7日目

朝起きたら、雨は止んでいた。

気持ちのいい晴空だった。


「彼女」と出会ったあの日と同じ、人のいない午後の公園。

あの日と同じように、ビー玉ごしに眺めてみた。


風が吹いた。

木の葉が舞い落ちた。


公園の入り口に「彼女」が見えた。



ビー玉のむこうの彼女

哀しげな微笑みを浮かべていた。


『来てくれたんだ...。

雨上がりなのに。』

「...うん。でもね、山道には行きたくないんだ。ここにいたい。」

『...!』

「えっとね、おばあちゃんからいろいろ聞いたんだ。だから、お姉ちゃんが、その...死んじゃってることも知ってるし...。でも、なんで幽霊になってるのかはわかんなくて、お姉ちゃんから教えてほしいんだ。えっと、だめ...?」


近づいて来た「彼女」にそう言った。祖母の話から、雨上がりの日には山道に行くんじゃないかと思って言ってみると、正解だったらしく驚かれた。


「僕」を誤魔化せないと思ったらしい「彼女」は、静かに話してくれた。



「彼女」が落とした物は、「僕」の祖母とお揃いの御守りだったらしい。当時、女性が山を駆け回ったりとお転婆することは好まれておらず、活発すぎるが故に周囲から嫌われていたのだと「彼女」は言った。そんな「彼女」の唯一の友人が「僕」の祖母だった。祖母はおっとりとした“女性らしい人”だったが、「彼女」のはっきりとした性格を好み、親友になりたいとまで言ってくれたらしい。結果、親友となり、行動を共にし、お揃いの物を持ったりしていたそうだ。

そんな二人は初めて一緒に作った御守りを一等大切にしていて、肌身離さず持ち歩いていたそうだ。「彼女」が落としてしまったことに気づいた時にはもう夜で、次の日は雨で外出できず、晴れるまで待つしかなかったらしい。晴れた日に2日前に歩いた場所を順に探し、ようやく見つけた山道の斜面はかなり急で、雨で滑りやすくいたらしい。危険だとはわかっていたがどうしても取りたくて、慎重に足を踏み入れ御守りを手に取った直後に滑ってしまい、斜面の下方にあった僅かな崖から落ちて頭を強打してしまったのだと言った。

打ち所が悪く「彼女」は亡くなったが、御守りは握ったままだったので死んだこと自体には何の未練もないらしい。しかし、親友でいてくれた祖母のことが気にかかり、残ってしまったのだと言われた。



『でもね、君はあの子(祖母)から私のことを聞いたんでしょう。なら、もう十分よ。私のことを忘れないでいてくれているだけで十分だもの。それに、君に会えたからね。』

「僕に会えて良かったの?」

『ええ。とっても良かったわ。だって楽しかったもの!』


とびきりの笑顔で「彼女」はそう言いきった。その笑顔は太陽に向いた向日葵のようだった。夏に良く、似合っていた。



気がつけば夕暮れにつつまれていた。

最後だから、と言って「彼女」は手を繋いでくれた。「彼女」の手は、やっぱりひんやりとしていた。優しい冷たさだった。


公園を出たところで、「彼女」は「僕」を抱きしめ、頭を撫でた。結婚して子供ができたらしたかったことらしい。


『私の勝手に付き合わせちゃってごめんね。でもね、本当に楽しかったの。


ありがとう。


...これからは、もう会えないね。』


「え?もう会えないの?成仏しちゃうの?」

『成仏しちゃうの?って...うふふ。むしろ、成仏しなきゃいけないのよ。

“行くべきところに行く”の。いいことなのよ〜。』


それでも嫌そうな顔をする「僕」に、「彼女」は約束をしようと言った。


それは、“「彼女」を忘れない”こと。


その約束をしてやっと、「僕」は「彼女」を送り出すことができた。

泣かなかった。


夕暮れの空は優しげだった。

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