第74話笑った顔。
「……ううう、うそだ」
バリアンは一瞬悲しそうな顔をした。
何か言おうと口を開いた時、一発の銃声が鳴り響いた。父と名乗る男が苦悶の表情で倒れる。
「ふふ、ぐっ……甘いな、ま、まだ……生きてるぞ」
息も絶え絶えながらバルディは膝立ちになり、今度はハルキに照準を合わせる。
「こ、こうなったら……命令など……くそくらえだ」
血にまみれた口をゆっくりと動かし、バルディはにんまりと笑った。恐怖で全身が強張る。とその時、バルディの首がずれ、あっけなくコロンと地面に落ちた。
「あ……」
首だけのバルディが一瞬そう呟き、次いで身体も崩れ落ちた。
背後には剣を携えたマルベックが立っていた。
「大丈夫か」その声は力強く、落ち着いていた。老剣士はすぐに倒れたバリアンの傍に屈み、血が溢れる脇腹に手を添えた。
「ここを強く……そうだ、自分で強く抑えておれ」
立ちすくむハルキ。老剣士はちらりとハルキを見る。
「ハルキ、わしはマルベック・ヘイブンズ。オリビアとは会っているな? オリビアの義理の父じゃ」
散々な目に合い、衝撃的な話の後、混乱した頭ではその話を理解するのに時間がかかった。だが自然と脳裏にアイレンの顔が浮かんだ。
「こやつの言うことは本当のことよ。……ニノミヤタダノブ、正真正銘お前の父じゃ」
(ちょっとまってよ……)
「ハルキ……お前の母は帝国内のどこかにいる。不幸なことがあっての、治療という名の人質にされているのじゃ。帝国の技術でないと救えん命じゃ。治療の代わりに、タダノブは帝国に忠誠を誓わされた。球史全書に名が載っているうえ、ドリームウォーカーで精霊使いときた……。こんな人材は中々いないしの」
(待ってって……お前の母って……お母さん? 今なんて……生きてる?)
バリアンと目が合う。
「ハルキ……大きくなったな。こんな目に合わせてしまって……本当に済まない」
(この人がお父さん? 本当に? なんて疲れた顔してる……血が、血があんなに出て)
ハルキの返事を待たず、父と名乗る男は話を続ける。
「帝国とは……ここではなく、西の戦線担当という条件でその契約を結んだが、奴らは契約を無視した。ここに、ミュンヘルに攻め込んでかつての仲間たちを殺せと言われてな。……断ったら操られてしまった」
(なに……よくわからない……お父さん、この人が僕のお父さん……?)
「もう話すな。安静にしていろ」
マルベックが諭すが、焦るように言葉を紡ぐ。
「……私は何万ものミュンヘル人を殺してしまった。取り返しがつかないことだ……。妻はもう戻らないんだろう。どこにいるのかも分からない……私はいいように使われただけだ。もう疲れたよ」
(生きていたなんて、こっちの世界で? どうやって? ああ……血があんなに)
「もう長くはなさそうだ」
(長くは……それって……死んじゃ……会えたのに?……うそだうそだうそだ)
ハルキは動けなかった。ただ涙が流れる。こんな時なんと言えばいいのか。
タダノブは自力で、苦痛に顔を歪ませながら、起き上がる。
「師匠、すまない、この方法しか贖罪の道はない」
「何を言っている? 何の話じゃ?」
微笑みながらハルキの頭に手を置いた。大きくて温かい感触。心が一瞬和らいだ。
「お、お父さん……」
かすれた声が聞こえた。自分の声だ。
父の目に涙が溢れていた。やがて霊球の方に振り向き、急に走り出した。
「待て、なにを……タダノブ!」
最後の力を振り絞り、けが人とは思えない速さで走るタダノブの周りに、どこからともなく精霊達が集まり、並走を始めた。やがて両者は一つになる。精霊を身体にまとわせ、常人では考えられないほど高く飛び、霊球に虹の角を力強く突き刺した。
その瞬間、黒と青の凄まじい発光と突風のような衝撃波が辺りを包んだ。
壁のような風に、ハルキとマルベックは身を屈めて耐えた。落雷に似た轟音と様々な精霊の鳴き声が空を埋め尽くす。
「オオォォッ!」
タダノブは虹色の角をさらに深く突き刺す。タダノブの身体を何体もの精霊が通り抜けた。だが歯を食いしばり必死の形相で霊球に食らいつく。脇腹から大量の血が落ちているのを見て、ハルキは思わず叫んだ。
「お父さんっ!」
タダノブがこちらを向く。
「……これで、これでいいんだ。……今まですまなかった。アオイにもよろしく頼む」
笑った顔。ズキンと痛む胸に、無意識に手が伸びる。
「お父……さん」
涙腺が壊れたみたいに、ハルキの瞳から熱い雫が溢れる。
空では動力を失った敵の飛行船が次々と落ち始めた。だがそんなことにすら気が付かないでいた。
お父さんが……死んでしまう。
やがて花火のように光が弾け、解放された精霊たちが空を泳ぎ、あるものは雲の中へ、あるものは山の向こうへ、あるものは太古の森へそれぞれ姿を消した。残ったのは焦げて瓦解した霊球の枠組みだけだった。
先ほどまでの喧騒が嘘のように、辺りは静寂に満たされた。
そこにタダノブの姿はなかった。
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