2.出逢いは偶然に、はじまりは突然に
2-1 出逢いは偶然に
「生きて、何があっても。この世界でたくさん学んで。愛しているわ」
––––それは母の、最期の言葉。
突き動かされるように走り出し、消えない悲しみを抱いたままそれでも生き抜くため、進み続けてきた。
+++
世界はその昔、強大な力を持つひとりの竜によって創られた、と言われている。
光を統べるというその竜は、一つの世界に二つの大陸、無数の島を置き、
そしてそれぞれの元素から六つの種族を創り出した。
炎の民、
風の民、
水の民、
土の民、
光の民、
闇の民、
各種族には長が立てられ、彼らは互いが互いの権利を犯すことなく協調し、平和を保って生きていくことを定めた。
しかしその平和は、
彼らは魔物ではなくあくまで人族であり、喰らわずにも生きて行けるとは言え、その欲求は肉食獣の本能に似て彼らを強く突き動かすものだった。
闇の王の真意はいまだ、解らない。
彼は協調の盟約から離反し、
多くの者が狩られ、殺され、
それでも一部の
彼女の母や仲間たちも、その離反による犠牲になったのだ。
+++
荒い息遣いを間近に感じながら、アルエスは自分が旅立った日のことを思い出す。
これまでも危険なことは幾度もあったが、そのたびなんとか切り抜けてきた。
だが、今回はもう絶体絶命だ。何せ相手は人ではない。飢えて凶暴になっている野生の獣なのだ。
(あぁ……っ、早くあきらめてくれないかなっ……)
魔法で姿を隠しているといっても、これはあくまで幻覚の域。人には有効だが獣の嗅覚までは
運良く
不意にがさりと茂みが揺れて、アルエスはびくりと身を
何か言わなきゃ、と思った途端、彼は茂みの中に引き返していった。––––直後、身の毛のよだつような絶叫が響き渡る。
思わず耳を
『アル! 集中切れちゃったシィっ、逃げるでシィ〜〜!』
「え、……ああっ、きゃあぁぁ」
慌てて駆け出そうとして木陰から現れた影にぶつかりそうになり、アルエスはパニックして悲鳴を上げた。
水精がアルエスを落ち着かせようと彼女の顔に水を吹きかける。
「ちょ、シィ冷たっ」
「
影が、声を発した。
釣られて見上げ、その背の高い人物がさっきの
「もう大丈夫。君を追ってたヤマネコはもう殺したから」
「えっ」
ならばさっきの絶叫は、獣の断末魔だったのか。
絶体絶命のピンチを、この見ず知らずの男性は危険を冒して助けてくれたのだ。
彼はアルエスを近くの街で送ってくれて、その途上で少し話もしてくれた。
あの森には聖域があって、彼は産まれたばかりで病弱な娘のため、精霊の祝福を祈りにきたのだと。
この街も、聖域のある森も、ライヴァン帝国という
せっかくの機会だ、ここにしばらく留まるのも悪くない。
彼は結局自分の名を明かしてくれず、そのまま別れて再び会うことはなかったけれど、その出逢いは印象的に彼女の胸に焼きついた。
そして、この時から数年の巡りを経て。
アルエスは再び、ライヴァン帝国の港町に降り立ったのだった。
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