第70話瞳からは光が消えてゆく
真上から振り下ろされた長い棍棒を右に避け、刀の切っ先を首筋に突き出した。わずかな差で避けた構築師は半身を捩じり、上段回し蹴りを繰り出す。
左腕で防いだエリは体勢を崩しながらも相手の背中に一太刀を入れた。床に手を付き起き上がろうとした瞬間、構築師の膝が顔面に迫る。
間一髪避けたエリだったが、完全に動きを読んでいた構築師は左肩に棍棒を振り下ろした。
凄まじい衝撃に上半身ごと床に叩きつけられたが、痛みを無視して自身とその周囲を構築し直し、エリは床に溶けて下に潜った。
そしてすぐに構築師真上の天井に出現し、渾身の一太刀を振り下ろす。
だが寸前で気付いた構築師は棍棒でそれを受け止めた。ギイイイイと金属のぶつかる音が消えぬ間にエリは蹴りを入れ、構築師を吹っ飛ばした。
体勢を立て直される前に素早く斬撃を与え続け、主導権を完全にこちらに引き寄せたエリは、この流れで一気に勝負を決めるべく、強引に切り札を出した。
一対一ではどうにも仕留めきれない。ならば自分をもう一人構築する。
刀と棍棒が大きな音を立てて衝突した。互いの力が拮抗し動きが止まった時、構築師の後ろに渦巻く霧が発生した。
徐々に人型を形成し、現れたのは黒服姿のエリだった。
危機を察した構築師は態勢を変え、二人のエリの猛攻を凌ぐ。しかしオリジナルのエリは徐々に動きのキレがなくなってゆく。
(くそ、身体が重い)
自身の容量を超えた禁断の手。代償は大きい。
目の奥が溶けそうなほどの頭痛と動かすたびに骨が粉砕しているのかと思うほどの関節の痛み。
脳に障害が残る可能性があるが、短期間の内に全力で仕留めれば〈最悪〉はない。
入れ代わり立ち代わり二人のエリは斬撃の雨を降らせる。
棍棒が大きく弾かれ、構築師の腹部ががら空きになった。
――――いける。
一瞬のスキを見逃さず思念エリに突きを入れさせた。ズッと刀が深々と腹に刺さった。
このまま上に一刀両断……そう思ったとき、二人のエリが同時に、かつ何者かに上から押さえつけられた。
凄まじい圧力で地面に叩きつけられ、エリは血を吐き、思念エリは霧になり消えてしまった。
そのまま持ち上げられ、首を掴まれる。地面に足は付いていない。エリの目には三人の構築師が映っていた。
全員同一人物、先ほどまで戦っていたあいつだ。同じ切り札、しかし相手の方が一枚上手だった。更には今首を掴んでいる奴が本物……。いつ入れ替わったのか気付きもしなかった。
目の前の構築師は表情一つ変えなかった。入れ墨とピアスだらけの顔は少し首を傾け、珍しいものでも見るかのようにエリの顔を見つめている。そして一気に手に力を入れてきた。
「……がっ! ごふっ!」
呼吸を止められ血が喉に詰まり、爪が首に刺さって血がドクドクと流れ出る。
壁が、床が、柱が、天井が、ゆっくりと薄らいでいき、やがてエリが構築した城そのものが消える。
消えた城の代わりに現れたのは数万のシャドだった。城外の幻影兵もすべて消え、遮るものがなくなったシャドの大群は、エリと構築師を三六〇度囲い、まるで海中から見上げるイワシの群れのように、空中を漂いながらこちらを見ている。
エリはもはや抵抗する力も無かった。両手はだらりと垂れ下がっている。首と口から大量の血を流し、瞳からは光が消えてゆく。
(……ごめん……死ぬ)
深く暗い所に落ちた意識が最後に振り絞った思考はしかし、その通りにならなかった。
突然シャドと構築師がフッと消えたのだ。文字通り全てが消えた。
地面に落ちたエリはしばらく荒い呼吸を繰り返した。ようやく焦点が合った目には、何もない荒涼とした赤い平原が映っていた。
「……リュウ……」
エリの目から安堵の涙が流れた。
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