異世界考察

 僕が本格的に活動を始めたのは盟約の儀式の後、つまりは数えで七歳――満年齢六歳からとなる。

 ……それ以前の記憶も思い出したから、いきなりこの世界の言葉で話せる訳だけど。

 といってもボーと周りを眺めるだけで、不満があったら泣くだけな赤ん坊にも近かった。

 能動的かつ意識的には、六歳から始めたで正しいだろう。

 とにかく話を戻せば――


 最初に僕を悩ませたのは、憑依問題だった。

 この身体の真の持ち主――いわば本物なリュカ君の魂や記憶は別にあり、僕自身は後から憑りついた幽霊のような存在。

 そんな想定だと激しく困ってしまうからだ! 

 当然に真リュカ君へ身体を明け渡すべきだけど、なによりも返却方法が判らないし!

 でも、誰かと身体や精神を共有している感覚はなかったし、根拠はないけれど……最初からリュカとして僕自身が生まれた気がする。

 また、いちども認識したことのない真リュカ君を探す方法も思い浮かばない。

 なので――


 おそらく僕は僕で、誰も身体を奪い取られてはいない


 と考えるしかなかった。

 ……真リュカ君が現れたら、その時はその時だろう。


 次に疑問を覚えたのが、この世界が何処なのか――もう少し突っ込んだ言い方をすると「本当に異世界なのか?」だ。

 身も蓋もない言い方となるけれど、ここはおそらく異世界ではない。少なくとも通常な意味での異世界ではあり得なかった。

 なぜなら地球と似すぎている。いまだに相違点を発見できないほどだ。


 実のところ地球のような惑星というのは、「太陽サイズの恒星系に所属し、地球と似たような質量と位置関係を持つ」だけで成立しない。


 まず必要なのが、兄弟惑星に木星級の巨大惑星だ。

 一説によれば木星の高重力の傘に隠れているから、地球は生命を育むことができたとされている。

 なぜなら隕石の落下率が千倍は違うから。

 太陽系へ飛来する隕石の大部分は……というより、ほぼ全てを木星が引き寄せてしまう。だから地球へ隕石が落ちることは、非常に少ない。

 この千倍というのを言い換えると、起きている現象の偉大さが判る。

 生命大絶滅レベルの巨大隕石は、おおよそ五億年に一回前後の確率となるが……それを千倍にした場合、おおよそ五十万年に一回のペースだ。

 ……五十万年ごとにリセットでは人類どころか、生命の原材料ができる度にやり直しとなってしまう。


 しかし、この木星級惑星というのが、実はレアだったりする。

 そもそも木星は太陽の成り損ねであり、事実として木星より軽い恒星も存在するから……ようするに太陽系は、連星系――二重恒星系の成り損ねだ。

 そして連星系は全星系で四分の一しかない。宇宙に数え切れないほど星があろうと、一気に七十五パーセントが不適格だ。

 ましてや連星系の成り損ねともなれば、さらに確率は低く!


 さらに月があるのも異常だった。

 これは衛星という意味ではなく、地球の衛星な月と似たという意味で。

 まず、地球サイズな惑星の重力では、自力で丸い衛星を確保できない。

 地球の重力で引き寄せられる程度の塵芥では、まん丸い天体を構成できるほど集まらないからだ。

 つまり、他所で丸くなってから、地球へ近寄るなり衝突するなりして貰わねばならない。

 もちろん、その後は地球の重力に囚われて衛星となるような、良い感じのタイミングや角度で。


 さらに衛星の公転周期は、その捕まえた時の都合によるので……この惑星や衛星の質量などと無関係に定まる。

 だから偶然にも満ち欠けが――朔望周期が月と同じく二十九日なんてのは、ほぼほぼ有り得ない。


 この惑星自身の公転周期が三百六十五日前後というのも、あり得なくはないけれど……かなりの幸運を必要とするだろう。


 というか地球のような水の惑星という段階でも、異常レベルだったりする。

 原始地球が持っていた水分は、ほぼ全て水蒸気として失ったというのが最近の学説だ。

 では、なぜ水の惑星になったかというと、水分を多く含む隕石が衝突したからとされている。

 つまり、地球の陸地が三で海が七という比率は、極論すれば偶然だ。

 もっと隕石が多かったら水か氷に閉ざされた可能性が高く、少なかったら火星のような乾いた地獄となる。

 ……ついでにいうと大気の湿度が低いと早くにコアも冷めてしまい、太陽風や放射線から生命を守る地磁気を失って絶望的だ。


 以上を踏まえての結論をいうと……ここは地球と断定できる。

 仮に地球でないとしても、無関係ではあり得ない。

 少なくとも恒星系フォーミングすら可能な超存在が、地球を参考に作った世界または恒星系などのパターンであり……ようするに関係している。


 ……超存在を説明にだすようでは、科学的には負けたも同然だけど。

 これなら月が三つあるとか、一年が三百六十五日ではないなど……違いを認められた方がマシだ。


 しかし、超存在からのコンタクトはなかった。その気配も、未だに全くない。

 となると別の説明が必要だし、困ったことになくもなかった。

 この世界は――


 異世界ではなく、おそらく過去だ。


 転生したのかもしれないけれど、同時に過去へタイムスリップもしていた。

 それで大部分が説明可能となる。

 ……まず先に、転生の定義をする必要もありそうだけど。

 だが、それを無視して疑問へ答えれば――


 Q、なぜ地球にそっくりなのか?

 A、過去の地球そのものだから


 となる。

 しかし、これでは新たに説明不能なことも生じてしまう。

 例えば僕が未来へ向けて、それも自分自身へ向けてメッセージを残したらどうなるか?

 いや、そんな胡乱な方法でなくても良い。

 全人生をかけて日本まで渡り、原始日本人を皆殺しにしたとする。

 その人達は僕の祖先であり、その祖先達がいなければ僕は生まれず、僕が生まれなければ祖先達だって殺されることもない。

 ……有名なタイムパラドックスの完成だ。

 おそらく、どんなに慎ましく生活しても――どころか今すぐ自殺したとしても、歴史の変化は免れられないだろう。

 しかし、どんな形だろうとタイムパラドックスが発生したら、根幹的な因果律も壊れる。


 となれば分岐理論を採用するしかなかった。

 僕が転生してきた時点で、転生した時間軸と転生しなかった時間軸の二つに世界は分岐――つまりはパラレルワールドだ。

 簡単に言い直すのであれば――


 この世界は地球の過去であっても、僕の前世が生まれた世界と連続していない


 だろうか?

 ……凄すぎる。

 『前世』に『転生』、『タイムスリップ』、『世界分岐』、『パラレルワールド』……まるで証明されていない現象のバーゲンセールだ。

 そして幾つかの面白くない結論にも達する。


 この世界に魔法はない。


 ほぼ確定だ。

 過去の地球ということは、物理法則なども同じと推察できる。

 いや、超存在によって作られたコピー世界で、人知の及ばない超技術で改変されている可能性は否定できないけれど――


 その超存在とやらは、まるで接触してこないし!


 はっきりいって超存在は無視が安定だろう。そこまで想定して生きるのは、ちょっと難易度が高すぎる!

 ……それでも後々になって接触してきて――


「どうして説明される前に世界を滅茶苦茶するんだ!?」


 などとキレられたら厄介ではある。

 基本的に超存在は存在しないものと考えるも、なるべく世界へ大影響は与えない。

 ……これが正しい基本方針となる?

 ただ、これだけでは前へ進むのすら躊躇われた。

 なぜなら重要なのは――


 では、どうするか?


 だろう。

 すでに話した通り前世の記憶は曖昧過ぎて、まるで心残りはない。

 ……あったとしても漫画『狩人の二乗』の結末くらいか? あれの最終話は読んでから死にたかった。

 かといって、この未曾有の僥倖は無駄にしたくない!

 なぜなら転生というのは――


 人類の夢の一つ、若返りそのものだ!


 おそらく僕はアラサーぐらいから、六歳まで若返った。

 これを奇跡といわずして、他の何を!?

 確かに未熟過ぎて困ることも多い。残念ながら未開文明の地で、先々も苦労しそうだ。それも酷く。

 しかし、それでも尚――


 これは天恵だ!


 もし超存在が関わっているのなら、これだけで一生に渡って感謝をしよう。なにか使命でもあるのなら、当然に無償で遂行する。

 でも、それまでは自分自身の為に生きてもいいはずだ!

 そして今生こそは――


 せめて死んだら悔しい人生を!


 自身の死すら無味乾燥に受け入れるのなんて、二度とごめんだ!

 できれば幸福になろう! その終わりが悲しくなるぐらい!

 もし叶わなくとも、せめて執着を得る!


 それにスタート地点だって悪くないと思う。

 未だに古代なのか中世なのか判断できないし、地理的にもおそらく北部ヨーロッパ――スペインかフランス、ドイツ、ロシアのどれか――としか絞れてない。

 文明レベルもできれば近世以降が望ましかった。

 少なくとも五百年、下手したら二千年は希望との開きはある。

 それでも――


 この幸運を噛み締めるべきだ。


 目や鼻、口の数は適正範囲だし、手足だって全て揃っている。

 どうやら醜くはない部類のようだし、裕福といえる保護者にも恵まれた。

 有難いことに、肉親として受け入れてくる家族すら!

 すべてのマイナスとプラスの要素を考慮すれば、今生は――いや、今生大当たりだろう!

 ならば後は――


 一生懸命に生きるだけ! 幸せになるだけだ!

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