1日目

小学4年生の夏、今年も祖父母の家に行った。


寂れた町並み、古い商店街、狭い車道、少ない街灯に群がる虫、子供のいない公園、「僕」が暮らす街よりも色鮮やかなようなそうでないような不思議な雰囲気につつまれた町だった。「僕」の目には夕方は特に、薄い膜ごしの景色に見えていた。


祖父母の家に行くと、必ずラムネが冷やされていて、それを縁側で飲むことがとても楽しみだった。


毎年来ていて家にいても暇な「僕」は、その年だけは初日からラムネ瓶から取り出したビー玉を片手に、人のいない午後の公園に行った。


特に何かがしたかったわけではなかった。当時の「僕」はまだまだ純粋で、今の「僕」みたいな捻くれ者ではなく、『不思議なことが起こるかも』なんてことはこれっぽっちも考えていなかった。


なんとなく、ビー玉ごしに周りを見てみた。


いつもと違う見え方だった。


いつもと違うものが見えた。



公園に他人が見えた。



正直、とても驚いた。なんせ、知らない人がいつのまにかいたのだから。しかも「僕」に近づいて来た。



その人が女性でなく男性だったら走って逃げていたかもしれない。



『こんな所で何してるの?』

「遊んでる?かな。暇だから(公園に)来てる。」


肩よりも少し長い黒髪が綺麗な、20歳ぐらいの女性だった。白いワンピースがとてもよく似合っていた。


「彼女」は少し考える様な仕草をした後、こう言った。


『んー。じゃあさ、お姉さんと遊ばない?私も暇なんだよね〜。』



「彼女」の誘いに「僕」はのることにした。「僕」がこの町の人じゃないと言うと「彼女」は案内すると言った。冒険をしているようだった。公園の裏、小川の傍を通り短いトンネルを抜け、狭く曲がりくねった道を歩いた先に、少し開けた場所があった。


『やっと着いたよ!ここが私の秘密基地!今は何にも無いけど子供の頃はいろいろ持って来て遊んでたの。一人になりたい時も来てたなぁ。』

「一人になりたい時?虐められたりしたの?」

『うーん...。虐められたことはなかったかな。なんとなーく一人になりたい時があって。』


そう言った「彼女」の横顔は、懐かしんでいるような、少し苦しんでいるように見えた。


他愛ない会話をしながら公園まで戻ってくると、すでに夕方になっていた。夕陽に照らされた「彼女」は、なぜか今にも消えてしまいそうに見え、「僕」は気がつけば言っていた。


「明日も会える?」


少し驚いた顔を笑顔に変え、「彼女」は応えた。


『もちろんよ。同じ時間でいいかしら?』


「うん、大丈夫。」

「今日はすんごい楽しかった!」

「じゃ、また明日!」

『ええ、また明日ね。』



家に帰り、夕食時に「彼女」と冒険をしたことと明日も会うということを言うと、祖母にお弁当を持って午前からしてはどうかと言われた。午後からの約束だと言うと明後日を勧められた。


夕食後に風呂に入り、学校からの宿題である絵日記を書き終え、“1日目”が終わった。


今日は楽しかった。明日はどこに連れて行ってくれるのだろうか。 –– そんなことばかり考えていた「僕」は、「彼女」の名前も正体も知らないということに気がつかずにいた。

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