオリーブオイルを温めて、そこへ微塵切りにしたニンニクとハーブを」

 ……作るのはペペロンチーノ?

 いや、レッドペッパー――唐辛子が伝来してない。無理なはずだ。

 つまりは似ている何かで、祖先的な料理だろうか?

「母しゃま! 歌い終わったよ!」

「はい、ありがとう。助かったよ、ステラ。 ――それじゃあ鍋から茹で上がったパスタを笊で取り出して……よく茹で汁をきってフライパンへ」

 手順を説明しながらパスタを炒めた油と絡めだす。

 うん、どこかで見たことある感じだ! それにニンニクの匂いも食欲をそそる! 最後に塩と胡椒で味を調えたら完成だ!


「はい、これが若様が御所望のパスタだと思いますよ。どうぞ、お味を」

「ありがとう! でも、食べる前から判る! これパスタだよ! ――えっと? これ、素手で食べるの?」

「それなんですよ。パスタは美味しいですけれど、素手で食べるしかないのが」

 ……なるほど。

 たしかに抵抗感半端ない。これはパスタ用フォークが必要だ。

「それで知っているのに作らなかったの? でも、美味しいだけじゃないんだよ? 茹でる前の状態で干せば、凄く長持ちする」

「そうなんですか? でも、それは……どれくらいを?」

「冷暗所なら――カビなくて直射日光の当たらないところなら数年……かな」



 あまり日本で知られていない知識だろう。

 そもそも市販の乾燥パスタは、真空パックすらされてない。ただ濡れたりカビたりを防ぐだけの包装だ。

 しかし、その状態ですら二年は保存できる。いわゆる賞味期限内として。

 公表されていない消費期限――もう食べられなくなる期限は、当然だが更に長い。

 もっと本格的な方法――真空パックや缶詰で保存すれば、なんと十年単位で長持ちするくらいだ。


 しかし、なぜかレトは首を捻っていた。

「……若様? それならパンと同じでは? パンでもカビさせなきゃ一、二年は持ちますよ? 小麦粉だって同じくらい持ちますし……挽かなければ、もっとです」

 そういえばそうだ。日本とは焼き方や気候が違うのだった。

 乾パンみたいに焼いたパンなら一、二年は消費期限内といえて、この世界の人々は普通に食べている。

 ……やすりで削ってパン粥にしたり、スープや水でふやかしたりして。

 正直、あまり美味しくない。僕は苦手だ。

「乾燥パスタなら、茹でるだけで何時でも美味しんだよ?」

「でも、パスタは小麦だけで作りますし……とても城内の全員には……」

 ……なるほど。

 全員で同じものを食べる習慣は、メリットだけではなかった。当然だが贅沢品を提供は厳しい。

 もしかしたら、この理由で別々の食事へ?

 ……すでに領主一家は別としている家もあるようだし。



 さらに現代人ではピンとこない『小麦の高さ』もネックだったらしい。

 実のところ中世から小麦は、爆発的に高騰している。それまでと用途が大きく変わったからだ。


 そもそも日本語で植物に冠される『大』という文字は、『重要』や『価値がある』、『素晴らしい』、『収穫が多い』などの意味となる。

 たとえば大豆なら『重要な豆』という意味だ。

 対する小豆は、比べると用途が狭いので『小』とされた。その大きさは関係してない。

 同様の関係に大麦と小麦はあって、古代においては収穫量の多い大麦が高い評価を受けた。

 その用途に大きな差はなかったからだ。


 しかし、古代末期に粉もの文化が隆盛――パンと麺類が発明される。

 そして麺類はともかく、大麦だけでパンは作れなかった。

 逆立ちしても無理だ。大麦パンも材料の半分くらいは小麦なので、どうしても必要となる。

 結果、『大』なのは小麦で、『小』なのは大麦とパラダイムシフトが起きた。

 そして小麦の収穫量の低さは、そのまま希少性へと裏返る。つまりは高騰だ。



「なら大麦で作ったら?」

「パスタを大麦で? できるんですか!?」

「できらぁ!」

 などと大見えを切ったものの、実のところ正確な方法までは知らない。

 だが大麦一〇〇パーセントの麺は存在する。少なくとも現代日本にはあった。

 しかし、やはりレトは疑わしげだ。

「大麦だけでパスタができれば、そりゃ……若様の仰る通り、大発見ですけど――」



 やっと僕にも、ヨーロッパでパスタ伝播の遅れた理由が判ってきた。

 いわゆる白パンと同じ理屈で、小麦だけで作るパスタは高級品となる。……中世ヨーロッパの価値観だと。

 結果、まず上流階級だけで食された。

 そして最初に贅沢品と認識されてしまうものだから、なかなか庶民向けのカスタマイズも進まない。

 イタリアみたいな早期の大衆化は、なんらかの政治的理由が必要なんだろう。ローマは飽食の都でもあった訳だし。



「黒パンみたいに大麦混ぜて作ってみます? それなら全員に……でも、それだと小麦の香りが…… ――サム! 全部食べたら駄目だよ! 残りは厨房の達に!」

 雑談しながらの味見は、意外な理由で待ったが掛けられた。

 いやに多く茹でると思ったけど、それは腹ペコ義兄さんへの配慮じゃなかったらしい。

 流れで顔を真っ赤にしたサム義兄さんが、パスタの盛られた皿を厨房勤めの女の子達へと給仕する。



 しかし、厨房勤めといっても、ほとんどは良家の娘さん達だ。

 当然に専業のプロもいるけど、半分くらいは行儀見習いとして城へ上がってきている。そうやって最先端の家事や料理の知識を仕込まれるのだ。

 ……さすがに騎士ライダーや文官の娘なら、もう少し高級な女官や女中の仕事を任されるけど。

 そして年頃となれば結婚して城から下がり、いずれは婚家の女主人だ。

 もちろん、その時の仕切り方は、城での経験が反映される。

 つまり――


 城というのは、女性にとって花嫁学校な側面もあった!


 ……当然、でもある。

 時代的に女性は、父親の意向に沿って嫁ぐものだが……自分で優良物件を選んでしまう方法もあった。

 もちろん、方法は禁じられている。そんなことをしたら――

『信じて城へ送り出した愛娘が城の男共にry』

 となってしまい、具体的には母上の面目が丸つぶれとなってしまう。

 よって母上達による監視の下、未婚の女性は厳重な管理をされているのに……もう定期的といってもよいくらい、恋の熱情に駆られた者達が結婚の許しを求めにきていた。

 ……さすがに少し不思議だ。まあ、それだから人類は繁栄してきたというべき?


 そんな彼女達にとって、本日の出来事は貴重だ。

 形式的には、レトが娘へ料理法を教えてるだけでも……抜け目なく娘さん達は観察していた。

 近隣では王都でしか饗されないパスタという高級料理を、これで彼女達は知る。料理方法もセットで!

 この知識は必ずどこかで役に立つだろうし、女として一つ武器が増えたといえた。もう万々歳だろう。


 そしてレトは当然、この図式を理解していたから、娘さん達の試食分も作っていた……のかな?

 ちなみに先日の石鹸作りも似たような構図で処理するつもりらしく、なんと母上とレトの二人が熱心に練習を繰り返されていた。

 いずれは騎士ライダーや高級官僚の奥さんを招いて勉強会?

 そこで覚えた奥さん達は、やはり自分の家へ行儀見習いに来ている市井の娘達へ伝授する?


 実際、女性社会の驚くほど厳格なヒエラルキーは、侮れるものではなかった。

 男の場合では、後年の徴兵が知識伝授の大きなルート――日本中にカレーを伝えたのは軍隊で有名――だけど……まだ徴兵制度は、産声を上げたばかりだ。

 対して女性達は、すでに誰もがコミュニティに組み込まれている。これは大きなアドバンテージだろう。



「でも、なんだって突然にパスタなんです? その……神の国では良くお食べに?」

 ……もし魂だけ神の国へ行ったとして、食事もできるのだろうか?

 どうにも答えようがないし、いつも通りにフニャフニャ誤魔化すしかなかった。

「いや、違うんだ……その……紙作りでジュゼッペが色々と探してきてくれて。それを見てたら、そういえばパスタを食べてないなって」

 なんだかレトは複雑な顔をするも、最終的に「よく判らないけど、まあいいや」的な表情へ落ち着いた。

 ……レトとダイ義姉さんは、臭いものに蓋をし過ぎじゃないだろうか?

 どちらかというと怖がりだから、仕方ないのかもだけど。


 しかし、予定ではジュゼッペが戻ってきているはずなのに……まだ帰って来やしない。久しぶりの城下で遊んじゃってるのか?

「とりあえず! もう一回だけパスタ生地を捏ねて! 先にマカロニ・マシーンの具合を――」

「えー! まだ作るのー!?」

 途端にダイ義姉さんから不平の声が上がる。

 ……洗髪で艶を増した黒髪を白い三角巾で覆っていて、なんとも可愛らしい。

 ちょっと悔しかったので、その小さな鼻先についていた白い粉を拭いとった。

 ……凄く恥ずかしがってる! 澄ましてお姉さんぶるからだ!

「面倒臭がらない! 手間を惜しむ女は、料理が上手くならないよ! 次はアタシも手伝ってあげるから!」

「ステラもやるーっ!」

 ここぞとばかりにエステルはピョコピョコ飛び跳ねて自己主張をした。

「母さん、僕がみるからステラにも?」

 というサム義兄さんの提案で、愛でたくエステルも参加決定だ。

 ……ぐぬぬ。

 僕もエステルとキャッキャッウフフに小麦粉プレイを楽しみたいけれど、マカロニ・マシーンの段取りをしなきゃならなかった。


 ジュゼッペと二人掛かりで製作に丸一日、さらにマカロニ・マシーンなんて大仰な名前だけど……見た目はただの箱だ。

 現代日本にある物で、一番に似ているのは……心太突きだろうか?

 あれと同じ様に四角い箱へパスタ生地を入れて、あとは棒で突き出すだけだ。

 ただし、心太突きと違って出口の部分は、『輪っか』『星形』『星形の中心が穴』『螺旋に捻じれる』と工夫を凝らしている。

 これを説明すると一番に近いのは……マヨネーズの容器だろうか?

 あれは出口が星型をしているから、あの独特な形状で絞り出される。同様に輪っか型なら、お馴染みのマカロニだ。


「それじゃ……レトが捏ねた分を、この箱へ入れて」

「寝かさないんですか? 少し寝かしてからじゃないと、伸ばしたり切ったり大変ですよ?」

「今回は良しとしよう! とりあえず出来れば良いんだ!」

「また、そんなことを仰って……小麦は高価なんですよ? 貧しい者達には、ご御馳走なんですから!」

 と小言を貰ってしまったが、それでもレトはマカロニ・マシーンへ生地を充填してくれた。

 論より証拠! 実物を見れば義母かーちゃんも納得するはず!


 ……が、非力な六歳児の腕力では突けなかった。


 どこまで貧弱なんだ! そして腕力担当は何処へ行った!

 などと喚きだしちゃう前に――

「よし、これを押せば良いのか、リュカ?」

 とサム義兄さんが買って出てくれる。ああ、持つべきは優しい義兄ちゃんだぁ!

 しかし、キュンキュンしている場合じゃない。

 義兄さんが押し出し役を引き受けてくれるのなら、僕は切り役をやらねば!

 二センチほど出口の穴から出てきたところを、義姉上の使っていた包丁で切る。

 予想通りにマカロニだ! いや、干してないから生マカロニか!?


 ……が、この包丁ですら重い!


 そして見かねたレトに取り上げられて、役目を変わられてしまった。

 ……我ながら筋金入りのニートだなぁ。

 転生してから基本、無芸大食だ。いや、それすら果たせてないか。

 などと考える暇すらなく、あっという間にマカロニの山が出来ていた。

 しかし、レトは空になったマカロニ・マシーンを調べながら――

「これ……便利……ですか? 確かにソースは絡みやすそうですけど」

 と不審げだ。

「その箱を使わない方法もあるけど……手作業だから大変だよ? それに匙を使って食べられるんだ!」

 それでやっとレトにも長所が判って貰えたようだった。

「……確かに匙で食べ易そうですね。これなら思い切った味付けも出来そうですし」

「そうそう! それにスープへ入れたりもできるし!」

「……パンを作るほどでもない時や……作る時間もないような時に? 味が気になりますね」

 それでは茹でてみようとなり、再びエステルの歌声が厨房に響く。



 生なだけあって、驚くほど短時間で茹で上がった。パンとは雲泥の差だ。

 しかし、同時に新たな問題も発生する。

「味付けは如何すれば?」

「わ、判らない……レ、レトに任せるよ! ……スープにでも入れてみる?」

 さすがに呆れられた。

 でも、僕は料理に詳しくないんだから仕方がない……と思う。

 けれど、その時――



 奇跡なことが起こった!


 茹でたてのマカロニを齧っていたレトは、まるで天啓が下されたかのように動きだす!

 それも成功の確信を持って!

 まず大きめのボールへ、茹でマカロニが集められた!

 そこへ全く迷いのない動きで――


 チーズを大量に削り入れる!


 当然、次々とチーズは余熱で溶けていく!

 それをかき混ぜながらレトは、塩コショウ、ハーブで味を調える!

 あなや! 僕はこれを知っている! このソウルフードの名前を知っていた!

 だが、なぜレトが!?


 いや、これこそ集合的無意識のなせる業で、人類という種の持つ共通の記憶か?

 つまり、僕は元型――アーキタイプの掬いあげられる瞬間を目に!?



 それとも誰もが思い付くこと……なのだろうか?

 マカロニ的な粉ものを茹でたが、何もなかったのでカツオ節を掛けた。

 実に納得だ。日本人ならそうするだろう。

 では、ヨーロッパ人なら?

 似たような食材はあるんだから、チーズを掛けるだろう。発想として間違ってない。正しすぎるくらいだ。

 そして醤油は無いので、塩コショウで味を完成させる。

 当然だ。不思議でもなんでもない。

 最後に習慣として、馴染みのあるハーブ。

 それらは日本だと、胡麻や薬味などに相当する。やはり定番とすらいえた。

 どんな民族だってそうする。レトだってそうした。


 しかし、それは『チーズ・マカロニ』なのだ!

 大国アメリカの男達を育てた、人生最後のメニューで必ず名を挙げられる偉大なる国民食!

 おそらく日本人とっての『卵かけご飯』や『母親のカレー』に相当した。『母親のカレー』と同じく、作り手の個性も強く反映されるそうだし。


 それにカラクリが判れば納得もできる。

 長期保存可能なマカロニとチーズ、あとは調味料があれば成立する上、その時にあった食材まで任意に追加可能。

 さらに調理は簡単&短時間ときている。

 ……腹ペコなアメリカの少年を黙らすのに十二分だ。

 実際、サム義兄さんは忙しそうに沈黙してるし!



「あたしが捏ねたのも、この箱へ入れれば良いの?」

「いや、義姉さんのは……悪いけど、また平たく伸ばして」

「……見た目より、重労働なのよ?」

 さすがにムッとされたけど、それでも作業を始めてくれた。

 ……義姉さんは性根の優しい人なのに、この憎まれ口で損をしている気がする。

「じゃあ、ステラのを入れるぅ?」

「ステラが捏ねてくれたのは、僕に渡して。マカロニを手作りするから」


 なぜか厨房の娘さん達が、あからさまに注目してきた。それまでの遠慮は、脱ぎ捨ててしまったらしい。

 今回もサム義兄さんから『チーズ・マカロニ』を分けて貰っていたから……気に入ったのかな?


 とにかく細めの紐状へ、生地を転がしていく。

 その後、豆粒ほどの大きさへ包丁で切り分ける。

 最後は指で摘んで真中を凹まして完成だ。

「一粒一粒じゃ大変だけど、これはこれで触感が変わって面白い……はず。もっと小さい粒――小麦ぐらいのもあるんだ」

 ……なんだろう。熱心な目力が怖い。

 それに期待外れだった? どう考えても手間ばかりで、効率も悪いし。

「なかなか良いような? 大変は大変ですけど……御馳走ですしね。それほど量も作らないでしょうし。なにより――その変な箱が無くても作れるのは、助かります」


 さすがに『変な箱』は酷いと言おうとしたら……レトの真剣な表情で気付かさせられた。

 この程度の調理器具ですら、当然にタダではない。

 実際、作るのに二人で一日も掛った。出口の形状だって、それなりに複雑だ。一から考えるのは難しい。

 つまり、とりあえずパスタ文化を郷里へもたらすのなら、特殊な道具のいらない方が楽なんだろう。


 それに自分と恋人だけ――もしくは家族だけと考えたら、けっして高級すぎる料理ではない。

 確かに小麦は高価だが、食べられない程じゃないし、入手困難でもないからだ。

 ハレの日の特別料理としたら、十二分に『あり』かもしれない。

 ……大麦でパスタが作られるようになれば、無理して黒パンを作らないようにも?

 それどころか、さらなるアイデアがある。

 今日の技術伝来は、この地に大きな変革をもたらすのかもしれなかった。


「はい! 平たく伸ばしてあげたわよ! 麺みたいに折り重ねるの?」

「ありがとう。でも、これは違う切り方するから! えーと……この包丁を借りるね」

 僕でも扱えそうな包丁で、適当に端っこを切り落とす。

 まず四センチほどの幅で切り分け、さらに切り分けたものを四センチの長さに――つまりは正方形とする。

 それを角の部分から、適当な棒を仮の芯にして巻いていく。

 巻けたら芯を抜いて――


 やや大きめなマカロニが完成した!


「意外と大変だ。これ便利かな?」

「リュカが始めたんじゃないの!」

 ……そりゃそうだ。

 しかし、ダイ義姉さんは呆れちゃったけど……僕の手元を見ていた娘さん達は、瞳を爛々と輝かせている。

 もしかしたら、この地におけるビーフストロガノフに相当――男を一撃で落とす手料理と頑なに信仰されそうな勢いだ。

 ……まあ需要があるのなら、続けるべきだろう。 


 次はもっと小さく、切手サイズ程度に切り分けていく。

 そして摘む様にクシャっと潰しながら、まるでリボンのような形にする。

「……完成。これはスープにでも入れる? それともソースを絡めるのかな?」

「僕に聞かれても判らないよっ!」

 ……サム義兄さんの言う通りだ。

 しかし、レトや娘さん達は、なるほどなるほどとばかりに頷いているから……それなりに伝わるものはあった……のかなぁ?


「あっ……次のは具が要るんだった」

「若様、具って何をです? 簡単なものなら作りますよ?」

「なんでも良いとは思うけど……あー……肉団子のタネみたいな?」

 適当に口にしたら、即座に挽き肉と玉ねぎの微塵切りを混ぜたものが差し出された。

 ちょうど晩御飯用に作っていたらしい。

 それじゃ問題なくなったねと、作業を開始する。……協力的過ぎてコワイ!


 まずはマカロニ用のを流用し、そのまま三角にタネを包む。糊は打ち粉を水で溶いたものだ。

「完成。何ていうんだろ? おそらく餃子ではない気が? かといってラビオリでもないし?」

「しょれも茹でるの?」

「茹でても良いし、スープに入れても良いし、フライパンで焼いても? まあおかずとパンが一緒な感じ?」

 不思議顔なエステルへ答えながら、親戚なラビオリも作っていく。

 切り分ける前の生地へタネを均等に並べ、その上から生地を被せる。それから一つひとつに切り分けて完成だ。

 餃子と触感は変わるかもしれないが、これはこれで知恵だろう。数を作るのが簡単だし。



「その餃子ギャオズーとラビオリですか?は、味の予想がつきませんけど……具は面白いですね。工夫のしどころかと。とりあえず……もう少し作って食べてみますか」

 そうレトはまとめるや、見よう見まねでコピーを増やしていく。

 ……悔しいけれど、僕の数倍は器用だ。

 そして試食への期待にサム義兄さんは、テンションMAXなようだった。

「ああ、リュカ! 最高だ! こういうのなら毎日でも構わない!」

 ……まあ、いいけどさ。義兄ちゃんが満足ならそれで。

 しかし、これでネタ切れだ。

 ジュゼッペの奴は、どこで油売ってるんだ? さすがに、そろそろ戻ってきても――

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