第69話もうあとは無いのだ
「くそ、化け物か……」
エリは薄暗い廊下を、足を引きずりながら逃げていた。身体は傷だらけで、床には血の跡が続く。後ろから迫るのは構築師だ。
「大丈夫、まだいける……大丈夫……」
呟きながら背後を振り返り、手をかざした。途端に壁や階段や襖が動き、廊下を塞ぐ。だが、あの構築師相手では、ほんの少しの時間稼ぎにしかならないだろう。
「ルカ、聞こえる?」
オペレーターのルカとはだいぶ前から連絡がつかない。他の者たちは無事だろうか。しかし、こちらもこちらでかなりの窮地だ。すでに本丸以外の城は解除して、空いたリソースを兵にしている。なんとか踏ん張っている外の戦力を城内に呼び込めば、戦線が一気に崩れ、城内に大量のシャドが流れてくる恐れがある。もう後はない。
大広間に出た。ツルギ将軍率いる城内の残存兵力200体が集まっていた。虎の子の部隊だ。
(これぞ死地線ね……)
合流したエリが布陣を変えていると、突然、前列の兵が弾け飛んだ。
いつの間にか侵入した構築師は、凄まじい速さと圧力で次々と兵を蹂躙していく。
エリは両腕を前に出し、兵を操る。まずは4点同時攻撃を仕掛けたが、構築師は腕で刀を折ってこれを防ぎ、一瞬で周囲の兵を無力化した。続けて間髪入れずに十本以上の投げ槍を放つ。しかし構築師は頭上高く飛び、軽々と避けた。エリの口角が上がった。空中は逃れるところがない。落ちてきたところを槍兵が一斉に突いた。が、最初の槍を掴んだ構築師は自らの身体を回転させながら残る全ての槍を避け、同時に黄金の棍棒を一閃、周囲の兵たちをあっという間に片づけた。
構築師の足が地面に着いた時点で、こちらの四分の一ほどの勢力を削られてしまった。これ以上は無駄だと判断したエリはツルギと共に前に出た。二対一で押しまくるが仕留めきれない。二刀流で急所ばかりを正確に狙うが、全て防がれる。構築師は後ろに下がりながらも隙を見て周りの兵を攻撃してゆく。このままでは徐々に味方が減ってゆく。
どう展開するか思案していた時、わずかな隙を突かれ、短刀がエリの腹部に突き刺さった。
一瞬場が止まった。刃にエリの血がつうと伝う。
エリは構築師を睨んだままほとんど動かない。ふいにエリが構築師の手を掴んだ。
その瞬間エリの身体が粒子となり広がり、収縮した。そこに現れたのはツルギだった。そして先ほどまでツルギがいた場所にはエリがいた。乱戦の中で互いの位置を変えていたエリは、間髪入れず構築師の腕を斬った。
裏を取られた構築師の顔が、憤怒の表情に変わる。目の前の構築師が動いたかと思うと、気が付けば壁に叩きつけられていた。これまでより格段に速くなった構築師はエリが地面に倒れる前に、強烈な蹴りで壁ごと吹っ飛ばした。
本気を出した敵の力量に一瞬頭が真っ白になったが、咄嗟に残る全兵力を構築師に向かわせた。
和室の大広間で何とか立ち上がったエリの耳に剣劇の音が聞こえてくる。
(冷静になれ……まだ大丈夫、まだ……)
一人また一人と幻影兵が消されていく。ついに最後まで斬り合っていたツルギも首を飛ばされた。これほどまでに追い込まれたのは数年ぶりだ。
天井や襖などが時折ぼやけてはまた元に戻る。エリの精神力が底をつき始めている証拠だった。
湧き出してくる久しぶりの恐怖を宥めながら、その手に日本刀を構築し直し、再び前を向いた。片腕の構築師もこちらを見据え仁王立ちしている。
まるでエリの準備が整うのを待っているかのようだ。エリは恐怖や動揺といった感情と共にふぅーと大きく息を吐きだし、駆け出した。もう後はないのだ。動揺したところで変わるものはない。大きな茶色の瞳は揺れることなく先の構築師を捕らえていた。
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