後日談

 あの後、事態に収拾をつけるのは大変だった。

 え? そりゃそうだろうって?

 もちろん、ジュゼッペの為に藁を持ってきたり、臭いに気づかないフリをしたり、後始末をしたりと苦労はした。

 だが、それより――


 母上に見つかった方が大問題といえる!


 ……ジュゼッペが大声で喚くからいけないんだ!

 ああいうことはササっと片付けてしまい、以後は口にしない。記憶ごと封印する。

 それが大人の振る舞いではなかろうか?

 なのに他の人々――当然に母上は危険と判断し、他の者を呼び寄せられた――にまで知れ渡ったから、大事となってしまったのだ。

 ジュゼッペだって、自らの排便シーンで注目の的は避けたかっただろうに。


 でも、逆にジュゼッペの方だったから喜劇で収まった?

 おまるを使っているおっさんと、そばで騒ぎ立てる幼児の組み合わせ……褒められたものではないけれど、許容できなくもない。

 だが――


 おまるを使う幼児と、それを熱心に観察するおっさんの組み合わせだったら?


 ……どうみても事案発生です。本当にありがとうございました。

 ちなみに不名誉なことに義姉上からは――

「そ、その……リュカは……あの……その……う、うんちをする……大人の男の人が好きとか……そういうんじゃないわよね?」

 と心配される始末だ!

 いや、確かに僕は転生者だったりして、この世界の常識では推し量れないモンスターともいえる。

 でも、いくらなんでも――


 そこまで呪われた性癖な訳がない!


「もちろんだよ、義姉上! 僕はおっさんのになんて興味ないよ!」

「……えっ? じゃあ、女の人のなら!?」

「そうじゃない! そもそも……あー……大きい方に興味があるなんて、上級者過ぎ――」

「つまり……女の人が……小さい方を……するのが?」

 ここで生唾を呑み込んだのがいけなかった。

 しかし、ここで想像してみて欲しい。


 羞恥で顔を真っ赤にしながらも、聖水について義弟へ問い質す義姉の萌え姿を!


 これが……小学生は……堪らねぇぜ……なのか?

 える!

 最低と蔑みながらも……渋々に僕の希望を叶えてくれる義姉上の幻が!

 嗚呼、素晴らしい! これで性癖が拗れようと、それは不可抗力といふもの!

 せめて誇りを胸に特殊な闇の世界へ堕ち――


 かけたところをステラに救出された。

 身体ごと投げ出すように抱きつきながら、その顔を膨らませて――

「兄ちゃっ、めっ!」

 と精一杯の怖い顔で窘められたのだ。

 ……嗚呼、可愛い! 義妹は最高だ! 転生万歳!


 でも、どうしてステラは……僕の心理状態を、誰よりも正しく把握できるんだろう?

 何も反応しない赤子だった頃も、ステラだけは全く心配して無かったそうだし。



 とにかく! 事態の収拾は大変だったけれど、いくつか収穫は残った。

 ……で正しいと思う。

 メリットとデメリットの両方があるのであれば、差し引き計算すればいい……からだ?


 まず、ジュゼッペが僕の家臣として雇用された。

 これは僕が強く希望したのもあるけれど、意外なことに母上の同意もある。

 不思議そうにしてたら――

「たった一日であろうと指揮下へ置いたのであれば、粗略に扱ってはいけない」

 と真剣に諭された。

 なるほど。人を使う側なりのセオリーというか……心構えが必要ということか。

 一事が万事でもないけれど、助けてくれた者を裏切ったら武門は成り立たない。おそらく信賞必罰とは、日常に宿る生き方信条だろうし。

 それを教育するチャンスと母上は考えたのかもしれない。が――

「どうしてこの子は、こんな野良犬を拾うような真似を……望めば血統書付きの可愛い子犬を買ってあげたのに……」

 とジュゼッペを見る目は物語っている。

 まあ、外見も中身もくたびれたおっさんだしなぁ……。

 サム義兄さんだって――

「僕の次は、このオジさんかぁ。……当てになるのかなぁ?」

 と言わんばかりの複雑な顔をしていたし。


 ……少し領主の息子として、心を入れ替えるべきかもしれない。



 しかし、ジュゼッペが家臣となってくれたお陰で、僕のウォシュレット作り――というか、もはやトイレ作り?――は飛躍的に進んだ!

 これぞ適所適材ッ! そうエジプトの吸血鬼様も主張されているッ!


 目隠しとなる壁を四方へ配置し、完全にプライベートの確保された個室へと進化した!

 さらに樽の吊り下げ位置を右手前方へ。これが壁を作った大きな利点だろう。

 なぜなら配管を右手前方から手摺程度の高さ、ついで背中へと回り込みながら、途中でバルブを使うことで……おまるに座りながらのスイッチ操作が可能となった!

 さらに配管全体を前後へ動かすことで……射出位置の微調整も可能に!


 ついでに仮設トイレの臭気止めをパク――参考にし、利便性を高める!

 もちろんジュゼッペの提言に従って、外部に『手水桶』の設置も忘れない!


 なんだかんだで一週間は掛ったけれど、やはりジュゼッペがいなくては成し得なかっただろう。

 おっさんだし、顔は面白いし、意外と不平屋だったり、おっさんだったりと……マイナスイメージが強いけれど、とにかく――


 頼んだことは、素直に実行してくれる!


 これが得難い資質に思えて仕方がない。

 見た目を裏切って器用だったり、聞き取り能力が高く思えたり、賢いというか――閃き力に富むことより……希望通りに動いてくれるのが、本当に助かる。

 ……なんとも不思議なおっさんだ。


 そして話を総合すれば、僕の最初の一歩は大成功だろう!

 まあ、すぐに母上達からダメ出しされちゃうけど……完成時点では十分と思っていたし。

 なによりも次へ――『水飴』や『龍髭糖』、『還元麦芽糖』の制作へ繋がったのだから――


 大きな一歩だったと断言できる。それだけは間違いない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る