第2話 平成最後のミステリー



 ―ニュースをお伝えします。

 ―一週間前、突如島の大半が消滅した九ノ島。観光客を含め、住民約二千五百人の捜索が続いております。


 テレビ画面がスタジオから中継へと移った。


 ―島の大半が一晩で消滅した九ノ島。島が消滅した当日、地震や雨雲も観測されておらず、未だに原因は不明。四日前、自衛隊の捜索が開始されましたが、遺品すらも見つからない状況が続いております。


 九ノ島の現状を伝えているテレビ画面に映っているのは、自衛隊がボートなどで島の周辺を模索している様子だ。ヘリの音がするから、きっとヘリから映しているんだろう。ダイビングスーツを着た隊員が次々と海へ飛び込んで、海の底にあるであろう住民の死体を捜しに行く。隊員を運んできたであろう大きな船は沖がない島に停船している。

 しかし、その中継で俺の目に止まったのは自衛隊の捜索活動ではなく、島の大半が消えた九ノ島の方だった。明らかに波や雨によって島が抉られたようではない、森しかなくなった島の残りカスは、まるで林檎を齧った痕のように抉れている。歯列がくっきりと残った断崖絶壁は、巨大生物が島を齧りとっていたかのようだ。



「どの放送局も同じニュースやってんねぇ」


 ソファの上で脱力していた俺の隣、ソファのど真ん中にドスン!と体重が軽そうではない音を立てて、妹の春海が座った。片手にはアイスキャンディーが握られ、髪が濡れている。少し頬が火照っているところ、風呂上がりだろう。


「お前ってこの手の話題好きだよな?」

「平成最後で最大のミステリー!ってトイッターで騒いでるよ。遺品すらもってことは、死体も見つかってないってことでしょー⁉︎ それってやっぱり巨大生物の仕業なんじゃなーい⁉︎っていうトイッタがあった」


 春海は小麦色の肌に空手を極めており、アウトドアな印象が強い。しかし、趣味はというと良い悪い噂関係なく都市伝説を実行したり、県内のパワースポットを夏休みを費やして赴くような重度の色々危険なオカルトマニアなのだ。


「ふーん、てかトイッターで呟いたのは春海だろ」

「え、何、冬兄私のトイッタ見てんの⁉︎ アカウント持ってないくせに」

「まんまお前の台詞なんだよ。お前は他人の言葉はそのまま引用するからな。誰かのモノマネしながら」

「してないよ! てか、なんで私のそういうとこ分かんのさ⁉︎」

「家族だからな。当たり前だろう」


 なんだか決め台詞っぽくなってしまい、ムキになった春海が突っかかってきた。


「かっこつけんなし」

「つけてねえし」

「カッコ良くねえ」

「可愛くねえ」

「「ぶっさいく!」」

「うるっせえよ、仲良く騒いでんじゃねえ」


 我ながら子供っぽい言い争いを止める声が頭上からした。後ろを振り返ってみると、ソファの背に兄さんが呆れ顔で立っていた。丁度お盆の前に、町外の自宅からお土産を持って帰ってきていたのだ。既にお盆は過ぎているが、父の手伝いでお金がある程度貯まってから帰るつもりらしい。



「仲良くないし!」

「右に同じく」


 春海の発言に同意すると、兄さんは、はにかんだ笑顔を見せた。


「仲良いじゃねえか」

「良くない!」「良くねえ!」


 春海と声が被って、笑みは浮かべていないが兄さんから生温かい視線を送られる。仲良いという発言は撤回を申し立てたいが、お茶に氷を入れたコップを貰って礼を言う。春海はそっとソファの端に座り直して、真ん中が空いた。兄さんはそこに座った。


「で、何の話をしてたんだ?」

「…これ」


 持っていたリモコンをテレビに指す。九ノ島災害(どちらかというと、九ノ島異変と言った方がしっくりくるような気がする)。丁度中継からスタジオに戻り、コメンテーターが九ノ島の大半が消滅した原因について述べていたところだった。地層学的な理由をつけ、島の下に大きな空洞ができて陥没したのではないか、と述べている。


「…まさか、九ノ島へ行こうと思ってるんじゃねえだろうな?」


 兄さんが怪訝な顔をしながら、春海に視線を送る。

 実はここ九十九町は、船を出して一時間する場所に九ノ島があるのだ。最初に九ノ島の異変に気づいたのはこの町の漁師で、記者や報道陣が九ノ島についての情報を集めようと、九十九町の漁師達を囲んでいる。おかげで漁よりインタビューのほうが大変だぁ、と当日九ノ島への漁船に乗っていた父さんが言っていた。父さんがテレビに出てきて、九ノ島災害より驚いてしまったのは記憶に新しい。


「えっ、…ダメなの?」


 そして春海がすぐに反応した。そして捨てられた子猫のような顔をする。あざとい。きっとその顔を使って父さんに九ノ島への船を出してもらうつもりだろう。あざとくてずるい手法だが、兄さんにそれ利かない。兄さんは眉を顰めて深いため息を吐いた。

 そして若干早口で、兄さんは春海に答える。俺は兄さんの負けを確信した。


「あのな、春海。原因が不明ってことはだなぁ、土砂崩れの可能性もあるということなんだよ。もし土砂崩れだったとして、例えそうでなくても島は崩れやすい状態かもしれないんだぞ」

「いや崩れやすい状態だったら、あんな綺麗な断崖絶壁にならないよ」

「…そうだな」


 一勝一敗。兄さんは春海の甘えを容赦なく断ち切るが、若干早口になっているときは、思考回路を早く走りすぎて矛盾点が必ず生じるのだ。だから、言葉に鋭い妹には勝てない。というか、俺にも勝てないのだ。


「ならな、春海。今、島は森しか残ってないだろ? 飢えた熊とかがいるかもしれねえぞ」

「私、熊倒せるよ」

「…せやな」


 ニ勝二敗。空手を極め、俺たちの前で熊を倒した実績は強い。流石全国大会優勝者。というか、そもそも元からあの島には熊は住んでいないだろうに。

 兄さんの発言の中から矛盾点を発見して、ニヤニヤしながら二人の攻防を見守る。


「じゃあ、こう考えよう春海。あそこには人食いお化けがいるかもしれねえ。きっとお前なんか…………」


 子供に読み聞かせるような声音になっていたところで言い淀み、兄さんが頭を抱え始めた。


「いやうんお前お化けにも勝てるよな。うん。むしろ追っかけていくよなお前。くそう…」


 結論を導き出してしまった兄さんの不戦敗により、春海の勝ち。三勝三敗。父にせがんで無残な姿になった九ノ島を嬉々とした目で突進していき、人食いお化けを突進で倒す春海イノシシの姿が安易に目に浮かぶ。残念、兄さんは春海闘牛を止めることができなかった。


「じゃ、私が九ノ島に行くことはオッケーてことで。大丈夫、一人で行かないから」

「…頼むから首を突っ込まないでくれよ…」


 参った様子で呟いているが、存外この兄は頭が悪くないのだ。むしろそこらの秀才より良く、県内随一の大学に入ったくらいだ。その頭ならこの春海闘牛は止められるはずなのだが、テンパれば言動に矛盾が生じるところが玉に瑕だ。絶対事件の容疑者になれば、きっと眠りの○五郎に犯人だと名指しされるだろう。そして絶対に弁護士になれない。


「はあ~~~~~~~~~~~~~~~~~~」


 長く長く長いため息をついて、兄さんは顔をあげる。


「ちゃんと、大人と一緒に行けよ」


 ポンと春海の肩に手を置いて、顔を俯かせながら言った。春海のことは諦めたようだ。

 ファイト、兄さん。



 閑話休題まあ、それはおいといて



「ああ、そうだ」


 突然ムクリと思い出したように顔を上げて、兄さんは早口で続けた。


「冬輝。お前、このあと用事ねえか? ねえよな、一緒にバイト行こう」


 有無を言わせずに強制的に行くことが決定したバイト。用事がないといえば確かにそうだ。夏休みにやるべきことはほぼ終わっており、あとは時間を潰すだけなので、イエスとしか答えられない。


「ああ、分かった。いつ出発?」

「六時」

「ん、準備しておく」


 しかしまあ、悪い気分にならないところが、兄さんのずるいところだ。兄さんの言うバイトはあそこの店のことで、気持ちよくバイトできるところだからだ。


「期待しているぞ、冬輝」


 任せておけ、と俺は笑みを向けた。

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