第71話呪縛は解けたぞ

いったいどこまで移動したのか、バリアンが操る精霊達を防ぎながらマルベックは辺りを見渡した。光球霊塔の頂上部分には、霊球を支える花弁の形をした巨大な構造体があり、さらに飛行船の停留所が4つ、東西南北に伸びている。マルベック達が始めに降り立ったのは南の停留所であった。北には工事用の飛行船が泊まっていたのを上空から確認済みだった。となるとここは西の停留所。……随分と離されてしまった。


 バリアンの手元が光った。途端に精霊の群れがマルベックに襲い掛かる。

剣の柄に嵌め込まれたリーチェの蹄を前方に突き出し、盾のように精霊を弾く。強風を受けているように剣が圧を受け、腕が小刻みに揺れる。光の放射がマルベックを包み込み、命の気配と鳴き声が後方へと流れてゆく。


何度目かを防いだところで、攻撃が止んだ。このままでは決着がつかないと思ったのか、バリアンは虹の角を鞘に戻し、代わりに剣を抜いた。

マルベックにとっても都合が良かった。二人はつかの間静かに視線をぶつけ、同時に動いた。双方の剣が衝突し、火花を散らす。すぐに剣を弾き、上段下段と素早く仕掛けるが、バリアンは全く同じ動きでマルベックの剣を止める。まるで鏡だ。


「この状況、容赦は出来ぬぞ。エナは無事なのか」


バリアンは何も答えない。マルベックは微かに違和感を感じ、眉をひそめる。


(感情が読み取れぬ……いや、そもそも気配がない)


「この数年に何があった、ただ……」


言い終わらないうちにバリアンは力で圧をかけ、マルベックを弾き飛ばした。


「くっ!」


素早い突きがマルベックに襲い掛かる。体勢を崩しながらもなんとか防ぎ、気合の声と共に反撃に転じた。凄まじい速さの剣劇が繰り返される。


かたやシャガルム帝国第六軍総大将、かたや元〈王の弓〉で連合一の剣士。


この戦場一の斬り合いは、決められた型を演じるように滑らかな、それでいて一撃一撃が熟練の剣士特有の重さを纏っている、いわば舞の域に達していた。


「これも球史全書の通りか? 今は引け、このままだとお前の息子が死ぬぞ」


 マルベックの問いかけに、バリアンはまたも反応しなかった。心の奥底で燻っていた疑念が確信へと変わる。


 双方の剣が弾かれ間合いが出来た一瞬に、マルベックは腰袋に手を突っ込み、小さな薬瓶を取り出した。そしてバリアン目掛けて投げつけた。反射的に頭を振り、後ろに下がったバリアンだったが、鎧に当たり舞い上がった黒い粉を大きく吸い込み、咳き込んだ。

さらに胸を押さえ、膝を地面に付ける。頭を両手で抱え、うめき声を漏らして苦しみ始めた。


「ぐっううう……があああああああ!」


 マルベックは剣を収めた。


「解毒剤だ。長年操られておったのだな……なんと辛い事じゃ」


 バリアンは兜をむしり取った。冷や汗、血走った目、青白く扱けた頬……。現れたのは疲弊しきった中年の男の顔だった。


 震える両手を見つめながら、バリアンは小さく呟く。


「俺は……俺は……ナニを、なにを、何をしていた? あぁ……なんてことを……うぅ、くそっ、なぜこうなった……」


 顔を上げ辺りをせわしなく伺うバリアンの瞳からとめどなく涙が流れる。


「おい、聞こえるか? 大丈夫か、おい……呪縛は解けたぞ、タダノブ」


 マルベックの声が届いたのかは不明だった。いまだ錯乱状態のバリアンは

「あぁ、くそ……あぁ……」と呟きながら後方へ駆け出した。


「待てっ!」


 マルベックは慌てて後を追った。

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