私はガサガサいう何かの物音で目を覚ました。まだ眠り足りない感じがするが、あまりにも物音が鳴り止まないのでぼやける視界のまま起き上がった。



(あ~、遭難…したんだっけ?)



眠たいし、お腹が空いているということは生きているという事だろう。よかった、私は昔から運だけはいいのだ。



(もしかするとこの物音は人かもしれない!)



 そう思うと一気に目が覚めた。私がおぼつかない足取りで外へ出ると、そこには1匹の小熊がいた。そう、熊がいた。



「薄いピンク色の…く、ま」



期待を裏切られた私は力が抜けて、その場に崩れ落ちてしまった。それもそうだ、そもそも人ならば何か声をかけてくるはずだろう。



小熊は私の前に座り首をかしげている。とても可愛い。もしかしたらこの子も迷子かもしれない。



 吹雪は止んでおり、辺りは昨日と同じ静寂が包み込んでいた。



「お前も迷子か?ふふ、可愛いやつめ」



小さなぬいぐるみのような小熊を撫でる。この子はふわふわで暖かいから抱きしめれば暖が取れるかもしれないと。ぎゅっと抱きしめてみる。



小熊は顔を上げて私の顔を見た。何やら甘い匂いがする熊だ。



「お前は大人しいな、もしかして飼い主でもいるのか?」



熊を飼ってるなんて話は聞いたことがないが、ここは常識の通じない雪の国だ。村や開拓地のペットが逃げ出してきたのかもしれない。



「お前の家族のところまで案内してくれるか?」



 動物なら帰巣本能があるだろう。こいつが私の言葉を理解しているかどうかは分からないが…



人懐っこいのは人に飼われていたか、それともまだ小熊で警戒心がないだけか。



(一か八かこの小熊について行ってみようか、どうせ他にいい案もないし)



 手早くテントをたたんでヴォルフガングを手に持つも小熊は一向に動かない。



「ねぇ、おうち帰らないの?」



話しかけても私を見つめるだけだ。やはり言葉を理解してい無いようだ。



それにしてもこの小熊、甘くていい匂いがする。匂いは先ほどよりも強くなってるよような気がする。有害なものでないといいが…



 ふと、周りを見渡すとずっと遠くの方に大きな薄ピンク色の何かがあった。昨日までは吹雪で見えなかったが村でもあったのだろうか、嫌な予感がするがとりあえず色のある方へ向かっていくことにした。



私が歩くと小熊がとことこ着いてくる。抱えて歩くことにならなくて良かった。背中には荷物を背負っているし片手ではヴォルフガングを持っているため小熊を抱えて運ぶ余裕はない。



 薄ピンク色の物体に近づくにつれて、あれがひとつの個体ではなく複数の生き物がまとまって歩いているのだと分かった。しかも彼らはこちらに向かって来ている。




「あれ、お前の家族じゃない?」



大量の熊が群れをなしてこちらに向かってきている。小熊を探しに来たのだろうか。だとしたら彼らにとって私は小熊を攫ったクソ女だと思われてないか。



この熊は甘い匂いを発する種なのだろう。先ほど匂いが強くなってると感じたのはあの群れが近づいてきていたからだろう。



「やば、新種を発見したかも、生きて帰れれは有名人だ。ははっ、名前何にしよう」



 小熊だから何とかなったものの、あんなに大量の大人の熊が襲いかかってきたら勝ち目などない。私には現実逃避するしかもはや手は無い。



(食い殺されて死ぬくらいなら凍死した方がマシだったのでは?)



 私が色々考えている間にどんどん距離を詰めていた群れは、もう私の目の前に来ていた。せっかく助かったと思ったのに、世界は厳しいものだ。



 小熊が群れの方に走っていく、あの一際大きな熊があの子の親だろうか。あまりの群れの大きさと、強い甘い匂いにクラクラしていると、声が聞こえた。



 間違いない、待ち焦がれていた人の声だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る