第73話息が止まる。
冷たい風が頬を打ち、ついでに血と肉と煙の臭いをハルキの鼻腔まで届ける。曇天から淡い太陽がほんの少しだけ顔を覗かせ、その光を身体に反射させながら遥か上空を精霊の群れが優雅に泳いでいた。
下の戦乱は太古の森に移動している。光球霊塔の真下はすでに無人だ。生きている者はもういない。
虹の角をバルディに向け、腕に少し力を入れた。途端に虹の角の先端から光が溢れ、精霊の群れが勢いよく飛び出した。
精霊は光のようなもので構成されているにもかかわらず、かなりの反動と重さがある。ハルキの細腕一本では長い間制御出来ないので、足に力を入れ、反対の手で腕を抑えた。
要領は覚えた。しかし何度精霊を放っても、目の前の敵を避け、後方に流れていく。
一対一。助けてくれる者は誰もいない。
「俺を誰だと思っているんだ。シャガルム帝国第三王子だぞ。人が持っていない貴重なモノを持っているのが王族だ。この精霊避けもその一つ……」
バルディはリーチェの蹄がはめ込まれた大剣を前に出した。剣が赤く熱され、周囲には陽炎が揺らめいている。ゆっくりとこちらに歩き出す。
「我が国にも3つしかないお宝さ。さらに俺にはこの熱石と最新技術で作らせた人工熱刃もある……例えお前が虹の角を持っていようがっ! 精霊を操れようがっ! 選ばれし予言の子だろうがっ! お前は、俺に、絶対勝てはしないんだよっ!」
間合いを詰めてきたバルディは人工熱刃を振り下ろしてきた。虹の角で受け止めるのが精一杯で反撃など出来ない。にやけながらバルディは容赦のない攻撃を仕掛けてくる。
剣の腕前など比較にもならない。刃が掠っただけでもジュっと音を立て、ハルキの身体には火傷跡が増えてゆく。
「つまらん、終わりだ」
ひと際強い一撃を受け、虹色の角を地面に落とした。顔を上げた途端、顔面を殴られた。鼻の奥が強烈に痛み、涙が溢れる。胸ぐらを掴まれ、バルディの顔が目前に迫る。
「……予言の子よ、いい気になっていたのか? 主人公きどりだったか? こんなはずじゃなかったか? 現実はいつだって理想通りにいかないものだ。次回は絶望と痛みも忘れず荷物に入れて出発しろよ? ……まあ次があればだけどな、くくくっ……」
ハルキは気付いた。この人は、人の道を外れた人間だと。こちらの世界でいえば快楽殺人者。バルディの狂った目を見ると、恐怖で膝が震えた。
「あははははっ!」
バルディは笑いながらハルキの顔に人工熱刃を押し付けた。
「ぎゃあああああああああああっ!」
肉の焼ける音と臭い、皮膚を伝わる熱の振動、耳をつんざく自分の悲鳴、狂人の笑い声。実際には五秒ほどだったが、ハルキにはとても長い時間に感じた。
左頬から顎にかけては焼け爛れて、顔面は血まみれで目は腫れ、全身は大量の冷や汗とひどい状態で、意識が飛ぶ寸前だった。荒い呼吸で顎が小刻みに震え、目は虚ろ、ぐったりと力の抜けたハルキの身体は、もはやバルディの腕の力に頼っていた。
「……ふむ、さすがにこれ以上は死ぬか……残念だがこれでおわ……うぐっ!」
突然バルディの腹部から剣が飛び出した。
「あ?……がああ、ごぷ」
血を吐くバルディ。かすれた視界にやつれた男の顔が入ってきた。次いでバルディの倒れる音。
「ハルキ! 大丈夫か?」
肩を掴まれる。黒い甲冑が見えた。見覚えのある鎧……味方? 敵? 朦朧とする意識の中でようやく記憶が一致した。
(……バリアン!)
ハルキは恐怖に目を見開き、身体を仰け反らせた。
「ハルキ、大丈夫だ、動くな、敵じゃない、落ち着いてくれ」
声にならない声を上げ、手足を力の限り動かす。
「――――俺はお前の父だ」
息が止まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます