15-5 END or NEXT STORY?


「パパ! 大事な話は終わったですかっ?」


 いきなり何の予告もなく扉が開き、ルベルが部屋に飛び込んできた。すぐ後からリンドも一緒だ。少女は部屋の中を見回し、澄まし顔のルウィーニと、曖昧に笑うセロアと、目を逸らすゼオを順に見て、首を傾げる。


「先生、セロアさん、パパはどこ行ったですか?」

「お父さんは、ルベルちゃんがお世話になったお礼を言ってくるって、学長室に向かわれましたよ」


 にこやかに答えるセロアをじぃっと見つめ、ルベルが何かを言おうとしたその時。庭の方で妙な悲鳴が上がった。


「なんだ、今のはフリックじゃないか!?」


 いち早く反応したのはリンドだ。駆け寄って窓を開け放った勢いのまま窓枠に足を掛け、身軽く飛び出して行ったので、ルベルも慌てて廊下に駆け出し、庭の方へと向かってく。


「おいおい子供たち、室内や廊下は走っちゃいけないんだぞ」


 届くはずもない背中に笑いながら声を掛け、ルウィーニはゼオを抱き上げて、セロアに意味深な目配せを寄越した。


「俺たちも行こうか」

「マスター、面白がってンだろ」


 呆れたようなゼオの言葉に全面同意、むしろ顛末が心配、という気持ちが勝る心境で、セロアははぁ、と頷いた。





 講堂でも各教室でも授業の真っ只中であろう時間帯に、庭のど真ん中で騒ぎ立てているのは、やはり案の定。


「あいたたたタンマタンマ、……ててててッ!」


 標準よりかなり背高なロッシェに対し、標準並な身長のフリックはなにかと不利だ。今も後ろから羽交い絞めにされ、ついでに首まで絞められている。

 付近にはおろおろうろたえるアルエスと、腕組みして傍観を決め込んでいるリンドがいた。


「パパっ、フリックくんいじめちゃダメ!」


 そこへ到着したルベルの第一声にロッシェは思わず腕の力を緩めてしまい、獲物は当然その隙を見逃さなかった。腕を抜け出しルベルの傍に避難すると、腰に手を当てた格好でわざとらしく言い放つ。


「へへっ、帰って来たならオカエリくらい言わせて欲しいぜッ。せっかく、待ってたんだもーん。パ・パ」

「うん、ちゃんとただいまって言わなきゃダメですっ」


 娘の援護射撃を受けてますます仰け反るウサギに、ロッシェは凄みのある笑みを向けた。


「……へぇ。じゃ、帰還祝いにウサギ鍋でもしようか。ナイスアイデアだろう?」


 微妙に棒読みなナイスアイディアに、フリックの垂れ耳が一瞬びくぅと跳ねる。その隣のルベルは眉をつり上げ抗議スタンバイ状態だ。

 臨戦態勢な三人を横目で見ながら、アルエスが情けない笑顔をリンドに向けた。


「いつまで続ける気なのかなぁ、ロッシェさんとウサギお兄さん……」

「ケンカするほど仲がイイって奴じゃないか? あの二人、きっと殴り合って友情が芽生えたんだと思うな」


 相変わらず超前向きなリンドは機嫌よさげで、アルエスは無言で溜め息を吐き出す。

 どうあってもルベルには言い返せないロッシェの仏頂面と、無意味にバカ受けしているフリックの姿に、溜め息をついているのはもうひとり。ルウィーニの肩に引っ付いている、子ども姿のゼオだ。

 講義中の生徒たちにしてみれば、さぞや迷惑な客たちだろう。


「止めなくていいんですか? そのうち風紀委員に大目玉をいただきそうですよ」


 苦笑混じりに問うたセロアにルウィーニは、まぁいいじゃないかと言って豪快に笑った。とうとうロッシェが沸点を超え、ウサギのバカ笑いに悲鳴が混じり、ますますアルエスがパニックして、そろそろリンドが止めに入りそうだ。


「自分が終わるために、世界を壊したかったんだってさ」


 賑やかしい喧騒に紛らすような、低い呟きがセロアの耳に届く。視線を向ければ、ルウィーニは髭を蓄えた口元に笑みを浮かべて、じゃれあう五人を見ていた。


「世界を壊そうとすれば、それを止めるため誰かが自分を殺してくれる、と?」

「ああ。彼は断罪されたかったんだろうね」


 まだ日も昇らぬ早朝の、冷えた廊下で、ロッシェはルウィーニに言ったらしい。

 世界なんてもっと非情で冷酷なモノだと思ってた、少なくとも僕にとってはそうだった、と。

 セロアは無言で、子ども並な喧嘩に本気で取り組む彼らを眺めた。ロッシェがルベルに長い後ろ髪を引っ張られ、フリックがそれを見てまた腹を抱えて笑っている。


「どうやら世界は僕が思うほど、非情でも冷酷でもなかったみたいだ。僕はそれを知らなかったけど、リィンとルベルはちゃんと知ってたんだろうな。――だそうだよ」


 笑みを含ませ伝えられた言葉に、セロアは黙って相好を崩す。足を払われ見事ひっくり返ったウサギをリンドが介抱している隙に、ロッシェが逃げ出し、アルエスはいい加減呆れ顔になっている。振り返ったルベルの瞳が、まっすぐセロアを射抜いた。


「セロアさん! パパ追っ掛けてくださいっ」


 しばらくこの父娘の日常を観察してみるのも飽きなくて面白そうだ、なんて思考が通り過ぎた。そんなことを考える自分が可笑しくて、あたたかい感情が胸を満たしてゆく。


「ルベルちゃん、昔の偉い方はこんなことを言いましたよ。押してダメなら引いてみよ、引いてダメならよじ登れ、ってね」

「話そらさないでくださいっ」


 眉をつり上げ抗議する少女を宥めながら、でもルベルちゃんは知ってましたよね、と口の中で呟いた。はっと我に返って追跡を開始するフリックを見送り、背中でゼオの溜め息を聞く。


「振り出しに戻る。と、注釈つけたくなる二人だなぁ」


 面白がる風にルウィーニが言った。脈なしなセロアの懐柔はあきらめ、ルベルは早くもリンドとアルエスに依頼先を切り替えている。そこに在るのは、賑やかで平穏な日常風景に外ならなかった。



 振り出しの、ゼロ地点。

 確かにここはあの父娘にとって、終着地であり始発点でもあり。自分にとっても、一つの旅の終結と次の旅への始まりになる。


 この旅を通じて知り合った彼らとは、そう遠くない先に別れるだろう。フリックも、アルエスも、リンドも、この先彼らがどうするのかは、セロアの与り知らぬことだ。

 未来のどこかで再び道が交わるか、もう二度と重なり合うことはないのか、それとも――……。

 人との出会いや別れなんて、そんなものだ。だけれど身の内に積み重なった経験値は、想い出に換わって、やがては自分を成長させてくれるだろう。


 なにも、無駄にはならない。

 いつかはロッシェも、そんな風に思えるようになればいい。




 柴木の向こうから聞こえてくる音は悲鳴やら笑い声やら叫び声やら混ざりすぎて、区別がつかない賑やかさだ。騒々しさに驚いた鳥が木立から一斉に飛び立ち、幾つかの教室で窓が開いたり人が覗いたりしている。

 溜め息を深くするゼオと楽しげに笑うルウィーニを眺めながら、セロアは、穏やかな気分で笑みをこぼしたのだった。







 END or NEXT STORY...?

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