6-4 きみの力になりたくて


「ルベルちゃん、アルちゃん! ちょうど良かったぜっ」

 中庭から廊下に戻ったら、フリックが自室から顔を出して嬉しそうに手を振ってきた。


「どしたのー? ウサギお兄さん」

「さっき厨房で調理係のおばちゃんと話してたら、食いモン貰ったのさっ。せっかくだからオヤツにしようぜー!」

「わあっ! ホントにっ!?」


 アルエスが瞳を輝かせ、ルベルの手を引いてぱたぱたと部屋に駆け込む。フリックがテーブルの上の包みを開くと、ふわと甘い香りが広がった。


「フルーツタルトだってさっ。すげぇ豪華な彩りだなー」

 うきうきとナイフを入れて切り分ける彼を、ルベルがじぃっと見て、聞いた。


「フリックくん、料理教わりに行ってたですか?」

「まっ、まあなー」


 ウサギの動きが一瞬凍ったのを少女は見逃さない。あえての追求はせずに、きょろりと部屋の隅の荷物を眺める。


「セロアさんとリンちゃんとスゥくんも捜して来よか?」

「そだなー。でもどこいるか分かんないのがどーよ?」


 アルエスとフリックがそんな会話をしながらタルトを皿に取り分けている隙に、ルベルはフリックの荷物の側まで行って、毛布を持ち上げた。

 弾みでばさ、と厚い本が落ち、気づいたフリックが慌てて飛んでくる。


「わぁーっ!? ルベルちゃん何してンだよっ」

「なになに?」


 アルエスにまで覗き込まれ、フリックは慌てて少女から本を奪って、あはあはと曖昧に笑った。


「フリックくん、それどうしたんですか?」

「はっはは、ちょっと、借りてきたのさー……」


 見られてしまっては仕方ない。彼は観念したように本を開いて床に置く。


「これ、バイファルの事が書いてあるんだぜ」


 ルベルは覗き込み、自分のリュックから紙を一枚取り出した。

 丁寧に広げて、本の横に置く。


「これ、地図です」

「えっ……、ルベルちゃん地図持ってンの!?」


 驚きが思わず口を衝いたが、同時にカミルの話を思い出す。

 つまりこの地図は、ライヴァン王家秘蔵の品ということか。今さらながら少女の決意が本物であると見せつけられて、フリックはなんだか堪らない気分に陥る。

 アルエスが本の図と地図を見比べながら、驚き混じりに声を上げた。


「へぇー、バイファルって小さい島なんだね。ルベルちゃんたちはココまで、船で行くの?」


 ルベルはこっくり頷き、フリックを見た。

 話を振られた気がした彼は、反射的に答える。


「この王宮って直通ゲートないらしいからさ、空翼便か船になるワケだけど……。その辺はセロアが考えてると思うぜー」

「そっかぁ、虎のお兄ちゃん嫌がりそうだねー」

「あぁっ、確かになー!」


 調子よくケラケラ笑うフリックの耳を、ルベルはじっと観察していた。


「……フリックくん、泳げないですか?」

 一瞬、ウサギの垂れ耳がひくついた。


「え、そうなの?」

「ややややだなールベルちゃん、いくらひ弱なオレだって泳ぎくらいできるぜっ! それよりゼオとセロアの方がヤバそうだってー」


 アルエスにもまじまじと見られ、フリックは両手を振りつつ笑って答えるが、それはそれで不審だ。


「そだねー、虎のお兄ちゃんは泳げるか以前に水、キライそうだし、セロアさんは泳げなさそうっ!」

「私は泳げますよ、一応」


 またも変なタイミングでセロアが入って来た。

 フリックが固まり、アルエスはえへ、と肩を竦める。


「そかっ、ごめんなさいっ」

「ルベルは泳げないです」


 少女が隣に来た賢者を見上げて大真面目に激白したので、さすがのセロアもその事実に凍りついた。

 フリックとアルエスが顔を見合わせ、アルエスが尋ねる。


「ルベルちゃん、炎属だから水苦手……?」

「んと、そうじゃないけど、泳いだことないですっ」

「そかー、ルベルちゃんお嬢サマだもんなー」


 ウサギにしみじみ言われて、ルベルはぷぅっと頰を膨らませた。


「おじょーサマじゃないもん」

「えっと、水系魔法使えるヒトっているの?」


 アルスが真面目な面持ちで訊くと、セロアとフリックは首を振って、ルベルはしゅんと俯いた。


「ルベル、炎属性だから、水魔法使えないです……」

「島には船で行くのか?」


 フリックに問われ、セロアは頷く。


「ええ、恐らくそうなりますね。空翼便のチャーターなんて一般人にはまず無理ですから」


 ティスティル王宮の協力を得られれば、不可能ではない。しかし、そこまで甘える前提は幾ら何でも無礼が過ぎるだろう。

 それは暗黙の了解としてフリックも聞かない。

 しん、と沈黙が落ちる。

 ややあって、張り詰めた声でそれを破ったのは、アルエスだ。


「リンちゃんも言ってたケド……、ボクも同行しようかなって思ってたんだ。ボクだってそんなにたくさんの魔法は使えないし、迷惑になるようなら無理は言わないけどっ」


 黙って彼女を見るセロアと、落ち着かなげに視線を彷徨わせるフリック。

 ルベルは大きな両眼を瞬かせ、首を傾げた。


「とても危険なところなんです。怖い人もたくさんいるし、魔法を遮断されちゃうから、イザって時は泳ぐしかないし……」

「それならなおのこと、一緒に行くよぅ。ボクは鱗族シェルクだもん、シィもいるから海の精霊とも話せるし、––––守る、なんて言えるくらい強くないけどっ」


 話しているうちに段々と頰が紅潮してきたアルエスをルベルはじっと見、次いでセロアを見上げた。無言の訴えを理解して賢者はにこりと笑う。


「本当に、一緒に来ていただいてもいいんですか? 私、本当に役立たずなので、助かるんですよ」

「あっ、オレも行くからな、バイファル」


 慌てたようにフリックが挙手したので、今度はルベルとアルエスが顔を見合わせた。


「ウサギお兄さんって、ほんっと面白いよねっ」

「あはは、別に便乗とかじゃないからなー」


 相変わらず、言い訳もよく解らない。

 へらへら笑っているウサギの横を通り抜けざま、セロアは慣れた手つきで彼の金茶の頭を撫でた。


「それならフリックは、私にちょっと付き合ってください。明日、行ってきたい場所があるんですよ」

「うぇ? イイけどー、って頭撫でンなよオッサン!」


 フリックの抗議にセロアはにこにこ笑って答えた。


「すみませんね、視線より下にあると、つい」

「し、下ってっ、セロアとゼオがデカ過ぎるだけだろーっ!」


 よほどショックだったのかフリックは声を上げたが、セロアは表情を変えずに続けた。


「まあ、いいじゃないですか。それじゃあ宜しく頼みますよ」

「セロアさん、ルベルは行っちゃダメですか?」


 大きな瞳で見上げる少女の頭にてのひらを移して、セロアは優しく微笑む。


「夕方には帰って来ますから、ルベルちゃんは待っててくださいね」

「……はい、了解です」


 ルベルはこくりと頷き、セロアはその頭をもう一度優しく撫でた。


「リンドも一緒に来るって言ってたんですか?」

 問われて、ルベルとアルエスは同時に顔を見合わせ、頷く。


「そうそう、さっき飛び出してったばっかりだよねー」

「はい。行けるよう許可をもらってくるって言ってました」


 セロアは困ったような笑みを浮かべたが、特には言及せず、フリックに瞳を向ける。


「明日、朝食を食べたらすぐ出ますので、身支度しててくださいね」

「おう、オッケー! ……ってセロアと二人かよっ!?」

「何か問題ありますか?」


 賢者はいつも通りの掴み所ない笑顔で、またも彼の頭を無造作に撫でた。






 to next.

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